双子の妹を見捨てて炎上したダンジョン配信者の私の話

@fujinobu

1話

ーー炎上した。


 もうこれ以上ないってくらい、燃えて、燃えて、燃え散らかした。

 勿論、物理的に、じゃない。ネットでの炎上だ。ああ、いや、家に放火されて全焼しかけたから、物理的にも燃えたっちゃ燃えたんだけど。


 ことが起こったのは、今から半年前。


 私、ハルは二人組の現役JKダンジョン配信者として大活躍していた。

 チャンネル登録者は50万人を超え、ゲリラで配信しても数万人は余裕で見にきたし、関連商品も大売れ。調子に乗り散らかして、むちゃくちゃイキリまくったことも言って、よくネットニュースを騒がせた。


 『私が人気だから、ゴブリンのクソ以下の奴らが嫉妬して僻んでるだけ』

 と思っていたし、実際配信で言った。そしてそれも結構燃えた。今のやつと比べたらマッチの火くらいなもんだけど。


  今にして思えば、こんな私のグループに人気があったのは、もう一人の相方で、双子の妹のユキのおかげだった。

 名前の通り、雪のように白く、透き通った肌。心配になるほど体は細く、いつも困ったような笑みを浮かべていたユキはーー、姉の私から見ても文句のないくらい美少女だった。

 双子なのに私とユキは見た目も性格も全然違った。

 私が調子に乗ったことを言うと、

 「そ、そんなこと言っちゃダメだよ……」

とか、弱々しく嗜めてきて、その様子が健気で可愛いと評判で……、でも、私自身はなよなよしていて嫌いだった。

 だから動画の外ではいつもユキに酷い言葉を浴びせたり、酷い時には無視したりもしていた。


  ーーそんな生活が一変した日。

 私とユキはダンジョンで生配信をしていた。

 自動で私達を追尾するドローンカメラに向かって、雑談をしながら、ゴブリンやスライムといった雑魚モンスターを倒していた。

 ここのダンジョンには雑魚しか出ないし、何度も潜ったことがあるから、勝手を知っていた。


 片手間にコメント欄を見ていると、スペシャルチャットが飛んできた。

 有料で目立ったコメントが打てるやつだ。

 ユキもそれに気がついて反応する。


 「H.K.さん、いつもスペシャルチャット、ありがとうございます!えっと……、『ユキ様、誕生日おめでとうございます!』……あれ……?」


「は?」


 私とユキが怪訝な声を出したのには理由があった。というのも、二人の誕生日は非公開で、今まで明かしたことがなかったからだ。

 どこから聞きつけたのか分からないけど、あまり気分のいいものじゃなかった。

 ……と、思ったので私は、そのまま『非公開の誕生日知ってるなんて、ストーカーみたいでキモい』って言った。

 続けて、

 「てゆーか、ユキの誕生日ってことは、私の誕生日でもあるんだけど。こいつなんかより、私へのお祝いの言葉ないの?ねえ」

 「も、もうお姉ちゃんてば。ごめんなさい、H.K.さん」

ユキがぺこぺこと頭を下げる。

『こんな気色悪いストーカー野郎に頭なんて下げるな』と言いたかったけど、これを言ったらどうせまたぺこぺこ頭を下げ始めることは目に見えていたので口を閉じた。


 このH.K.とか言うやつも、ユキの態度も気に食わない。

なんだかイライラしてきて、もう配信終わろうかな、と思っていた時だった。


 「…………お姉ちゃん……なにあれ……?」


突然、ユキが怯えたように震える声で言った。


 目線の先を見ると、何やら黒いドロドロとした、ヘドロのようなものが地面から噴き出していた。

 ……あんなの、見たことがない。

 コメント欄も、未知の物体に騒がしくなり始めた。


 『あれ、悪魔じゃね?』


そんなコメントが目に入った。


 『悪魔』

それは、最近、海外各地のダンジョンで目撃され始めたモンスターの通称だった。

 見た目は、今のようにヘドロ状の人型で、滅多に現れることはないが、出くわしてしまえば、その強力さ故に、抗えず、どこかへ別の空間へと連れて行かれてしまう。

 そして、連れて行かれたら最後殆どは行方不明のままであり、唯一戻ってきた者も、酷い拷問の跡が残った死体の状態だった……という。


 なんにせよ、あんなの普通じゃない。

 見ているだけで、なにか、根源的な恐怖を感じて体の震えが止まらない。

 目の前で、見る見るうちに、ヘドロのようなものが盛り上がり、人型へと変わっていく。

 そして、真っ黒な顔に不気味な笑みを浮かべた口が現れた。

