大嵐レイの出自。

 さて、このまま続けて次の回想に移っても良かったのだけど。

まだ触れていないことがあった。そうだった。この物語はこれ無しには語れない。

つまり、それは彼の出自のことである。

大嵐レイという名前が持つ意味について触れておかねばならない。きっと、そうするべきだろう。


 彼は大嵐家の一員である。

大嵐。この固有名詞に聞き覚えが無いならば、諸君らはまず間違いなく我々とは別の世界線を生きる人間なのだろう。説明すると、大嵐というのは地域にもよるが国家非公認の武装組織と勘違いされることすらある日本の一族だ。

その実態はというと、まぁあながち間違いでも無いと言える。

勿論武装組織ではなく、それ故に国家非公認であることは言うまでもないのだけど、言うなれば「個性」が上限突破しているような一族で、場合によっては単騎で一国を滅ぼし得る程の危険性を持っているとされる家系が、この大嵐家である。

 幼少の頃から高層建築物上での鬼ごっこ、世界市場を巻き込んだおままごと、止まったマスに書かれた場所まで行ってそこで偉業を為さなければならない国際すごろくなんかの実に馬鹿げた遊びで盛り上がり、大人になれば遊び感覚で都市一つを滅ぼしたりするものだから、もう手が付けられない。

少し不謹慎な例えにはなるけれど、大嵐の名前は「生きる核兵器」と同意義だ。

そんな一族に対する畏怖を込めて、人々は「天才と天災を履き違えたような奴ら」と呼ぶ。

というのは、まぁ誇張というか、ネット上の呼び名というか。まぁ冗談で付けられたような渾名なのだが、しかし事実それくらいの力は持っているのが大嵐の一族である。

 ならば彼は、肝心の大嵐レイはと言うと大した力を持っていなかった。

精々怪異が見れる程度だった。そりゃ当然、というか勿論大嵐家に生まれた以上、平均よりは上の運動神経は持っているが、だからといって特別光る何かは無く、あるのは精々怪異を見ることができる程度の目だった。他に強いて言うならば尋常じゃ無い不運が偶にやって来るのが個性と言えるのかも知れない。そんな短所でしか無いものを個性と認めてしまうなんて彼にはできないが。


 尋常じゃ無い不運。つまりそれは事件を引き起こす才能と言ったところで、そういう意味ではレイも立派に大嵐の一員と呼ぶことができるかもしれない。大嵐の人間は誰もがトラブルメイカーだ、……彼の場合はトラブルのほうがやって来るというだけで。

 例えば彼が六歳の頃、姉の大嵐天上てんじょうに連れられて全国行脚、というか世界一周ストリートファイト旅に付き合わされたことがあった。本当は行きたくなかったが、あの天上(当時はまだそうでは無かったが、今の彼女は大嵐最強の格闘家である)に非力なレイは抵抗できず、引き摺られるようにして旅行が始まった。途中、(レイが)国際的なテロ組織に拉致されたり、(レイが)地元マフィアの銃撃戦に巻き込まれたり、(レイが)先住民たちの手で生贄として捧げられそうになったりしたが、まぁ大方は天上が関係者全員を素手喧嘩ステゴロで打ちのめしたお陰で大事には至らなかった。一般的な基準では大事だったし、様々な組織が潰されたことで勢力図が大きく書き変えられたりと、色々あったが大嵐基準では大した問題にまでは発展しなかった。

大半は大嵐という才能で何とか綺麗に方がついた。

 しかし尋常じゃ無い不運というのは決して誇大広告じゃあない。

一つだけ。姉の天上ですら苦戦するような出来事、想定外があった。

ルーマニアに行ったときのことである。

何かの漫画に影響されたらしい天上が「ドラキュラ伯爵がいたという城に行きたい」とか言い出した結果、二人はブラン城に行くことになったのだった。

古めかしい、何だか怪しい城に行くことになったのだった。

 ところで、ドラキュラ伯爵と聞けば、何となく察した人間も多いんじゃないだろうか。

ここまで静聴できた人間なら多いと思う。

つまりその想定外というのは吸血鬼だった。

人に仇なす種族。生き血を啜る闇夜の主。日の光を嫌い、昼間は棺桶の中で眠っているとか、大蒜にんにくを嫌うとか、十字架を嫌うとか、他にも流れる水が駄目とか、銀が駄目とか、心臓を穿つ杭がどうとか、大小様々な弱点を掲げておきながらそれでも尚人々の畏怖の対象でもある、真性の怪異。

