とあるサイボーグの話。
これはオレが人伝に聞いた話だ。
だってそもそも都市伝説だか何だかってのにはあんまり詳しくねぇからさ。
誰かが話してるのを聞くぐらいしかできねぇ。
でも、その…なんというか勘違いはして欲しくねぇんだけど、これは盗み聞きとかじゃなくて。
そう、お前に話すために恥を忍んでっていうか、一応そういうのに詳しい奴らに聞いてきたからそういう意味では信用してもらいたいんだ。
あ、いや。そういう押し付けがましいことを言いたかったんじゃねぇ。
うん。口下手なんだ、勘弁してくれ。
その…言葉足らずっていうのかな。誤解を招くような言い方になっちまう。
……だから。
なぁ、もうそろそろ話して良いか?本題の方。
前置きなんてあんまり長くしても意味ないだろ?
最近殺人事件があったらしい。
なんて言うと大袈裟に聞こえるがまぁ、ここに限ってはよくある話だ。
オレたちみたいな区落ち(*8)は何かとすぐ死ぬ。それこそ虫みたいにぽろぽろ死んでいく。
しかし、その殺人事件の場合は少し違っていたらしい。何がっていうのは、そう。
あんまり無いタイプの殺人事件だった。
よくある、ってさっき言ったけどあれは
だから、ここらで死ぬサイボーグは
それで、異様だってことになったのがその殺人事件だ。
何しろその死体は部品が抜かれていなかった。そりゃ少しは抜かれてたんだろうが、そりゃ小遣い稼ぎに来た解体屋がちょろっと抜いて、殺した奴が戻ってくる前に撤収したってとこだろう。
あいつらにも縄張り意識があるから極力鉢合わせしないようにやってると聞く。
まぁ、それはいい。奴らのことをオレはあんまり好ましく思っていないからな。
オレが聞いた話では、その死体にはパッケージ(*10)が無かった。
パッケージ、そう、脳を入れる箱だ。オレたちの命でもある。その箱だけがその死体からは抜かれていた。大事なものなんだろう?とはいうがしかし、あれはオレたちにとってだけ価値あるもんだ。誰も他人様の脳なんざ気にしねぇ。だから、パッケージは基本的に捨てられちまう。
がしかし、わざわざそれだけを抜くことなんて無いんだ。捨てるのを丁寧にやる必要はねぇ。
それにパッケージなんてのはぶちぶちっとを電線やらを千切るだけで簡単に取れるから、捨てられなくっても体だけ持ってくのは簡単なんだ。って言うとまぁ誰もが勘違いしちまうらしい。
特に街(*11)のコメンテーターなんかがそうだ。
「運搬中に見つかってしまって慌てて逃げ出したんでしょう」
なんて言いやがる。
一見、まともそうに見えるのは確かだ。が、生憎のこっちがまともじゃねえ。
奴らは見つかっても区落ち相手には口笛吹きながら通ってみせるような屑ばっかりだ。
だから逃げ出したなんて事は有り得ねぇ。奴らなら死体を運びながらパレードに参加するぐらいのことはやってみせるさ。
それに、死体は全身が執拗に砕かれてたって言うんだ。
全身、四肢も含めた…まぁ最初の被害者のそいつは腕を二本増やしてたらしいが、を砕かれてたってさ。おかしい話だろ。
どうして売り捌く商品をわざわざ壊すなんてことがあるんだ?
その後で部品を回収しようってやつがするようなことじゃないだろ。
それで、オレたちの間ではその殺人事件はヤバい事件って事になった。
近寄っちゃいけねぇような危ないやつがいるらしいと。…まぁ、普通の解体屋も勿論危ねぇが、しかし、動機が解ってるやつよりかは解ってないやつの方が怖いだろう?
