017 御殿場駅の戦い

 御殿場市に入ってから約40分。

 線路沿いに自転車を走らせ、南御殿場駅を過ぎた頃。


 魔物の数が急激に増え始めた。

 それまでちらほら見かける程度だったのが数百体規模に。

 だが怖くない。


「唸れ雷霆!」


 ゴゴォ!


「「「グェエエ……!」」」


 何度目かの戦闘を終えたところで自転車を降りた。

 鉄扇を振りながらの片手運転だと危なくなってきたのだ。

 他の二人も左手で自転車を押しつつ、右手で武器を持っている。

 梨花は大鎌なので辛そうだ。


「たぶん近くにゲートがあるな」


 二人が頷く。


『ゲート付近で暴れてボスを誘おうぜ』

『見せてやれよお前の雷霆!』

『それを言うなら天剣だろ』

『雷霆はさっきから連発しとるがな』


 リスナーはゲートを探せと喚いている。

 俺は無視して先に進むことを優先した。

 こんなところで道草を食うつもりはない。


「あと少しで御殿場駅だよー!」


 梨花が教えてくれた。

 鎌を消して地図アプリを確認している。


「何となく分かるものだな、近づいてくると」


「御殿場に入った時は緑が多かったのにね」


「一気に都会チックになったよねー、雰囲気が!」


 杏奈の言う通りだ。

 視界を占める緑の割合が減っている。

 今では中央分離帯の街路樹くらいしかない。


 そこから進むとさらに景色が変わった。

 道が綺麗になり、アパートが散見されるようになる。


 もっと進むとビルやマンションが顔を覗かせた。

 瞬く間に片田舎から地方都市へ早変わりだ。


 必然的に魔物の数も増える。

 御殿場駅に差し掛かった頃、敵の規模がピークを迎えた。


「もはや自転車を押している余裕すらないな」


 駅前のロータリーが魔物で埋め尽くされている。

 種類も様々で、まさしくザコのオールスターだ。


 ゲートの数も多い。

 見える範囲だけで6個もあった。


『うっひゃー! すげー数だなおい!』

『数千体はいるだろこれ!』

『ゲートが6個も密集しているのは珍しいな』

『こりゃやばいことになるぞ!』


 配信は大盛り上がりだ。

 ボスがいるわけでもないのにスパチャの雨が降る。

 所持金が20万の大台を超えて23万ptに到達した。


「チャリは魔物が消えたら回収するとして、全力で蹴散らすぞ!」


「「了解!」」


「前方の敵軍は俺が倒す。梨花は側面や後方からの攻撃に備えてくれ」


「任せて! 鳥さんでぜーんぶ焼いちゃうもん!」


「杏奈は俺と梨花がやられないよう間に立って援護を頼む」


「ほいさ!」


 俺は単独で数千のザコに突っ込んだ。

 いくら数が多くても【雷霆】で一網打尽にできる。

 Eランク以上の即死を免れる個体でも、連発すれば簡単に死ぬ。


 しかし、だからといって油断できない。

【雷霆】の範囲外から攻撃できる魔物が存在するからだ。

 例えば可愛らしい弓を持った小さな犬人間――コボルトが該当する。


「ワフゥ!」


 敵の群れに紛れて矢を放ってきた。

 結構な数がいるようで数十本の矢が宙を舞っている。


「おっと」


 俺は前方に転がって回避。

 同時に鉄扇を振り、周囲のザコに【雷霆】をお見舞いする。


『見せてくれるねぇ!』

『主マジで戦闘センスたけーな!』

『いい動きしやがる!』

『やっぱり死を恐れていない奴はつえーわ』


 俺の戦闘スタイルにリスナーは大喜び。

 視聴者数も順調に伸びて500人を突破した。

 初日の最高記録が1000ちょいだったので、ようやく半分だ。

 改めて初期ブーストの強さを感じる。


「あそれ! あそれ! あそれそれそれぇ!」


 二つの鉄扇で華麗な舞を決める。

 雷と剣がとめどなく降り注いで敵を仕留めていく。


「えいやー! 鳥さんアターック!」


 梨花も楽しそうに戦っていた。

 小さな体で大鎌を振り回して火の鳥を飛ばしまくっている。


「いいなー! 私もオプション武器が欲しくなってきた!」


 杏奈は飛行タイプの敵を狙い撃ちにしている。

 腕がかなり良くて、1マガジンで結構な数をほふっていた。


 そんなこんなでザコの掃除をすること約10分。

 いよいよ周囲からザコが消えた。


