018 後始末

 目星をつけておいたホテルに到着した。

 御殿場駅から自転車で10分ほどの所にあるビジネスホテルだ。

 八木沢の温泉宿と同じく有志によって管理されている。


「すごいな、たった10分足らずですっかり田舎に戻っちまったぜ」


「東京や大阪との違いはこういうところだよねー。駅前の発展度は同じくらいかもしれないけど、そこから少し移動するだけで見慣れた風景に戻っちゃう」


「都心部なんてどこまで行っても都会だもんね!」と梨花。


「コンクリートジャングルとはよく言ったものだ」


 生い茂る雑草と遠目に見える木々を味わいながらホテルに入る。

 薄暗いフロントに人はおらず、タブレット端末が置いてあった。


 その端末で利用申請を行う仕組みだ。

 申請しなければ部屋のロックが解除されない。


「利用規約が出てきたぞ」


「ちゃんと読まないとね」と杏奈。


 魔物が出る前は、利用規約など読まずに承諾していた。

 長々とどうでもいいことが書いてあったからだ。

 その上、どこもかしこも同じよう内容だった。


 しかし、今は違う。

 利用規約の内容は管理者によって千差万別だ。

 読まずに承諾すると痛い目を見ることもある……らしい。


「内容はSNSの情報と相違ないな」


 つまり常識的なことしか書いていない。

 電気や水道の無駄遣いはするな、ベッドを汚すな等。


(それにしても……)


 禁止事項に書かれている「ベッドを汚すこと」の下に目を行く。

 例として飲食や性行為が挙げられていた。


(月下の運営も性行為にうるさかったな)


 魔物ひしめく場所で性行為に耽る者などいるのだろうか。

 規約で書くのだからいるのだろうけれど、とても想像できなかった。

 恋愛経験のない童貞だからかもしれない。


「これでよし」


 利用規約に同意すると、タブレットにルーム番号が表示された。

 301号室だ。

 そこが今日のゴールである。


 ◇


「「「お疲れ様ー!」」」


 部屋についたら三人でベッドに倒れ込んだ。

 ベッドは二つしかないため、くっつけて三人で使うことにした。


 杏奈の提案だ。

 俺は緊張するのでソファか床で寝てもよかったのだが。

 体に悪いから認めないと反対された。


「そろそろ魔物が帰る頃か?」


 ベッドサイドに座りながらスマホを見る。

 時刻は19時30分。

 街灯がないため、周囲はすっかり暗くなっていた。


「そのはずだけど暗くて見えなーい!」


 梨花は窓の外を眺めている。

 両手を双眼鏡に見立てる仕草が可愛らしい。


「それよりさー、お風呂の順番とか決めようよー!」


 杏奈はソファでふくらはぎをマッサージしている。

 斜め上から見る彼女の顔は、普段よりも美人に見えた。


『このアングルありじゃん!』

『杏奈たんめちゃカワ!』

『天使ちゃん二号に任命します!』


 リスナーも喜んでいる。

 俺の視界が配信映像になっているため、同じように見えるのだ。


 とはいえ、ボス戦に比べると盛り上がりに欠けている。

 視聴者数が100人程度まで激減しているからだ。


 別に何かの失態で嫌われたとかではない。

 今日はもう山場がないと判断して他所に行っただけだ。

 俺が不安がる前にルーベンスが説明してくれた。


「風呂は二人で決めたらいいよ。俺は最後でもかまわないし」


「一番風呂は杏奈に譲るよー」


 梨花の言葉に、杏奈は「おお!」と立ち上がった。


「じゃあお言葉に甘えて一番風呂をいただきやす! 涼真、配信切って! 脱ぐから!」


 俺は「おう」と〈Yotube〉を開く。


『切るな』

『切ったふりしてやり過ごせ』

『絶対に配信を切るな、絶対だぞ』

『杏奈たんの脱ぐところを見せろ』

『杏奈ちゃんと梨花ちゃんの裸を見せてくれたら100万↑をスパチャする』


 コメント欄に巣くう変態どもが一致団結して訴えている。


(気持ちは分かるけどそういうわけにはいかねぇって)


 俺は苦笑いで配信を終了しようとする。

 その時、梨花が「あああ!」と声を上げた。


「見て見て! 自衛隊がいるよ!」


「マジか?」「本当!?」


 俺と杏奈は窓に張り付いた。


「あそこ!」


 梨花が少し離れた道路を指した。


「おー、初めて見るな」


 たしかに道路では戦闘が繰り広げられていた。

 大量のライトが照らしているおかげでよく見える。

 自衛隊は横一列に展開して銃撃を開始した。


「すっごい銃声! ここまで響いてくるじゃん!」と杏奈。


「あいつらって普段から撃ちまくるの?」


 限りある銃弾をザコに使うのは勿体ない気がする。

 と思う俺に対して、梨花は「ううん」と首を振った。


「銃を使うのは強い敵の時だけだよ」


「すると今は強敵と戦っているのか」


 彼らの戦う敵が分からない。

 しかし、戦闘が続いていることは分かる。

 銃声が鳴り止まないからだ。


「アレは……」


 俺たちから見える範囲に敵が映った。


「「ミノタウロスキング!」」


 梨花と杏奈が同時に言う。


「俺たちが戦わずに放置したボスだ」


 しっかり6体いる。


「なんか自衛隊の人ら苦戦していない?」


「私にもそう見える……」


 不安そうな二人。

 俺にも自衛隊が押されているように見えた。


「加勢しに行こう。今からなら敵の追加はないだろうし」


「「うん!」」


 俺たちは大急ぎでホテルを出た。

 チャリを飛ばして自衛隊のもとへ向かう。


「怯むな! 撃てぇ!」


「散開しろ!」


「右から斧が来るぞ!」


 近づくにつれて緊迫した声が聞こえてくる。

 自衛隊は巧みな連携によって被害を出さずに奮闘していた。

 だが、敵もまた大してダメージを受けていない。


「こいつらは俺たちに任せてください!」


 俺たちは戦闘に介入した。


「なんだ君たち!?」


「危ないから離れなさい!」


 突如として現れた俺たちに動揺する自衛隊。


「大丈夫! 俺たちには異世界の武器がある!」


 まずは【雷霆】で6体をスタンさせる。

 敵が動けない隙に自転車から降りた。


「なんだ!? 魔物に雷が落ちた!?」


「二人とも! やれ!」


「「任せて!」」


 杏奈と梨花が武器を召喚し、ただちに攻撃を開始。


「今度は火の鳥!?」


「あの子、なんで銃を持っているんだ!?」


「ていうかあの鎌はどこから!?」


 自衛隊が呆気にとられる中、戦闘は一方的な展開で進む。


「それそれそれ!」


 必殺奥義の【雷霆】&【天剣】の舞も炸裂して敵を圧倒する。


「えいやー!」


 最後に梨花の火の鳥が敵の股間に突き刺さってゲームセット。

 あっという間に6体のミノタウロスキングが全滅した。

 ふぅ、と安堵の息を吐いてから尋ねる。


「大丈夫ですか?」


「何者なんだ……君たちは……!」


 自衛隊の方々は未だに驚いていた。

 その反応を見て俺は思う。

 いや、おそらく杏奈と梨花も思ったはずだ。

 面倒くさいことになりそうだな、と。

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