それで暫くその姿もわからない殺人鬼は話題になってた。
ただ、俺たちはここから出ることができねぇ。つまり逃げられねぇから、その事件の被害者も着々と数を増やしてきている。中には死んだ後、解体屋に持ってかれちまったのもあるだろうから本当の数は分からねぇが、百体は死んでるだろうって話だ。
そんな事件が続くと、静観してた街の方でもコピーキャット、つまり模倣犯が湧いたらしい。
ここと同じような事件が向こうのニュースでも放送されるようになってきた。
そして、都市伝説が生まれた。それがでんでんさんっていうらしい。
曰く、でんでんさんは消えることができるらしい。
曰く、でんでんさんは工業区でショートして死んだサイボーグの霊らしい。
曰く、でんでんさんは自身の死因ともなった電線やコードを体中に巻いているらしい。
曰く、でんでんさんは体に巻いたコードから送られる電気信号で動いているらしい。
曰く、でんでんさんには脳が無いため言葉が通じないらしい。
曰く、でんでんさんは使えなくなった自分の脳の代わりを探して彷徨っているらしい。
曰く、でんでんさんを見た人が次の標的になるらしい。
ってな感じで、図書館上に書き込まれる噂が増えていった。
自分に関係ない奴らは面白半分で盛り上げるからな。それ自体は仕方無ぇ。
大体、今回のオレはそういう噂を探すために調べ物をしてた訳だから同罪とも取れる。
あぁいや、お前が悪いって言ってんじゃないんだ。
なんというか…………元の話に戻るぞ。
さっき言った噂がでんでんさんの大まかな全容になる。
男だ、とか実は女性だとか、いらない部分は削いで話すと大体こんな感じってことだ。
まぁ、なんというか馬鹿げた話だ。
そしてよくある話だ。
そう、オレは思った。オレの友達もそう思ったらしいが、そいつはある日、オレにでんでんさんを見たって報告してきてから暫くして死んだ。どうも友達の後ろにいるでんでんさんを見ちまったらしいと死ぬ三日前に本人から聞いた。
まぁ、それでもオレはそんな噂、信じちゃあいないが。しかし、見たやつが狙われるってのは本当だろう。
犯人を見たやつは消される。そいつが余計なことを言わないようにな。
だから、絶対に探すな。余計なことに首突っ込んで、後悔してからじゃ遅い。
ってのは、まぁどうせ聞かんだろうな…昔のオレがそうだった。
聞いているのも上辺だけで聞き流して、行動して、いつか大失敗する。若人がそうならないように予防策を打っておくのが失敗しちまったオレたちにできる唯一のことだ。
だから、これをやる。
スタンガンの類だ。これが引き金でこっから射出される。
でも、だからって過信はするな。お前は生身だ。ちっぽけな肉だ。
それに、オレにたまたまそんな気が無かっただけで悪意なんて誰でも持ってるもんだ。
お前に入ってる内臓はその辺に落ちてる部品なんざ目じゃなくらいの値段になることもある。
だから、このコートも着ていけ。フードを被って、人前では絶対に脱ぐな。
一旦ここから出たら、周りにいるやつらはみんな敵だと思え。勿論オレもだ。
優しくしてくるやつが必ずしも優しいって訳じゃない。
…………これでオレからの情報提供と忠告は以上だ。
後は好きにすれば良い。
オレは止めたし、それで止められなかったのなら仕方のないことだったんだろう。
*8 区落ち。工業区などで肉体労働を強いられているサイボーグの総称。その大半は借金を抱えている。本来ロボットがすれば済むような労働をして少しずつ借金を返している。彼らの命は号外の新聞紙一枚より軽い。
*9 バラシヤ。サイボーグを殺して部品ごとに分け、売り捌く連中。区落ちのサイボーグは基本的に借金返済能力が無い者達なので、いなくなっても誰も気にしない。故に工業区で主に活動する悪質な業者である。強くなければできないので、昼間は喧嘩屋をしている者もいる。
ちなみに、一話「でんでんさん」で言われていた、「俺も悪いの掴まされちゃったかなって」の悪いのとは、バラシヤ経由で渡ってきた粗悪品を指す。
*10 脚注の方ではまだ触れていなかったから少し触れておこう。脳のゆりかごだ。
あと、他の内臓を収めたものは丸いというか四角のトランクのような形をしている。
これがボックスだ。パッケージはボックスとも呼ぶが、ボックスをパッケージとは呼ばない。
*11 まち。町と区別されているのは意図的。区落ち生まれでなければ大体の者はそこで育つ、国家規模の集落である。都会と田舎のようなものだ。
まぁ、この場合の田舎は地獄と同意義だが。
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