 本能が告げている。こいつには、敵わないと。ダメだ、私、ここで、死……。


 「お姉ちゃん!早く逃げないと!」


 ユキが叫んで、ハッと我に返った。


 真っ黒なそれは、甲高い狂気的な声で笑うと、その体から触手を私たちに伸ばしてきた。

 ユキの言葉でなんとか正気に戻った私は、走った。

 その少し後ろをユキが追うように走る。

 私とユキは必死に走った。

 悪魔の触手のスピードはそんなに速いわけではなかった。

 しかし、決して振り切れない、一定のスピードを常に維持していた。

 こいつは私たちを痛ぶっているんだと気づくまでに時間はかからなかった。


 そんな中、私の頭には『悪魔』についてのある情報が浮かんでいた。


 なぜ一度狙われれば抗えないはずの悪魔に目撃情報があるのか。

 それは、悪魔が一人しか連れて行かないから。

 誰か一人が捕獲されれば、悪魔はどこかへと消え去ってしまう。

……もし、ユキが身代わりになってくれたら……、と暗い考えが私の脳裏をよぎったのは、否定できない事実で。

 私が、ふとユキの方を見た時だった。


 ーーユキが転んだ。

 そしてそのまま、地面へと倒れる。

 悪魔がその隙を逃すはずはなかった。

 触手がユキの足へからみつき、ユキの体は引きずられ、悪魔の本体へと辿り着いた瞬間。

 どこかへと、跡形もなく悪魔と共に消えてしまった。

 




 ……それから、どうなったのかを話そう。

 悪魔はいなくなり、私はダンジョンから帰還することができた。

 でも、そのあとが酷かった。


私は、まず警察の事情聴取を受けた。

 私が転ばせたなら罪に問われたと思うけど、配信を見れば、ユキが足をもつれさせて転んだことは明らかだった。

 だから、法的には私にはなんのお咎めもなしだった。


 ……でも、世間はそう判断しなかった。

 普段の動画での私のユキへの態度のせいで、私がユキを転ばせて身代わりにしたんだと、事実が歪曲され、非難された。

 同時に私がプライベートでユキに酷いことをしている動画がどこからかリークされ、それが炎上にさらに油を注ぐことになった。

 人気がそのまま悪意へと裏返った。

 人殺しだと叩かれ続け、通ってる高校も私とユキが二人で暮らしていた家の住所も特定され、連日イタズラや脅迫状紛いのものが送られ、挙句、家への放火。


 結局私は高校も中退して、今はボロボロのアパートに一人、暮らしている。

 配信は当然続けられないし、悪評のせいで就職もできない。

配信者時代の貯金をなんとか切り崩してやっているのが実情だ。……といっても、当時の私が散財したせいであんまり残っていないから、安アパートの家賃を払うだけでも精一杯なんだけど。


……こんな惨めなアパートでも、何度も引っ越した末にようやく辿り着いた場所だった。

 どこから嗅ぎつけてくるのかは知らないけど、引っ越しをしてもすぐに特定されてしまうからだ。




 ……ある日、私がアパートに引きこもっていると、チャイムが鳴らされた。

 ビクッとした。

 炎上騒ぎで散々な目にあったせいで、完全にチャイムがトラウマになっていた。

 身を守るように布団にくるまりながら居留守を使っていると、チャイムが連打される。

 このチャイムの押し方、単なる宅配という線はもうない。

 確実に私が誰かを知ってて押しかけてきたやつだ。


 ……また、ここもバレてしまったのか。……勘弁してよ……。


 「ハルさん、いるのはわかってるんです!出てください!!」


玄関の外から、そう叫ぶ声が聞こえた。

 幼い女の子の声だ。

 丁寧な言葉遣いなのは意外に思ったけど、だからと言って油断して出れば何をされるか分かったものじゃない。

 私は尚も居留守を続行しようとして……。


「お願いします!……ユキさんを、助けられるかもしれないんです!」


……その言葉に驚いて、玄関を開けてしまった。

 そこには、中学生くらいの小さな女の子が立っていた。


 「こんにちは。私、橋本かなえって言います。開けてくれて、ありがとうございます」


 そう言って、真剣な眼差しで私を見つめてきた。





「ごめん、水道水しかないんだけど……」


「……いえ、お構いなく」


私は、詳しく話を聞くために女の子を部屋へあげた。


 「……えっと、それで本題の前に聞いておきたいんだけど……君は誰で……後、どうして私の居場所が分かったのか、教えてくれる?……もしかして、ここ、ネットでもう特定されてたり……?」


