3.リオールの教え

【語り部】



「おう、お嬢ちゃんがナイアか! 俺はジターブ、よろしく頼まあ!」


 豪快に笑うのはミランダの夫にして食料品店の店主ジターブだ。

 大柄な男性で、頭には髪の毛が一本もない。


「初めまして。ボクは、ナイア・ニルです」

「おう! ちなみに俺ぁハゲじゃなくて剃ってんだ! 食べ物を扱う店の店主としての心意気ってやつだな!」

「……ボクも、剃った方がいいですか?」

「いや、そこまでせんでもいいぞ。女の子は、髪を大切にせんとな」


 また一つ問題点が明らかに。

 ナイアは坊主にすることに抵抗感がないようだ。ここら辺も追い追い教えて行かないと。

 さて、こうして少女は今日からジターブの店で働き始めた。

 と言っても最初は野菜の陳列や、店に立って客に挨拶をする程度。

 どうやらミランダは、まず人に慣れることから始めてくれたようだ。

 働くナイア。その途中、ちょっとした出会いがあった。


「ナイアちゃん。こいつ、ウチの下の息子でラーレって言うんだ。今年で13歳、ちょうどナイアちゃんと同じくらいの年齢だよ」


 紹介されたのはミランダの息子。

 ラーレは生意気そうな、髪を逆立てた男の子だった。

 彼はなぜか頬を赤くして目を逸らしている。いつものように挨拶をすると、ラーレはぶっきらぼうに答える。


「お、おう。俺、ラーレ。よろ、よろしく」


 単に照れているだけではない。

 ……というか、語り部たる僕は知っている。この子、前にナイアがお風呂に入っているのを偶然とはいえ覗いてしまい、全裸をしっかりと見たのだ。

 だから気まずいだけで、たぶん次に会話する時は普通に戻っているだろう。


「よろしく、おねがいします」

「ああ。そ、その、分からないことあったら、聞けよ。俺、色々手伝ってるし」

「ありがとう、ございます」


 感謝を告げつつもナイアは無表情。

 まだ感情の動きというものが上手くいっていないようだった。




※ ※ ※




さて、店の手伝いという名目で合法的にミランダの傍にいる術を得た。

これは予知された時のことを考えればとても良い状況だ。

 しかしミランダの危機が訪れる前に、魔法を覚える必要がある。

 

 ナイアはオウマに連れられて、自宅からほど遠くない場所にある一軒家を訪ねる。

 普通の家というよりは住居兼工房といった具合だろうか。

 そこには短めの髪の、ローブを着た青年が住んでいた。


「はいはい、お客様ですかー? ……って、オウマ?」

「やあ、リオール。久しぶりだね」

「おう、本当に。どうしたんだ?」


 彼はリオール・ザグナ。

魔法使いにとって最上級の栄誉である識聖アンフェリガを賜ったテネスの直弟子であり、リオール自身も若くして“雷光”の二つ名を冠する強者だ。

今はテネスに命じられ、卒業試験として迷宮都市トランジリオドのダンジョンについて研究している。


「ん? そっちの女の子は?」

「彼女はナイア・ニル。“例の子”だよ」

「ああ……」


ナイアはリオールに対して、ぺこりと礼をする。

(※コミュニケーション技能を習得済み。また身綺麗になったため悪印象を抱かず、可愛い妹分と認識される)


「初めまして。ボクは、ナイア・ニル、です」

「おっと、これはご丁寧に。俺はリオール・ザグナ。テネスお師匠の直弟子になる」


 リオールは師匠からある程度の事情を教えられており、「もしもの時は多少の助力を」程度には頼まれていた。

 だからこそ、生まれて間もないナイアが、ちゃんと挨拶ができることに驚いたようだ。


「テネス様の……?」

「そうそう。ということは、俺は君の兄貴分ってわけだな」

「モテない俗物の、が枕につくけどね」

「オイコラ、オウマ。何言ってやんがんだこんにゃろ」


 リオールは元々商家の三男坊で、ほとんど無理矢理テネスに弟子入りした。

目標は魔法を極めることではなく、聖王国の宮廷魔導師となり女の子にモテモテになるという俗物だった。

 ただ、基本的には善人であり、人造生命であるナイアに対しても偏見はない。そういう意味でも彼は当座の師には適任だ。

 オウマはリオールに事のあらましを説明する。

 ミランダという女性の危機が予知されたこと。そのため何らかの解決手段が必要なこと。 

 加えて、ナイアがまだまだ対人経験が少なくコミュニケーションが拙いことも。


「ふぅん? つまり俺にお師匠様役を、ってことか?」

「そうなるね。あとは、単純に話し相手になってもらいたい。まだまだこの子、アレでね。なんか食料品店で働くから髪剃った方がいい? みたいなことを普通に言い出すんだ」

「うん、ナイア? あのね、女の子はそんなこと言っちゃダメだぞ?」

「ん? はい」


 真剣な表情でリオールが迫る。

 どこまで彼女が理解しているかは微妙なところだ。


「まあ別に、お師匠からも頼まれてるし、簡単な魔法を教えるくらいは問題ないぞ」


 リオールは最初から協力的な相手だ。

 スムーズに了承を得ることができた。


「ありがとう、ございます」

「いやいや。ただ、俺はお師匠と違ってなんでもできる魔法使いじゃないからなぁ。教えられる魔法は限られてる。そこは納得してくれな」

「は、い」

「じゃあ、これから時間ある? あるようならさっそく授業を始めようかね」

「もう、魔法の習得、ですか?」

「違う違う。まずは基本学習。魔法関係の知識から、な」


 そうしてリオールは、ナイアに対して説明を開始した。




※ ※ ※




「まず、魔法使いとはなんぞや、というところから始めよう。それを語るには、創世神話まで遡る必要がある」


 この世界、ファルセリアには古くから龍神信仰がある。

 説話によれば、そもそも世界は六柱のドラゴンによって作り出されたのだという。

 

