009 八木沢の戦い
道なりに進み続けるとU字カーブに差し掛かった。
絶景を拝みながらそのカーブを過ぎると、今度は下り勾配が続く。
さらに進むことしばらくして、ガソリンスタンドが見えてきた。
ゲートらしき黒いモヤモヤもある。
「すげぇ数の魔物がいるな」
自転車を止めて話す。
ガソスタの周囲には数百体の魔物が蠢いていた。
懐かしの緑ゴブリンが大半で、そこに青ゴブリンが少し。
「私らが青ゴブリンの群れを倒したから集まってきたのかも?」
『大正解!』
『天使ちゃん賢い!』
「どうやらそうみたいだぞ。リスナーが梨花のこと賢いってさ」
「ほんと? やったー!」
梨花は「ふふふ」と嬉しそうに笑った。
その横顔は学校一の美少女と呼ばれるに相応しい可愛さだ。
案の定、「可愛すぎワロタァ!」とスパチャをする者がいた。
(異世界リスナーって日本人リスナーより気軽にスパチャするなぁ)
そんなことを思いつつ、ガソスタに漂う黒いモヤモヤを見つめる。
「あれがゲートか?」
「そうそう! あそこから魔物が……ほら! 今出てきた!」
「お、本当だ」
ゲートから新たな青ゴブリンが出てきた。
「あれだけ数がいると、私と涼真君だけじゃ厳しいよね」
梨花が「出直す?」と俺を見る。
「いや、戦おう」
「ほんとに!?」
「多いといっても9割が緑ゴブリンだ。緑はクソザコだし、どれだけ群れようが問題ない。こっちには銃と新武器があるしな」
「そっか! 遠くからバンバンすれば!」
「どうにかなるだろう。ただ、ブラックドラゴンが出てきたら困るが……」
『ドラゴンは大丈夫だと思うよ、近くに飛んでいないなら』
『まぁ他のボスが出てくる可能性はあるけどね』
「梨花、ドラゴンってこの辺にいるのか?」
「ううん、最近は大阪のほうで暴れているみたい」
「なら問題ないな」
俺たちは自転車を降りた。
敵が気づく前に戦闘態勢を整える。
「作戦はさっきと逆だ。梨花が銃で先制して、突っ込んできた奴を俺が倒す」
「了解! 始めるね!」
梨花はその場から銃撃を開始。
敵から400メートルほど離れている。
「さすがに離れすぎてダメみたいだな」
銃弾は敵に届いていなかった。
どこに着弾することもなくスッと消えている。
「ギリギリまで近づいてみる!」
梨花は30メートルほど近づいてトリガーを引く。
それでも結果は変わらず。
「もうちょっと近づく!」
再び同程度の距離を詰めてトリガーを引く。
――が、やはり届かない。
「よーし、もうちょっと!」
この繰り返しによって、徐々に距離が詰まっていく。
結果――。
「射程は約50メートルってところか」
そこまで近づいてようやくヒットした。
「「「ゴヴォオオオオ!」」」
ゴブリンの軍勢が突っ込んでくる。
青ゴブリンが先頭で盾を構え、それに緑が続く形だ。
「ゴブリンのくせに連携していやがる。こしゃくだな」
「でも問題ないよ! こっちのほうが高い位置にいるんだから!」
もともとの背丈で勝っている上に、勾配の関係で俺たちが上だ。
梨花の銃撃は青ゴブリンの頭上を通って緑を撃ち抜いた。
「ゴヴォ……」
緑ゴブリンは1~2発で死亡する。
盾などの防具を持っていないので狩り放題だ。
「これ楽しい! 癖になりそう!」
上機嫌で「あはははは!」と連射する梨花。
可愛いだけでなく怖さも感じられた。
「だいぶ削ったけど……」
梨花の視線がゲートに向く。
次から次に新手が出てきていた。
そのせいで敵の総数がそれほど減っていない。
「手前の奴等は任せろ! 新手を押さえてくれ!」
俺は敵の群れに突っ込んだ。
下り坂でこけないよう気をつけながら。
「うおおおおおおりゃああああああああ!」
上半身を大きく捻り、大鎌で豪快な横払い。
ブンッ、と風を切る音がした。
「「「ゴヴォ……」」」
一度に10体の青ゴブリンを切り裂いた。
盾ごと持っていく。
Fランク武器でも文句ない攻撃力だ。
さらに、攻撃をしたことでオプションが発動した。
「キュィイイイイイイイイイイイン!」
大きな火の鳥が現れ、後続のゴブリンを火だるまにする。
「すごい! なにそれ!?」
目をぎょっとさせる梨花。
「オプションスフィア【火の鳥】さ」
そのままである。
========================
【名 前】火の鳥スフィア
【ランク】F
【対 象】武器
【効 果】火の鳥による追加攻撃を行う
========================
効果説明を読んだだけだと、火の鳥がどんなものか分からなかった。
ただ、火の鳥と言われたらフェニックスを連想するものだ。
だからきっと強いと思ったが――。
「悪くないな、このスフィア」
期待通りの成果だ。
火の鳥が通った場所にいた敵が盛大に燃える。