「そうですね。名前はさっきも言いましたが、橋本かなえ。ただのチャンネルのファンだった中学生です。ここの住所ですけど、ネットで特定はされてないです。昨日、たまたまハルさんが買い物しているのを見かけて、そのままこっそり跡をつけたらここが分かったってだけです」


……昨日……、確かにスーパーに食料を買いに行ったけど……


「でも、私、マスクとメガネつけて変装してたよね?髪型だって変えてたのに……」


「まあ、確かにそうでしたけど。……私、高額のスペシャルチャットしてたくらいの結構なファンだったので。それで気づきました。多分私以外気づいている人はいないと思いますよ」


 女の子はそこまで言うと、ふぅ、と息を吐いてから、話し始めた。


 「……それでユキさんのことなんですけど。ああ、その前に、今、あのダンジョンが封鎖されているのはご存知ですよね?」


 「あ、いや……。そうなってたんだ……」


正直、知らなかった。

 怖くて、ネットもダンジョンについての情報も絶っていたからだ。 


 ……?今、一瞬、女の子の表情が険しくなったような……?

 一つ瞬きをすると、女の子は真顔だった。私の勘違いかな……?


 女の子は、一つ咳払いをして続けた。


 「とにかく、本当なら立ち入り禁止なんですけど、この間、そこで私の同級生が肝試しに入って、女の人らしき人影を見たって言ったんです」


 ……女の人の人影……?


 「はい。同級生はびっくりしてすぐに帰ってしまったので、詳しくは分からないんですけど、白い肌の細身の女性みたいだったって言ってしました」


白い肌の細身の女性……。確かにユキにそっくりだけど……。


 「あんな事件が起きたせいで、信憑性に乏しい子どもの話程度じゃ、捜索隊なんて結成されませんし、同級生は怯えて、二度と行くのは嫌だって言うし、私一人じゃダンジョンを進むのは難しいし……。そうしたら、昨日偶然、ハルさんを見かけて。チャンスだって、思ったんです」


