003 ブラックドラゴン

 ドラゴンは俺の100メートル以上先――正門前に降り立った。

 体長は優に20メートルを超えており、明らかに今までのザコとはモノが違う。

 見るからに強そうだ。


『よりによってブラックドラゴンかよ』

『マジで逃げないと死ぬぞお前!』

『Aランクだから絶対に勝てない』


 コメント欄が「逃げろ」の大合唱で埋まる。

 俺が死ぬと配信が終わってしまうからだ。

 リスナーの性格は千差万別なれど、配信が好きなのは共通している。


『初見! 新しい惑星ってことで楽しみ……ってブラックドラゴン!?』

『初っ端からとんでもねぇ展開で草草の草ァ!』

『オワタァ!!!!!』

『素直に言いますw この配信者、死にますw』


 視聴者数が急激に伸び、コメントが加速していく。

 どいつもこいつもブラックドラゴンにビビっていやがる。


「勝手に諦めてるんじゃねぇよ」


 俺は「ふっ」と笑った。


「やってみなけりゃ分からないだろ」


 フィールドは運動場。

 人間の死体が散乱している以外に障害物はなし。

 動き回る環境としては十分だ。


『おい、お前、まさか……』

『やめろ、やめろぉおおおおおお!』


「うるせぇ! いくぜ!」


 俺はカバンをおいて突っ込んだ。

 もちろん大事な物はポケットに入れてある。

 いざとなれば鞄を捨てて逃げる考えだ。


「うおおおおおおおおおおおおお!」


 バットとソードの二刀流で突っ込む。


「グォオオオオオオオオオオオ!」


 ドラゴンが上半身を後ろに反らせた。


『火球が来るぞ!』

『避けろ!』


「いい助言だ!」


 俺は直角にカーブして横に走る。


「ブォオオ!」


 ドラゴンが火の玉を吐いた。


「おわっ!」


 想像以上の大きさだ。

 半径5メートルくらいあった。

 凄まじい速度で飛んで校舎にヒットする。

 ドガァンと派手な音を鳴り響いた。


「グォオオオ……!」


 ドラゴンが再び上半身を反らせる。


「威力は強烈だが一撃を放つのに時間がかかるみたいだな――ならば!」


 俺は避けずに突っ込んだ。

 攻撃モーションのせいで剥き出しになった腹部を狙う。


『いけぇ!』

『ぶちかませ!』

『見せてやれ! ビギナーズラックって奴をよぉ!』


 大量のスパチャが飛び交う中――。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 ――全力でノーマルソードを振るう。

 その結果。


 ポキッ。


 ソードが軽やかに折れた。


「え、マジ?」


 衝撃のあまり固まる。

 ゴブリンやレッドモーは豆腐のように斬れたのに。


「まだだァ!」


 今度は左手のバットによる一撃。


 ベコォ。


 バットはぐにょりと曲がった。

 敵の硬い装甲に弾かれたというより、当たる直前に壊れた感じだ。


『おいおい、Bランク以上の武器を持っていないのか!?』

『ブラックドラゴンはCランク以下の武器を無力化するんだよ!』

『低位の武器しか持っていないなら絶対に勝てないぞ!』

『なんでその装備で挑んだんだよ!』

『もう一度言いますw この配信者、死にますw』


 俺は目をパチクリする。


「ふーん、なるほどね。なら次の手はこれだ」


 ポイッと壊れた武器を投げ捨てる。


「いくぜ……!」


 敵に背を向けた。


「そんな大事なことは先に言えーッ!」


 全力の逃走だ。

 さすがにこの状況ではどうにもならない。

 ここは逃げの一手あるのみ。


「グォオオオオオオオオオオオ!」


 ドラゴンは二発目の火球を中断。

 俺を仕留めようと前肢で引っ掻いてくる。


「ひぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 寸前のところで敵のクロー攻撃を回避。

 彼我のサイズ差が奏功した。


 日常生活に喩えるなら奴は人間で俺はゴキブリだ。

 逃げ惑うゴキブリを手で捕まえるのは非常に難しい。


『死ぬ死ぬ死ぬぅ!』

『逃げろ地球人! 見せてやれお前の逃げ足!』

『この死ぬかもしれないスリルがたまんねェ!』

『死んじゃう?w この配信者、死んじゃう?w』


 コメントはこれ以上ない盛り上がりだ。

 視聴者数は4桁に到達し、依然として伸び続けている。

 数百ポイントのスパチャが雨あられのように飛び交っていた。


「こっちはヒィヒィ言ってるのに楽しみやがって! 異世界人おまえらが死ねェ!」


 こうして喚くと、コメントはさらに盛り上がった。


「あった! 俺のチャリ!」


 どうにか自転車置き場に到着。

 ロックを外し、直ちに裏門から学校を出る。


「グォオオオオオオオオオオオオオ!」


 当然、ドラゴンは追ってきた。

 翼を広げているせいで先ほどよりも大きく見える。


「グォオオオオ!」


 ドラゴンが炎を吐く。

 火炎放射で家々を燃やしまくっている。

 飛行中は火球を吐けないようだ。


『振り返ってドラゴンを見せろ!』

『ドラゴンが見えないぞ!』


「うるせー! 黙ってろ!」


 俺は死に物狂いでチャリを漕ぎ、細道に逃げ込んだ。

 田舎なので、都会の路地裏よりも狭い脇道が無数にある。

 そうした道を通って敵をやり過ごす考えだ。


「グォ……?」


 ドラゴンは俺を見失った。

 しばらく周囲を飛行したものの、最終的には去っていった。


(俺が奴の立場ならこの辺を焼け野原にするけどな)