その炎は魔物にのみ効くようで、傍にいる俺は平気だ。
鳥は数秒で消えた。
「もういっちょ!」
その場で鎌を振るって【火の鳥】をおかわり。
「キュイイイイイイイン!」
近くの敵が消し炭と化しているので、今度は少し離れた敵を襲った。
「なるほど、そういうことか」
「どうしたの? 涼真君」
「火の鳥の効果を把握したぞ」
「効果って?」
「この鳥の持続時間――つまり発動から消えるまでの時間は3秒だ。で、発動中は秒速10メートル程の速度で飛び、付近にいる敵を燃やす」
「ほおほお」
「これがどういうことかって言うと――」
俺は約30メートル先の敵に向かって鎌を振った。
新たな火の鳥が一直線にそいつへ突っ込み、燃やすと同時に姿を消す。
「――こんな感じで、最大で30メートルの射程を誇るわけだ」
おー、と感心する梨花。
『そうだったのか!』
『知らなかった! つーか気にしたことなかった!』
『地球人は面白いところに気づくものだなぁ』
コメント欄でも感心されている。
どうやら異世界人は細部にこだわらない性格みたいだ。
「前に使っていたビリビリトンファーとどっちが強い?」
ビリビリとは【雷霆】のことだろう。
「個人的にはトンファーかな。爆速で落雷を叩き込めるのは大きいよ。ただ、これはトンファーと大鎌の比較であってオプションの比較じゃないからね」
【雷霆】と【火の鳥】の比較になると優劣を付けがたい。
確実なのは、どちらもアサルトライフルよりは優秀だということ。
「見える範囲の敵は殲滅したしどこかで休もう」
新武器の効果もあり、戦闘は危なげなく終了した。
緊張感がなかったのでスパチャも冴えない。
「じゃあコンビニに行こ! この先にあるよ!」
自転車に乗り、勾配を下っていく。
ガソスタを抜けた頃には道が平坦になっていた。
「このコンビニ、まだあったんだなー」
目的地に到着する。
魔物が現れる前と変わらぬ姿をしていた。
「大抵の魔物は建物を破壊しないからね」
「そうじゃなくて、赤字で閉店しているかと」
梨花は「あー」と納得した。
「中は既に物色済みか」
コンビニ内には棚しか残っていなかった。
レジが壊されていないところに民度の良さを感じる。
貨幣に価値がなくなっただけかもしれないが。
「この辺は何度も来ているからねー」
梨花に続く形でコンビニの奥へ。
外から見えないバックヤードで腰を下ろした。
並んで地べたに座り、リュックに入っていた飲料水で水分補給。
『よし、おっぱいを凝視しろ! 谷間を見せるんだ!』
『魔が差したとでも言って触ってくれ! スパチャするから!』
『横顔がいい! 胸より顔! 横顔プリーズ!』
『首筋に流れる梨花ちゃんの汗になりたい』
変態チックなコメントで溢れている。
視聴者も知らぬ間に増えて30人になっていた。
「久しぶりの狩りはどーですか?」
梨花がニコッと微笑みかけてきた。
『はい天使確定演出スパチャ不可避!』
謎のセリフとともにスパチャが入る。
俺もあまりの可愛さに息を呑んだ。
「ま、まぁ、なかなかいい感じじゃないか。梨花のアシストもあって快適だ」
「ほんと? よかったー! 私、強くなったでしょ!?」
「魔物に対する恐怖が薄れている印象だった」
「たくさん倒してきたからね!」
梨花は「ふふん」と誇らしげに笑った。
「ここまで同行させておいてなんだけど親は心配しないのか? 魔物との戦いなんて危険だろうに」
「大丈夫……というか、心配してくれる親がいないんだよね」
梨花の顔が途端に曇った。
「それって……」
「魔物に殺されちゃったの。もう何ヶ月も前に」
「すまん、無神経な発言だった」
「そんなことないよ! 言わなかった私が悪いんだし!」
俺は何も言わずに天井を眺めた。
(リハビリ中に彼女の親を見かけなかった時点で察するべきだったな)
自分の発言を悔いる。
「あ! そういえば私も〈Amozon〉を使えるようになったんだよね? よーし、何か買っちゃおうっかなー!」
気まずい空気を払拭しようとする梨花。
「そ、そうだな! 防具でも買って――」
話している最中のことだ。
ゴゴゴォ……と地面が揺れた。
「「地震!?」」
否、それは地震ではなかった。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
大地を揺るがすほどの咆哮が響く。
魔物だ。
俺たちは慌てて外に出た。
「おいおい、なんだあいつは……」
「あんな魔物、見たことない……」
ゲートから出てきた新手の魔物。
その姿はコンビニからでもよく見えた。
全長30メートル級の巨大なミノタウロスだ。
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