女の子は興奮して私の手を取りながら言った。


 「お願いします、ハルさん。私と一緒にあのダンジョンへ行ってください!」




…………こうして私はもう一度あのダンジョンへ足を踏み入れることになった。


 正直なところ、肩透かしを食った気分だった。

 ユキを助けられるかも、と言われたのにその根拠は中学生の目撃情報だけ。

 本当にユキがいるのか、疑わしいと思う。

 それでも、私が行こうと決めたのは、多分、贖罪をしたかったからだと思う。

 ユキが悪魔に連れ去られた時、何もせず、あまつさえ、心の奥では安心していたそんな負い目を、ユキのために何かをしたと言う事実で、軽くしたかったんだ。



 昼間は誰かに見つかって騒ぎになるかもと言う理由でその夜、ダンジョンに入ることにした。

 ダンジョン内は原理は不明だけど昼夜問わず明るいし問題がなかった。


 私は、家から持ってきた包丁を握り締め(配信者の時に使っていた武器はとっくの昔に捨ててしまった)、緊張しながら、女の子と共にダンジョンを進んだ。


 「……ついてきてくれて、ありがとうございます、ハルさん。正直、ついてきてくれないかもと不安だったんですけど。信ぴょう性も低い話ですし」


女の子が言った。


私はそうだね、と適当に返事してから、


 「…………でも、誰かいるのは間違いないと思うよ」


「え?」


「ほら、壁に緑の血がついてる。ゴブリンの血だ。……しかも、まだ乾いてないよ」


 ダンジョン内でモンスターが死ぬと、すぐにその死骸は消えてしまう。

 だけど、壁についた血みたいに体から離れたものは消えるまでに時間差があって、それが大体1時間程度。


 つまり、私たち以外の誰かがここにいて、ゴブリンを倒したことは明らかだった。


 ……問題は、それがユキなのかどうか、なんだけど。

 この子の同級生みたいにイタズラで子供が侵入してだけかもしれない。

 ゴブリンくらいなら、運動神経が悪くなければ中学生でも十分に倒せるし。


 私と女の子は、しばらくダンジョン内を歩いた。

 たびたび雑魚モンスターと出会ったけど、大した強さじゃないから、不意打ちされないように気をつけてさえいれば余裕だった。



「…………あの、ハルさん。こんなこと聞くのは失礼だと分かってるんですけど」


不意に、女の子が口を開いた。


「ついてきてくれないかもと思ったってさっき言いましたけど……信ぴょう性の他に、もう一つ別の理由がありまして。

 …………ハルさんって、ユキさんのこと嫌ってましたよね?」


どきりとした。


 ……私は、ユキのことをどう思っていたのだろう。


 確かに、ユキのなよなよとした弱々しいところは、好ましく思っていなかった。


 小学生の頃に事故で両親を亡くして、私とユキは親戚に引き取られた。

 別に、悪い人たちじゃなかった。だけどとにかく、私たちに無関心だった。ただ、世間体のために引き取っただけで、赤の他人に向けるような無機質な目が私はずっと嫌だった。

 事実、私達が有名になっても、私が炎上で困っている時も何も声をかけてこなかったから、本当に触れたくもなかったらしい。


 私とユキは配信で稼げるようになるとすぐに家を出た。


 私とユキには守ってくれる人はいなかった。


 だから、強くなきゃいけないって、常に強気な態度ばかりとっていて……今思えば、虚勢だったのだろう。


いつか私の言葉が炎上した時、ユキとした会話を思い出す。


 「お姉ちゃんは私が弱いから、私を守ろうとして強い言葉を使ってるんだよね」


「…………」


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私、分かってるから」


そう言って私をユキは抱きしめた。


 「他の人がなんて言ったって、私だけはお姉ちゃんのことを理解してるし、味方だから。お姉ちゃんのこと、ずっと、ずっと大好きだよ」


 そうして次の配信で、ユキは怒る視聴者を上手く宥め、炎上はおさまった。

 私は、自分の弱い部分を突かれたような気がして、この時から、ユキを突き放した。


……本当に強いのはユキの方だったんだって、今ならわかる。


 怖くなって、ユキを放り出した私と違って、いつだって、私を見捨てずユキは側にいた。


 何よりあの時、悪魔に怯えきり、放心している私に声をかけて、逃げる力をくれたのはユキだった。


 ユキにはずっと、私にはない、得体の知れない強さがあった……。


 

 『……ハルさん?』と女の子に呼ばれ、私は、ハッとして答えた。


 「……分からない。…………でも、私は、多分、ユキに許して欲しくてここに来たんだと思う」


 言ってから、質問に答えていないことに気づくも、女の子は、私の言葉を吟味するように繰り返していた。






ダンジョンを進んで、遂に、私にとって忌々しい場所へ到着した。


 ……あの悪魔が現れた場所だ。


 積極的に情報を追いかけてはいないものの、あれ以来、世界のどこにも悪魔が現れたと言う話は聞かない。

 そもそも悪魔は特定の場所に現れていたわけじゃないし、警戒する必要はない、といえばそうなんだけど。


 ……それでも、不安感を拭い去ることはできない。


 「あっ、ハルさん……!」


女の子が叫んだ。


 「み、見てくださいあそこ……!」


 言われて、指差した方を見た時だった。


  不意に脇腹が熱くなった。



 驚いて確認すると、女の子がナイフを私の脇腹に刺していた。


 「……なっ……」


女の子は驚くほど冷たい顔で、荒々しくナイフを引き抜く。

 乱雑な手つきに、傷口が広がり血が吹き出た。

 私はあまりの痛みに、立つことができずその場に倒れ込んでしまう。

 そんな私を女の子は汚いものでも見るような目で見下していた。


 「…………『許して欲しい』ですって?許されるわけ、ありませんよ。散々、ユキ様を苦しめておいて、自分だけ楽になるなんて。勝手にも程があります」


な、何が起こって……?それに、ユキ様って……。

 女の子の突然の変貌ぶりについていけず困惑してしまう。


 女の子が、私を馬鹿にしたように笑う。


 「あぁ、やっぱりあなたって馬鹿なんですね。自分勝手な上に頭も悪いなんて、ユキ様の苦労が偲ばれます。いいですか、嘘だったんですよ。同級生がユキ様を目撃したって話も、たまたまあなたを見つけたって話も。私がチャンネルのファンだった、と言うのも半分嘘です。私がファンだったのは、愛していたのは、ユキ様だけですから」


