002 チュートリアル

 見覚えのない謎アプリは二つあった。

 〈Yotubeヨーチユーブ〉と〈Amozonアモゾン〉だ。


 一般人ならそれらに似た名前の大手サイトを知っている。

 つまり――。


「どう見ても詐欺アプリじゃねぇか!」


 間違いない。

 きっと拾ったモバイルバッテリーが原因だ。

 充電の際に強制インストールされてしまった。


 そんな経緯で侵入してきたアプリなので、

 当然のように削除することができなかった。


「ま、いっか」


 俺のスマホ依存度は非常に低い。

 友達がおらず、ネットやゲームも大して興味ないから。

 親との連絡が終わった以上、もはや使い道はなかった。

 ということで――。


「ちょっと試してやるか」


 詐欺アプリを開いてみることにした。

 とりあえず目に付いた〈Yotube〉から立ち上げる。

 すると――。


『配信を開始しますか?』


 開くなり選択肢が出てきた。

 恐れ知らずの俺は迷わずに「はい」を選択。

 その瞬間、異常が発生した。


「なんだこれ!?」


 視界の右上に文字が表示されたのだ。

 半透明の字で「視聴者数」や「コメント」と書いている。

 まるで生配信のページみたいだ。


 視聴者の数が0から増え始める。

 一気に10、20、30と増え、100人ほどで落ち着いた。


『初見! 主は男? 女? 鏡の前に立って!』

『声を聞かせてくれー』


 コメント欄に文字が表示される。


「なんだ? 鬱陶しいな……」


 視界に映る文字を右手で払おうとする。

 しかし、触れることができずにすり抜けてしまった。


「いったい何がどうなっているんだ?」


 自分の体に異常が起きてしまった。

 そのことがこの上なく気持ち悪い。


『初配信かw 戸惑いまくりで可愛いw』

『その声! 男かよ! なら興味ねー! 違う配信に行くわ!』


 視界の隅にクソみたいなコメントが並ぶ。


「うざいったらありゃしねぇ」


 きっと〈Yotube〉で配信を押したせいだ。

 理屈は不明だが、状況を考えるとそうとしか思えない。


 俺は配信を終了しようと考えた。

 〈Yotube〉を開いて配信終了ボタンに指を近づける。


『待て待て。何がどうなっているか知りたくないのか?』

『視界に浮かぶ配信ステータスが鬱陶しいんだろ?』


 コメントが表示される。


「事情が分かるみたいだな」


 スマホに向かって呟く。


『分かるよ。教えるから配信を続けてくれ』


「そういうことなら」


 謎アプリや体の異常に関する情報を得られそうだ。

 俺は配信を続けると約束し、コメント主に事情を教わった。


 ◇


『――これで以上だ。質問があれば答えるよ』


「いや、十分だ」


 コメント主の一人・ルーベンスの説明は完璧だった。

 おかげで、俺は謎のアプリから魔物のことまで全て分かった。


 突如現れた魔物は、元々、異世界に棲息していた。

 地球とよく似た環境の惑星だという。

 その世界にも人間――つまり、異世界人が存在している。


 その異世界人が、魔物を統べる魔王が倒した。

 絶滅の危機に瀕した魔物たちは別の惑星に逃げることを選択。

 独自の転移能力を駆使して地球にやってきた。

 以上が、魔物の現れた理由だ。


 ここまで分かれば、謎のアプリについても分かるだろう。

 そう、アプリは異世界人が作ったものであり、異世界に繋がっている。


 〈Yotube〉は異世界人に向けて行う生配信アプリということ。

 配信中、配信者=俺の肉眼がカメラの代わりとなっている。

 視聴者たる異世界人は、俺と全く同じ景色を体験しているわけだ。


 配信の基本的な仕様は、俺たちの世界に存在する配信サイトと同じだ。

 広告や投げ銭による収入も存在している。

 ただし、得られるお金は日本円ではなくptポイントだ。


 〈Amozon〉は配信で得たポイントを使って買い物を行うアプリ。

 武器や防具を始め、魔物との戦闘に役立つアイテムを買えるという。


 俺は視界に映るコメント欄を確認した。


『早く戦いにいけよ』

『おせー! ハゲ! ボケ!』

『最初だから戸惑っているんでしょ。黙れよお前ら』


 なんだか言い争いが繰り広げられている。

 リスナーの質が玉石混淆ぎよくせきこんこうなのはどの世界と同じみたいだ。

 余談だが、視聴者数は大して伸びていなかった。


(目障りだから異世界の言語で言い争えよなぁ)


