2. ミランダとの交流





【語り部】

 おや、大変だ。

 テネスが予知した未来では知り合ったばかりの女、ミランダが魔物に襲われ大怪我を負うらしい。

 それを伝えるもナイアの表情に特に変化はなかった。


「魔法を覚えて、彼女を守ってあげよう」


 遠い場所の言葉に対して、少女は無表情のまま問う。


「ねえ、猫さん」

「オウマだ。どうしたんだい、ナイア?」

「オウ、マ。オウマの言うことだから、従う。でもボクは、なんで、あの女の人を助けないといけないの?」


 ……これは、困った。

 一応、彼女は指示には従ってくれる。だけど「窮地にある誰かを救う意味」が理解できないらしい。


「どうしたものか」


 オウマは悩む。

 遠い場所にも「戦闘技能教えちゃうとキリングマシーンになりそうだから、一旦常識を教えるところからかなぁ」とナイアの内面を気にしてくれている人がいた。

 同時にまずは情操教育から始めるべきとも。


「身綺麗にして、一般水準の服を着せる。一般常識を教える。……うん、そうだね。それは確かに必要だ」


 ミランダもぼろぼろの服を着た小汚いナイアを、虐待でもされていないかと心配していたようだ。

 生活費はテネスから預かっている。けど、これからもトランジリオドで暮らしていくなら生活基盤は必要だ。

 加えて現状のナイアは「ミランダを助ける」ことに意義を感じていない。

 それをどうにかするために、ある程度あの女性と親しくなった方がいいかもしれない。


「ナイア、ひとまず予知の話は置いておこう。これから生活していくうえで、新しい服を買って身だしなみを整えないか?」

「? ボク、服着てるよ?」

「……うん。そうだけど、そうじゃなくてね。ああ、なんにせよ。君は人間としてここで暮らしていく。そのためには働いて、お金を稼いで、日用品を買わないといけないって話さ。なんならミランダのお店で働くのも悪くないね」

「ん」


 こういう形でミランダと縁を作り、自然に「誰かを守る」意識を育む。

 最悪の未来を変えるためには重要な手段のはず。

 しかし頷いてくれたが、納得しているかは疑わしい。

 今さらながら、これ結構しんどい仕事なのでは? と僕……もといオウマは思った。




※ ※ ※




「『身綺麗にするにしても、生活基盤が必要でしょう。なので次の行動は“仕事に関して、ミランダに相談する”で。ミランダなら、仕事の斡旋や生活や仕事に必要な一般常識を教えてくれるでしょう。当初生活に必要なものを貸してくれるかもしれません』……と」


 オウマは遠い言葉を読み、にゃふにゃふと頷く。


「これは盲点だったね。僕が一人で情操教育をするよりも、人とのふれあいで育む方がいいに決まってる。それに、服を借りる、というのはいい案だ」


 それと同時に、他の言葉にも目を通す。


「なるほど。“コミュニケーション能力を高める”に、“食事のマナー”か」


 やはり、まずは情操教育から始めるべきという意見は強い。

 ただ、ミランダの店を訪ねるにしても挨拶もできないでは話にならない。顔合わせの前に、最低限のコミュニケーション技能がいるだろう。


「ねえ、ナイア。君はまず人と会った時に、どういった対応をとる?」

「……ん?」

「あ、もう全然わかってない感じだね。いいかい、大事なのは挨拶だ。おはようございます、こんにちは、こんばんは。初対面の人には初めまして、何かしてもらったらありがとうございます、別れ際にはさようなら。もちろん、会う度会う度やっていたらただの変な人だ。でもね、親しくなるにはちゃんと挨拶が必要で、親しき中にも礼儀あり、だよ」

「挨拶……」

「そう、じゃあ僕と練習しようか?」

「ん」

 