「……ど、どうして嘘、なんて……」


「そんなの決まってるじゃないですか。ユキ様の代わりに、復讐をするためです。そのために、あなたをここに誘い出したんです」


女の子が私の傷口をぐりぐりと踏みつけた。


 私の口から苦痛の声が漏れる。が、それは女の子をエスカレートさせるだけだった。

 さらに強く体重をかけられる。


「そもそも、今更なんです?このダンジョンが封鎖されてることも知らなかったって、あなた、一度もここに来たことなかったってことですよね。ほんと、薄情で人間のクズですね。ユキ様は、あなたのせいで死んだんです。代わりに、なんの価値もないあなたが死ぬべきだったんだ」

 

 女の子の言葉が、ナイフよりも鋭く、私の心を抉る。

 女の子の言うことは正論だった。


 出てきていいですよ、と女の子が言うと、どこに隠れていたのか、ゾロゾロと男が五人現れた。


 全員、私を睨みつけながらも、口元には下衆な笑みが浮かんでいる。


 「この人たちはネットで見つけた、かつてあなたのファンだった人たちです。復讐のために、あなたを好きにしていいと言ったら、喜んで私の計画に乗ってくれましたよ」


 言われてみれば、何人か顔に見覚えがある。

 昔、エゴサした時、私のことを好きだと言っていたアカウントのアイコンの写真で見た顔と同じだ。


 男達は、下卑た笑いと共に、私ににじり寄ってくる。

 恐怖を感じるも、ナイフに毒でも塗ってあったのか、体が動かない。

 そんな私の様子を見て、男達はますます嬉しそうに笑った。


 「こんなことをしてもユキ様は帰ってこないけど、せめて、ユキ様の慰めになるように、あなたにはここで、報いを受けてもらいます」


 …………ユキ…………。


 …………考えてみれば、女の子の言う通りかもしれない。


ずっとユキに酷いことばかりしてきた。

 

 普段は強くあたり、私のせいでした炎上の尻拭いもさせて、悪魔に襲われた時は助けようともしなかった。


 私が今こんな目に遭っているのも、ユキが私を怨む思いが天に通じたからなのかもしれない。

 私は、大人しくここで、自分の運命を受け入れるべきなのかもしれない……。


  そう、観念した時だった。



 私が、数メートル先に見覚えのあるアレを見つけたのは。


 ……………………え?

 あ、あれは、まさか……?


 地面から黒いヘドロのような何かが噴き出している。

 まるで、あの時の悪魔のような……!?


 …………許さない…………許さない…………


 低い、呪いのような言葉がどこかから繰り返される。

 私も、女の子も、男たちも、みんながみんな、釘付けになって動けないでいる。


 ヘドロが、あの時と同じように人型を形作っていく。

 でも、明確にあの悪魔とは何かが違った。

 その異変の正体に最初に気がついたのは、女の子だった。


「っ、ユ、ユキ様!?」


 女の子が叫んだ。


 そう今回ヘドロが形成したのは、口だけしかない人じゃなかった。

 私にとって深く見覚えのある、細身の女性。

 ゆっくりと、完全にその姿になると、黒い体が、ユキと同じ白い肌へと姿を変えた。


 「…………許さない…………」


それは完全にユキの声だった。


 なんでユキが今ここに現れたのか分からない。だけど、これは『本物』のユキだって思わせるなにかが、そこにはあった。

 

 ーーああ、やっぱりユキは私を恨んでいたんだ。

 