 無闇矢鱈むやみやたらには炎上させたくないのかもしれない。

 とにかく難を逃れたのでホッと一安心。


 俺は這々ほうほうていで家に向かった。


 ◇


 戦場から少し離れた自宅に到着。

 特徴のない一軒家だ。

 先の連絡にあった通り両親はいなかった。


「ふぅ」


 リビングで一息つく。


「とりあえずメシだな」


 食える内に腹ごしらえをしたほうがいい。

 とりあえずパッと作れるインスタントラーメンを食べることにした。

 カップの蓋を開けてお湯を注いだらリスナーに言う。


「休憩するから今日の配信は終わりだ、じゃあな」


 〈Yotube〉を開いて配信を終わろうとする。


『待った! その前に教えてくれ。その食い物はなんだ?』

『ラーメンのようだけど、熱湯を入れるだけで作れるのか?』


 どうやら地球のメシに興味があるようだ。


「ラーメンは知っているのにインスタントは知らないのか」


 カップ麺ができるまでの間、俺は地球のメシについて教えた。


『インスタント食品なんて物があるのか』

『レトルトカレー美味そう! てかレトルトってどういう意味?』

『冷凍食品も便利そうだな。氷魔法で作ってみるか』

『俺は缶詰が食ってみたいぜ』


 話していて異世界のことが少し分かった。

 料理自体は地球と似ているが、保存食の知識は明確に劣っている。

 おそらく保存食を必要としない環境なのだろう。


「満足してもらえたみたいでよかったよ。じゃ、またな」


 今度こそ配信を終了した。

 異世界人と駄弁りながら過ごすのもいいが一人の時間もほしい。

 常に見られていると落ち着けないものだ。


「さて、どのくらい貯まったかな」


 ダイニングテーブルでカップ麺を食いながらスマホをポチポチ。

 〈Amozon〉で商品を物色しながらポイントの残高を確認した。


「15万ちょっとか」


 思ったより多い。

 ドラゴン戦でかなり稼いだ。

 逃げている間もスパチャが乱舞していた。


「これだけあればDランクの装備を買えるな」


 OP枠がない物に限るが。

 OPの詳細は不明だが、それが1枠でも付くと途端に高くなる。

 ちなみに、防具の販売価格も同じようなものだ。


「でも、Dじゃあのドラゴンは倒せないんだよなぁ」


 ブラックドラゴンを狩るにはBランク以上の武器が必要らしい。

 Dランクの武器で挑んでもぶっ壊されるだけだ。


「ま、15万をどう使うかはリスナーに相談して決めるか」


 俺よりも奴等のほうが何かと詳しい。

 餅は餅屋だ。


 ということで〈Amozon〉を閉じ、ネットで情報収集を行う。

 ついでにテレビもつけたが、放送局がやられたのか何も映らなかった。


「思ったより被害の規模が大きいな」


 魔物は世界中で猛威を振るっているそうだ。


 発生源は「ゲート」と呼ばれる黒いモヤモヤ。

 このゲートが曲者で、どうやっても壊すことができないそうだ。


 かといってゲートを囲む作戦も通用しない。

 ドラゴンなどの強敵が出てきたら太刀打ちでいないからだ。


 ゲートは無数にあり、日本全土が魔物に襲われている。

 自衛隊の手は田舎まで回っていないのが現状だ。


 絶望的な状況ではあるが、前向きなニュースもある。

 大半の魔物が適当な武器で倒せるということ。

 銃火器を使えば楽勝だ。

 もちろんブラックドラゴンのような例外もいる。


 圧倒的な数を誇るゴブリンがクソザコなのも周知され始めていた。

 中にはSNSでゴブリンの討伐動画をUPしている者もいる。

 自衛隊や警察の助けになるよう頑張ろう、と呼びかけていた。


「一般人がゴブリンを狩れるようになれば、自衛隊の戦力を強敵に集中できるようになる。そうなれば事態は好転するかもしれないな」


 メシを食い終わり、情報収集も一段落した。


「これから何をするか……」


 俺も両親みたいに魔物の狩りに行くか。

 それとも安全な場所に避難してのらりくらり過ごすか。

 ぶっちゃけどちらでもよかった。


「お?」


 そんな時、スマホがブルブルと震えた。

 チャットが届いたのだ。


「今度は何の用だ? あの狂った親たちは」


 俺のコンタクトリストには両親しか登録されていない。

 だから相手は父か母に違いない――と思った。

 しかし、実際にはそのどちらでもなかった。


「これは……!」


 チャットの相手は、リストにいない意外な人物だった。

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