その特殊性を最も雄弁に裏付ける不死を身に宿したドラキュラ伯爵、或いはヴラド三世と呼んでも構わないけれど、が現代に蘇ってしまったのだった。

 ただ、勿論ここで諸君らに誤解して欲しくないから伝えておくのだけど、天上は決して碌でなしじゃあない。レイを引っ張りまわして旅行していたのだって一重に家族愛故にだ。

一方的でやや迷惑かもしれないが、決して我が儘なだけではないのがこの天上という少女である。

当然、そんな彼女は、自分に勝てない相手が現れたって家族を見捨てて逃げ出すような人間ではなかった。そして、自分の力量を正確に把握できていない愚か者でもない。

ただ、彼女は。

レイ少年が何となく手をかけた棺桶が吹き飛んで中から長身痩躯の枯れた(事実枯れ木のように見えた)男が現れたとき、

その男が何やら妙な黒っぽい靄を纏っていて、それが触れた瞬間に城の苔むした壁が抉り取られたのを見たとき、

当時の彼女にまだ「それ」を倒すだけの力が無いことを悟って、

レイを逃がすためだけにこう言った。

「心配すんな、アタシは最強だ。この世の誰にだって負けやしない」

だからよ、ちょっと叔父さん達を呼んできてくれ。

そう言って、彼の髪を一度わしゃっと掻き回し、

彼に財布を含む荷物、結構重いバックパックなんかも背負っていたが、あくまで彼女は重要なものしか渡さなかった、を預けて意気揚々と戦いに行ったのだった。

実のところ、その後のことを彼自身はあまり覚えていない。

確か、次の瞬間からもう戦闘は始まっていて、巻き起こった突風に吹き飛ばされた彼はとりあえず電話をかけた(しかし何がいけなかったのか繋がらなかった)。

それで、動揺したレイが何とか飛行機に乗って帰りついた家で(幸い帰り道で事故に遭うことはなかった)現状の説明を何とか終えた時点から既に、ことは動き出していて(そもそも情報の方は既に掴んでいて、準備を整えていたらしいとのことだった)それから何がなんだかわからない内に事件が解決したということだけを彼は後に知った。

 一応、事実として残っている記録によると、天上は三日三晩どころか、七日間ずっと休みなく襲い来る攻撃を防戦一方で耐え続けたらしい。

耐え続けて、凌いで、助けが来るまでを何とか切り抜けたらしい。

その後、駆けつけた当時の格闘最強、大嵐木枯こがれが場の空気を掻っ攫って件の吸血鬼伯爵に止めを刺したとのことだった。

そこに至るまでの過程で何個か国が滅んだとも聞くし、天上が抑え込んでいなければ世界の存亡にも関わっていたと専門家は分析している。

しかし何とか、彼が大嵐家の人間であったから、ある種のマッチポンプとは言えようけれど最悪の事態は避けられた。

だから、その顛末に文句をつけようって訳じゃない。

ただ、レイ自身が引き寄せているとしか思えないような不運がときどき彼を襲ったというだけだ。

その結果、ひとつ取り返しのつかない事態が起こったのもまぁ仕方ないことだったといえよう。


 まぁ、それについてはまたいつか。

今すべきは、大嵐というのがどういう一族か語ることであって、大嵐レイというのが大嵐の中でもどんな立ち位置の人間か語ることであって、決して彼の身に起きた悲劇的な出来事をおさらいすることではない。

ここで重要になってくる問題は彼があの大嵐の人間であり、それがどんな結果をもたらすか。

その一点のみだ。

それだけが重要なことだ。

じゃあ、そろそろ回想に戻ろうか。

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大嵐レイは挫けない。 白雪工房 @yukiyukitsukumo

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