 私を睨みつけるユキを見て、そう痛感した。


 ユキが、私の方に手のひらを向けてーー。


 ポン、とコルクが抜ける時のような音が連続で5回なった。直後、何か丸い物がごとん、と5つ地面へ落ちた。

 ……それは全て、私とユキの間にいた、男たちの首だった。


 ユキが続けて、女の子に手のひらを向ける。


女の子は焦ったように言った。


「ユキ様、違います!私は味方です!私、ユキ様のために、復讐をしようとしていたんです!」


「私のため……?」


「はい!私、ユキ様のことずっと大好きで!ユキ様のためなら、私、なんだって!」


 「…………それなら、試してみる?」


 「え?」


ユキは女の子に近づくと、自身のおでこを女の子のおでこにつけた。

 興奮しているのか女の子の顔が赤くなる。


 「私が悪魔から受けた拷問の記憶を、ほんの一部、あなたに分けてあげる」


  「……えっ、ユキ様、今なんて……」


その先は、言葉にならなかった。


 女の子が苦痛に絶叫し始めたからだ。


 女の子は喉が壊れるんじゃないかってくらい苦痛にもがき苦しみ、叫んでいる。


 目は見開かれ、少しでも逃れようとするためか、無意味に転げ回っている。


 「痛い痛い痛い殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し」


 プチッ。


 絶叫が中途半端なところで遮られた。

 ユキが足で女の子の顔を踏み潰したのだ。


  『うるさいよ、せっかくのお姉ちゃんとの再会なのに』とユキは吐き捨てた。


 ……あっという間に、私とユキの形をしたなにか以外誰もいなくなった。


 ユキが私の目の前にやってきた。


 そうして、いつもしていたみたいに、儚げに笑った。


 「久しぶりだね。ずっと会いたかったよ。……お姉ちゃん、少しやつれてる。可哀想に、酷い目にあったんだね」


 「…………どうして…………」


私の口から漏れるようにして言葉が出た。


 何に対してのどうしてだったのか、自分でもわからない。


 どうして、ユキがここにいるんだろう。


 どうして、ユキはあの悪魔みたいなんだろう。


 ……どうして、ユキは、私に同情するように話しかけてくれるんだろう。


 ユキは、私の『どうして』をここにいる経緯だったと思ったらしい。

 あの後ね、と話し始めた。


 「悪魔に暗闇しかない空間に連れて行かれてね、そこで身動きとれなくされて、拷問を受けてたの。目的のない、ただ悪魔の嗜虐心を満たすためだけのね」


 「…………拷問…………」


 「うん、痛覚を何百倍にもされて、時間の感覚も伸ばされて、目を抉られたり、内臓を焼かれたり、串刺しにされたり。悪魔の力で、死ぬことも、狂うことも許されなくて、とてもとっても苦しかった」


聞いているだけでゾクリとするような酷い拷問。

 だけど、ユキの口ぶりにはどこか誇らしげなものがあった。


 「だからね、私、とっても幸せだったの」


 「……?ど、どういう……?」


 ユキは、ふふ、と笑って、


 「こんなに辛い思いをお姉ちゃんはしなくて済んだんだなぁって、そう思ったら。幸せな気持ちでいっぱいだったんだ」


 その時のことを思い出しているように、ユキは悦に行った顔で笑っている。


「でもそれから……向こうはここと時間が違うから、千年くらい経って……私の体感時間だともっと長かったんだけど、悪魔が私に飽きちゃってね。正確に言うと、ちょっと怯えてたかな。私があんまり苦しんでないこと、バレちゃってたみたい。今度は、お姉ちゃんを狙うって言い出して」


 ユキの目に暗いものがよぎる。


 「お姉ちゃんを守らなきゃって思ったら、私の身体からオーラみたいなのがでてね?こんなこと言うのは、少し恥ずかしいんだけど、……私のお姉ちゃんへの愛の力なんだって、直感した。それが、悪魔の体を覆い尽くしたの。そしたらね、悪魔ってやっぱり真実の愛に弱いみたいで、浄化されて消えていって、気づいたら私、あの悪魔の力を使えるようになったんだ」


……それは、本当に愛の力だったのだろうか?悪魔は、浄化されたから消えたのだろうか?

 

 だって、今、ユキの周りに纏われているオーラは…………。


「それでいつどうやって、お姉ちゃんに会いに行こうかなぁって思ってたら、お姉ちゃんがピンチそうだったから、助けに来たんだ。

 ……あ、もしかして、見えてるのかな?そうそう、今、私の周りに出てるのが、そのオーラなの」


 照れたようにユキがはにかむ。


 そんなユキとは対照的に私は怯えていた。


 ユキが愛の力と呼ぶそれは、どう見ても、ドス黒くて、見ているだけで心が恐怖に震え、冷え切ってしまう狂気じみたものだった。


 本能的な恐怖。


 それも、あの時の悪魔の比じゃない。恐ろしくて、気が触れてしまいそうになる。


 ユキは、心配そうに私の頬に手を添えた。


 「お姉ちゃん、震えてるの?……酷い目に遭うところだったもんね。もう大丈夫だから。お姉ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対に許さないから」


ユキがギュッと私を抱いて、耳元で囁く。


 「これからは私がお姉ちゃんを守るから。ずっと、ずっと一緒だからね、お姉ちゃん」

 

 ……その言葉は、あの日の悪魔の笑い以上に、狂気的な愛に満ちていた。

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