『不動』のマグナ。

『流転』のビルチ。

『自由』のエレニス。

『情動』のカッツェ。

 そして『虚空』のサーニャ。

 最後に『混沌』のディアレスト。


 まず初めに何もない無に『混沌』が渦を起こし、あらゆる可能性が発生した。

『不動』は動かないことで大地を、『流転』は流れをもって水や海を、『自由』の奔放さが風や空気を作った。

 そこに『情動』が定義を与え、敷き詰められた世界に『虚空』が不確定な未来という空白をもたらした。


 ファルセリアはドラゴンが基盤を作り、その上で人に自由な未来が与えられた世界だ。

 この創造主たるドラゴンたちは『始龍』と呼ばれ崇められている。

 彼らのうち最初の四柱を主神とするのが聖王国の国教・龍神教である。


「俺達の使う魔法も、それぞれのドラゴンが生み出した術式だという。つまり魔法は、宗教的に認められたもの。体内の魔力を利用して、ドラゴンから学んだ術式を起動するのが魔法だ」


 当然、魔法は六種に分類される。


 不動のマグナ→土魔法(結界魔法・防御系補助)

 流転のビルチ→水魔法(鑑定系・洗浄系・生活用水・魔力系補助)

 情動のカッツェ→火魔法(温度コントロール・光源・攻撃系補助)

 自由のエレニス→風魔法(飛行魔法・外敵感知系・敏捷系補助)

 虚空のサーニャ→夢幻魔法(幻影魔法・精神操作系・念話系・特殊系)

 混沌のディアレスト→龍神魔法(無属性攻撃魔法・治癒魔法・蘇生魔法・時空間魔法・浄化浄霊系)


 つまり魔法の分類は、性質ではなくどのドラゴンによって作られたかで分けられる。

 ただし混沌のディアレストは説話において邪神として扱われる堕ちたドラゴンだ。

 そのため宗教的な問題から、後代に混沌魔法は龍神魔法に改められた。同時に不動魔法は土魔法に、情動魔法は火魔法に置き換えられた。


「まあ、攻撃属性は火水風土に無の五つあって、付随して便利魔法がおまけでついてくる、くらいに覚えといて。で、今度は俺の話な」


 リオールはテネス・フェルロイの直弟子。

 十八歳という若さで、高位の魔法を習得している。


[保有魔法]

 初級火魔法

 中級水魔法

 上級風魔法

 中級雷霆魔法

 初級治癒魔法


「こんな感じ。はっきり言うと、威力を求めるなら一つの属性を上級魔法まで突き詰めた方が強い。だけど便利さを求めるなら全て初級魔法でいいからバラけて覚えた方がいい。初級でも火・水・風の三属性を覚えたら、ダンジョンで光源を準備できて水を作り出せて、更には外敵を察知できる便利屋さんができる。ただし一発の威力は出せなくなるからそこは注意が必要だな」


 その説明に一つ頷いた後、ナイアは質問を口にする。


「雷霆魔法、というのは?」

「いいところに気付いた。属性魔法は四種。でも、我が師テネスは各属性を突き詰め、更なる上位属性を生み出した。雷霆は風の上位属性。雷の力を操る、速度と攻撃力に優れた属性だ。もしも風魔法を上級まで極めたなら、初級雷霆魔法を習得できる下地ができたってことだな」


 そして治癒魔法の説明に移行する。


「龍神魔法は他の属性に比べて特性がバラバラすぎて、一まとめにできない。俺が使えるのは初級治癒魔法だけ。だから高位の治癒を覚えたいなら、独学か新たに師を求めた方がいい。まあ、説明はこんなとこか。さあ、どうする?」


 リオールは、改めて今後の方針を聞いた。






《追加情報》

・リオールから魔法を学べます。

 当面の方針として「一つの属性に特化する」か、「火・水・風の三属性を全て初級で習得する」か、が提示されました。

 全て初級だとダンジョン探索が有利になります。ただし、強敵と遭遇した場合倒せず詰みます。


・火魔法を覚えると、火属性攻撃と共に暗い場所での灯りを得られます。

 ただしリオールの力量の関係上、初級までしか覚えられません。


・水魔法を覚えると、水属性攻撃と共に飲み水の生成やシャワーが可能に。

 限界は中級まで。


・風魔法を覚えると、風属性攻撃と共に不意打ち察知が可能に。

 時間をかければ上級まで習得可能。


・治癒魔法を覚えていれば、今回の予知ではどのような状況になってもミランダに後遺症が残ることはありません。


・基本はTRPGと同じく「ゲームマスターを納得させればどんな案でも採用される」なので、例えば空き時間に「めちゃめちゃいい武器を買う」や「合成魔法を独力で開発する」や「複数属性の連携」などの提案で、本来の想定よりも高い能力に変更できます。

 ナイアは基本「やろうと思えばなんでもできる」子です。


・現在コメントで推奨されているため、特に変更がなければリオールの教えにより、次話冒頭で初級風魔法と初級治癒魔法の習得となります。



※注意!

 ミランダの危機が近付いています。

 今回の魔物はどの属性でも初級まで覚えていれば対応が可能です。

 基本、ダンジョン攻略を考えないのならそこまで強敵は出てきません。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る