 ナイアはオウマを相手に、挨拶のロールプレイングをする。

 朝に会ったら、おはよう。落とし物を拾ってもらった、ありがとう。

 ちょこちょこと間違えつつも、状況に適した挨拶があることは覚えたようだ。


「なかなかだね。じゃあ、今日はおしまい。よく頑張ったね」

「オウマ、ありがとう」

「そう! それだよ! どういたしまして!」


 今迄はオウマが何かをしても「ん」だけだった。

 けれどナイアは自然と「ありがとう」を言えた。これは大きな進歩だ。


「ありがとう、どういたしまして。これがちゃんと成立したことを、ナイアはどう思う?」

「よく、分からない。でも、お礼? を言ったら、なにか返ってきた方が、いい感じがする」

「そうだね。それを忘れちゃダメだよ」


 オウマは一定の成果を得られたことに満足して「にゃふり」と笑った。







【食料品店の女ミランダ】


 その日、店に以前見たことのある、黒猫を連れた少女が訪ねてきた。


「こんにちわ、ミランダ、さん。ナイア・ニル、です」


 たどたどしいながら、少女はぺこりと一礼をする。


「ああ、ナイアちゃん! どうしたんだい?」

「はい。ボクは、仕事を探しています。ミランダさんのお店では、働き手を、求めては、いないでしょうか」


 ナイアはなぜか話の途中に何度か猫の方をちらりと見る。

 そして猫が「にゃにゃにゃ、にゃあにゃなーん。なごぉ」と鳴くと頷き、言葉を続けるという独特の会話スタイルだ。


「働き手かぁ……」


 いきなりの発言にミランダは戸惑う。

 正直に言うと、ジターブの店はそれほど困っていない。

 彼女自身と夫、そして息子二人の手伝いで問題なく回っている。

 ただ、ボロボロの衣服を見るに、この娘の生活はかなり貧しいのだろう。そう考えれば無下に断るのも気が引けた。


「とりあえず、奥で話を聞かせてもらえるかい?」


 店先でする話ではない。

 ミランダは店舗の奥、住居部分にナイアを招く。

 そこで少女の身の上話を聞かせてもらうことにした。


「そもそも、なんだって、あんたみたいな娘が一人暮らしをしているんだい?」

「それは……」


 一度黒猫の方を見て、まるで相談するように小声で何かを話しかけた後、ナイアは自らの事情を語った。


「ボクは、孤児? です。テネス・フェルロイ様という魔法使いが、実験? をしていた時に巻き込まれて、もとの棲み処を失い、ました。それからは、テネス様の下に身を寄せていたのですが、辺鄙な土地だったので。子供の成長に良くない環境なので、街の中で人と接して生活するように、命じられました」

「待ちな。テネスって、あの高名な魔法使い様のこと?」

「はい。その、テネス様で、間違いないかと」


 これはとんでもない。

 テネス・フェルロイの名は一般人にも知れ渡っている。数多の魔道具の開発者にして、独りで大国に匹敵するという最強の魔法使いだ。


「じゃあ、なにかい。フェルロイ様は、あんたを放り出したってこと?」

「……いえ。ボクを、危険から、遠ざける? ため、だそうです」


 ドラゴンを単騎で退治する、様々な国家に狙われているなど、物騒な噂も多い人物だ。確かに彼の下は子供の成育にはよくないかもしれない。

 汚い格好やたどたどしい言葉。少し常識を知らないところは、孤児だからということか。

 一見すれば厄介ごと。しかしそこは世話焼きのミランダだ。事情を知れば放ってはおけないと、今後についてを即決した。


「分かった! ウチで多少は面倒を見てやろうじゃないか! ただ、店員を募集してるわけじゃないんだ。お駄賃程度の給料になっちまうけど構わないかい?」

「お、オウマ……? は、はい。よろしく、お願いします」

「よし、ちょっとした下働きから始めてもらおうかね」

「あ。ボクは、孤児だったせいで、知らないことが多い、です。なにか間違っていたら、教えてください……で、いいの?」

「そりゃ、もちろん。店で働くんだ、接客の基本は教えてあげるよ」


 ジターブの店の稼ぎで生活できるように、ではない。

 この子が街で問題なく暮らしていけるように、最低限の常識を仕込んであげよう。

 

「さて、そのためにはまず、その服装をどうにかしないとね。私の古着でよかったら、いくらかあげるよ。それに、食べ物を扱うんだ。お風呂に入って清潔に、が基本だよ」

「えっ、……え?」


 ナイアはミランダの勢いに負けて、入浴場にまでほとんど無理矢理連れて行かれた。







【語り部】


 いやはや、思った以上に上手くいったようだ。

 ナイアは世話焼きなミランダに丸洗いされて、髪もしっかり拭かれて、古着とはいえちゃんとした衣服を貰った。


「うん、可愛いじゃないか」


 ぼさぼさの髪は洗って櫛を通すだけで、艶やかさを取り戻す。

 服装自体は地味目な村娘といった装いだが、ナイアの整った容姿も相まって、大人しい清楚な少女といった印象だった。


「え、と。あ。ありがとう、ございます」


 コミュニケーション技能を習得したおかげだ。

 自然と感謝を示している。


「うん、お礼を言えるのはいいことだね」

「体、かゆくない、です」

「……あー、じゃあ、これからは頻繁にお風呂に入ろうか?」

「ん」


 汚れていたせいで皮膚が痒かったと知り、ミランダは少し呆れ気味だ。

 予想外のところからだが、今後も入浴をさせることは可能のようだ。

 髪型を整えたり、食生活が豊かになるともう一段回魅力が増すだろう。


「それじゃあ、今日は一度帰って、また明日ウチの店にきておくれ」

「はい、わかり、ました」


 こうしてナイアは衣服と、当面の働き先を得た。

 しかし今の彼女はまだ無力。予知された時が訪れたとしても、ミランダを助けることはできないだろう。

 来たるべき時のために、オウマは次の行動を考える。


『治癒魔法を学ぶ間に、“ジターブの店”でアルバイトを行う』

『治癒魔法と攻撃魔法を並行して行く感じでどうですかね、攻撃魔法優先で、治癒魔法も少しずつ』


 魔獣の対処には、武術よりも魔法がいいという判断だ。

 ジターブの店でのアルバイトは成った。

 ならば次にこの状況で頼れる知人は、やはり魔法使いである“雷光”のリオールしかいないだろう。








《追加情報》

・ナイアが身だしなみを整えました。

 今後、大人が「虐待されたかわいそうな子」といった印象を抱かなくなります。


・弱気な性格の、清楚でかわいいボクっ娘です。

 同年代で、大人しい女の子が好きな男の子は初対面から友好的になります。


・騎士ゼノス(23歳)がアップを始めました。


・息子の年齢をナイアに合わせるため、ミランダの年齢を38歳に変更


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る