019 自衛隊に連れられて

 反動が少なく火力の高いアサルトライフル。

 振れば雷や火の鳥が発生するオモチャのような武器。

 異世界アプリで買える武器は、俺たち地球人から見るとどれも異常だ。

 当然、自衛隊の面々は顎が外れそうなほど驚いていた。


「私たち、なんかマズいことになっていない?」


「そうは言ってもあの場で断れねぇだろ……」


 軍用トラックの箱型荷台で座って話す俺と杏奈。

 反対側の隣には梨花が座っていて、近くに自衛官も数人。

 俺たちの自転車もすぐ傍にある。


「大丈夫、別に怒られるわけじゃないし! なんとかなるよ!」


 梨花が前向きな意見を言う。


「だといいがなぁ」


 俺はため息をついた。


 俺たちを乗せたトラックは、現在、甲府に向かっている。

 自衛隊に同行を求められたからだ。

 武器の詳細が知りたいとのこと。

 形式上は任意だったが、実際には強制である。

 警察の職務質問と同じだ。


「梨花を見習ってこの状況を前向きに捉えるとしよう」


「というと?」と杏奈。


「甲府までチャリを漕ぐ必要がなくなった」


「たしかに! しかも明日じゃなくて今日中に着く!」


 梨花も言っていたが、怒られることはないはずだ。

 むしろ感謝されるだろう。助けたのだから。

 なので不安や恐怖といった感情は抱いていない。

 ただ単に「面倒くさいなぁ」という思いが強かった。


 ◇


 車で走ること小一時間。

 20時30分頃、軍用トラックが動きを止めた。

 自衛官たちと一緒に荷台から降りる。


「「「おおおおおお!」」」


 俺たちは思わず歓声を上げた。

 等間隔に設置された街灯が輝き、とんでもない数の人々が歩いている。

 近くの居酒屋は満員で、スーツを着た団体客がビール片手に大盛り上がり。

 まるで魔物が出現する前に戻ったかのような光景が広がっていた。


「これが現代日本の首都、山梨県甲府市……!」


 甲府といえば大きな商店街が有名だ。

 複数の筋からなっており、高度経済成長期には相当な賑わいを見せたという。

 今では見る影もないと言われていたが、この様子だと復活していそうだ。


「こちらへ」


 自衛官の一人が短く言う。

 俺たちが助けた隊の隊長を務める関口という男だ。


 彼に促されてすぐ傍の建物に向かう。

 他の隊員はついてこなかった。


「これが自衛隊の拠点なのか」


 シンプルながらオシャレな外観をした大きな施設だ。

 入口の前に日本の国旗が掲げられている。

 よく見ると、「甲府市役所」と書いてあった。


松崎町ウチの役場とは大違いだな」


「緊張するね!」


 梨花は両手に拳を作って落ち着かない様子。


「どーんと構えりゃいいのよ! どーんと!」


 などという杏奈も脚が震えていた。


(なるほど、今は殆ど自衛隊のために使われているのか)


 入ってすぐのフロア案内を見る。

 1~2階が諸々の手続きを行う場所で、3階は職員専用エリア。

 残りの4~10階が自衛隊の拠点になっていた。


 俺たちは9階に案内された。

 会議室と書かれただだっ広い部屋に通される。

 待機するよう言われたので、適当な椅子に座って待つ。


 しばらくすると、関口が4名の自衛官とともに戻ってきた。

 その内の3人は彼と同い年くらいだが、1人だけ明らかに年上だ。

 きっと上官だろう。


「待たせて悪かったね」


 そう言うと、関口は上官と思しき男に手を向けた。


「こちらはここの司令官を務める――」


秦野はたのだ」


 上官の男は自ら名乗った。


「ここの司令官ってことは……」


「魔物が現れる前は陸上幕僚長だったよ」


 つまり陸自のトップだ。

 そして、実質的な現代日本の最高権力者である。


「さっそくで悪いのだが、君たちの武器について教えてもらえないかい?」


 秦野は俺たちの向かいに座った。

 といっても、数メートルの距離がある。

 関口らは秦野の両サイドに腰を下ろす。


(この後の展開が想像できるなぁ)


 そう思いつつ、俺は本当のことを話した。

 異世界アプリやその能力について、ペラペラと。


『おっさんより天使ちゃんの顔が見たい!』

『僕は枢木杏奈ちゃん!』


 コメント欄ではそんなやり取りが延々と続いている。

 視聴者数は20人を切っていた。

 今でも残っているのは熱狂的なファンくらいだ。

 その中にはルーベンスも含まれていた。


「――以上です」


 俺の説明が終わるまで、秦野たちは静かに耳を傾けていた。


「異世界アプリ……。いかんな、今ひとつピンと来ない」


 秦野は苦笑いを浮かべる。

 威圧感はなく、とても優しい顔つきだ。


「実際に見てもらうのが一番かと」


 俺は秦野の傍に行ってスマホを見せた。

 さらに、鉄扇を出したり消したりする。


「ふむふむ……」


 秦野は右手で顎をつまんで何やら考えている。


(そろそろ例のセリフが飛び出そうだな)


 そう思った時だった。


「その力、我々にも扱えないのかい?」


 案の定、秦野は俺たちの武器を欲してきた。


「さっきも説明しましたが、異世界の武器を使えるのはアプリをインストールしている者だけで――」


「我々のスマートフォンにもインストールできないのかい?」


 口調は優しく、表情も柔らかい。

 しかし、有無を言わせぬ迫力が秘められていた。


(できたらそれは避けたいなぁ)


 〈Amozon〉のポイントは共有だ。

 自衛隊が武器を買えばこちらのポイントが減る。

 その上、ゲームと違って魔物を狩っても貯まらない。


(でも、断ったら面倒くさいことになるよなぁ)


 ここで断ったとしても最終的には同意させられる。

 俺が首を縦に振るその時まで、あの手この手で粘着されるはずだ。

 そうなることは火を見るより明らかだった。


「インストールできると思いますよ」


 だから俺は従った。

 ただ、無条件でアプリを与える気はない。

 アプリの供与をダシに何かしらの見返りをもらおう。

 ま、細かいことはあとで考えればいい。


「では、関口のスマートフォンにインストールしてもらってもいいかい?」


 秦野が言うと、関口がテーブルにスマホを置いた。


「分かりました」


 俺はリュックからモバイルバッテリーを出す。


「ちょっとスマホを借りますね。俺が手で持たないとダメみたいなんで」


 この後のことを考えながら、関口のスマホとモバイルバッテリーを重ねる。

 しかし――。


「あれ?」


「どうしたんだい? 城ヶ崎君」


 俺と同じように首を傾げる秦野。

 他の自衛官や杏奈たちも頭上に疑問符を浮かべている。


「おかしいな、なにも起きないぞ」


「え?」


「アプリがインストールできない……」


 杏奈や梨花の時と違い、関口のスマホは光らなかった。

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