『ボスが出るぞー!』

『ボスの時間だー!』

『なにが出るかな? なにが出るかな?』


 コメント欄はボス戦に胸を躍らせている。


「前から思っていたけど、ザコを殲滅したらボスが出る仕様なのか?」


『そういうわけではない』


 答えたのはルーベンスだ。

 彼はさらにこう続けた。


『ただ、傾向的に同じ場所で短時間に多くのザコを狩り続けているとボスが現れやすい。必ず出るわけではないが、近くに他のボスがいない限り、絶対に近い確率で出てくる』


 その言葉に偽りはなかった。

 周囲に他のボスがいないため、ゲートからボスが出てきたのだ。

 それも全てのゲートから。


「「「モォオオオオオオオオ!」」」


 現れたのはミノタウロスキングだ。

 八木沢で戦った時と全く同じ見た目をしている。

 あの時は1体でも苦労したが、今回はそれが6体もいた。


「うげー! なにこの巨人!」


 初めて見る杏奈はびっくりしていた。


「安心しろ杏奈、奴には弱点がある」


「弱点?」


「股間だ!」


「へっ?」


「杏奈、私が敵の腰蓑を燃やすから、そのあとアソコにいっぱい撃ち込んで!」


 梨花が攻撃を開始する。

 杏奈は困惑しながらも「了解!」と応じた。


「二人は1体ずつ倒していってくれ! 他は俺が引き付ける!」


 俺は挨拶代わりの【雷霆】を食らわせた。

 敵はDランクのボスなので大したダメージにはならない。

 それでも効果はあった。


「「「モ、モォ!」」」


 雷に打たれたボスの動きが止まったのだ。

 コメントによるとスタン――いわゆる麻痺状態だという。


「こいつらスタンの耐性がないんだな」


 ドラゴンに比べてスタンからの回復が遅い。

 これなら封殺できそうだ。


「うおおおおおおおお!」


 俺はボスに囲まれた中で貫禄の舞を披露する。

 とめどなく雷を落としつつ、適当な1体には【天剣】のオマケをつけた。


「モォオオオオオオオ……!」


 浴びるほど剣に刺されていた個体が崩落する。


「おお! かなり効いているぞ!」


「涼真やるぅ!」


「涼真君つよーい!」


 女性陣も順調だ。

 スタンしているボスの股間を虐めている。


「想像以上だな、【天剣】の威力は」


 【雷霆】と【天剣】の相性はかなりいい。

 スタンの効く相手ならDランクのボスさえ封殺可能だ。


『【雷霆】でスタンさせて【天剣】で1体ずつ狩るわけか』

『でも2枠の武器に【雷霆】と【天剣】を付けたほうが良くない?』

『主は金が足りなかったんだよ。2枠だとFでも10万だし』

『あー、そういうことか。さっき見始めたばかりだから知らなかった』

『ポイントに余裕がないからこその工夫だよなー』

『こういう序盤特有のやりくり好きだわぁ』


「これで……ラストォ!」


 最後の1体は全員で攻撃を集中させて倒した。


「二人とも怪我はないか?」


「「大丈夫!」」


 俺たちは「ふぅ」と息を吐いた。


「ザコ数千体にボス6体、無事に倒したな」


「今の内に移動しよー!」と杏奈。


 俺たちは自転車を回収して御殿場駅のさらに向こうを目指す。

 するとその時――。


「「「モォオオオオオオオ!」」」


 ゲートから新手のボスが現れた。

 またしてもミノタウロスキングで、数はこれまた6体。

 少し距離があるからか、俺たちがどこにいるのか分かっていない。


「えー! またぁ!?」


 杏奈がうんざりしたように言う。


「めんどくせぇから放置して先に進もう」


 時刻は18時40分。

 あと少ししたら勝手に帰っていく。


 それに、下手に倒して再三の新手が出ても困る。

 Cランク以上のボスなら面倒になりかねない。

 長旅でヘトヘトだし、そういう苦労は明日以降にしよう。


「私も賛成! もうお尻がいたいもん!」


 杏奈も「同じくー!」と続いた。


『俺も賛成! ミノキン討伐ばっか見てもつまんねーし!』

『だなー! さっきの戦いでキングは満足したわ』


 コメント欄も俺たちと同意見だ。


「ということで撤収!」


 敵が気づく前に戦線から離脱した。

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