 実際のところ、リスナーどもは日本語を話していない。

 奴等の翻訳魔法なる技術によってリアルタイムで日本語化されている。

 アプリ名が〈Yotube〉や〈Amozon〉なのもその影響だ。


「コメントで喚いている異世界人ども、よく聞けよ」


 俺は立ち上がった。


「お前らの期待に応えて戦ってやろう。だから俺にスパチャしろ」


 スパチャとはスパークチャットの略称だ。

 投げ銭のことである。


『おいおい、スパチャ乞食かよ!』

『乞食乙!』


「そうじゃなくて、武器がなけりゃ戦えないだろ?」


 本当は金属バットがあるけれど、あえて触れないでおく。

 今まで視界に捉えていないから気づかれていないはずだ。


『たしかに』

『一理ある』


 コメントしている奴等が納得する。

 この様子だと最低限のポイントを獲得できそうだ。


『+1000pt:これで武器を買ってくれ』


 紳士・ルーベンスがスパチャをしてくれた。

 色々と教えてくれるなど、本当にいい奴である。


「OK」


 俺は〈Amozon〉を起動。

 インターフェースは某通販サイトに酷似している。

 これも魔法の影響だ。


「えーっと、1000ptで買える武器は……」


 しばらく探して発見した。


========================

【名 前】ノーマルソード

【ランク】F

【OP枠】0

========================


 片手剣の中で最も安い一品だ。

 ランクは最低で、OP枠なる謎の項目も0である。


(OPが何か気になるが……)


 今は何も言わないでおこう。

 俺はノーマルソードを購入した。


「うお!?」


 買った瞬間、目の前に剣が現れた。

 何の特徴もない片手剣だ。

 思ったより重いが、どうにか片手で振り回せそう。


「すげぇな異世界アプリ」


 俺が感動する一方、コメント欄にはイライラが広まっている。


『戦いに行けー!』

『死にそうになってハラハラさせろー!』


 他人事なので呑気なものだ。

 だが、戦いたいのは俺も同じだった。


「そう喚くな。すぐに望むものを見せてやるよ」


 俺は教室を出た。

 右手に剣、左手にバット、腰に学生鞄。

 とんでもない重装備だ。


「さて、敵はどこかな」


 廊下を進む。

 教室に長居し過ぎたのか閑散としていた。

 生き残った生徒は既に避難を済ませたようだ。


「お? いたいた」


「ゴブゥウウウウウ!」


 1階で魔物と遭遇した。

 コメント欄が『ゴブリンだ!』と盛り上がっている。


「なるほど、こいつがゴブリンか。たしかにそんな見た目をしている」


 俺は突っ込んできたゴブリンを斬り伏せた。


「おお」


 切れ味の鋭さに感動する。

 軽く振っただけなのにゴブリンは真っ二つだった。


『敵のランクが低いとFランク武器でもよく斬れるね』


 俺の心を読んだかのようなコメントがつく。

 どうやら武器と敵のランク差で攻撃力が変わるようだ。


「これなら無双できそうだな」


 校舎の外に出る。


「「「ゴブォオオオオオオオオオオ!」」」


「「「モォオオオオオオオオオオオ!」」」


 大量の魔物が待ち受けていた。

 ゴブリンだけでなく赤い牛もいる。

 レッドモーというそうだ。


『すげー数!』

『レッドモーはFランクだが初心者にはきついぞ!』

『死ぬなよー!』


 コメント欄の盛り上がりが最高潮を迎える。


「なるようになるさ。ならない時は死ぬのみ」


 俺は迫り来る敵を迎え撃った。

 最小限の動きで回避しつつ二刀流のカウンターを食らわす。

 ゴブリンはバットで、レッドモーはソードで殺した。


『すげぇ! コイツ強いぞ!』

『主なら魔法抜きでもCランクまでいけそう』

『地球の冒険者もやるねぇ!』


 冒険者とは俺のことだ。

 異世界人の基準だと、魔物を狩る者は全て冒険者に該当する。


「俺が強いんじゃねぇ、こいつらがザコなだけだ」


 ガンガン倒していく。

 冷静に立ち回れば駆逐できそうだ。

 ――と、思った時だった。


「ん?」


 突然、敵が攻撃を止めた。

 こちらに背を向けて方々に散っていく。


「ビビったのか?」


 首を傾げる俺。

 一方、コメント欄では――。


『あ、やばい』

『急いで逃げたほうがいい』

『まずいぞお前!』


 揃いも揃って警鐘を鳴らしている。

 除夜の鐘より多い数のコメントが流れた。

 よほど危険なようだ。


「君らを信じて逃げるとするか」


 と判断したが、時既に遅しだった。


「グォオオオオオオオオオオオオ!」


 運動場に巨大なドラゴンが降臨した。

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