4. 嘘つきな貴方

 貴方と駅で待ち合わせしていた日だった。


 「プッ、プー!!」


 気づいた時にはもう遅くて、迫り来るトラックを前にして、私は動くことができなくなった。そんな私を救ったのも貴方だった。

 あんなに気をつけていたはずなのに……当たり前となっていた日々はいとも簡単に壊れてしまう。救急車が到着するまで、ただ泣くことしかできない。そんな私に「大丈夫だよ」と身体の痛みに耐えながら、貴方は声をかけ続けてくれた。私はその言葉を信じて、貴方が救急車に運ばれている時も手術を受けている時も回復して目を覚ます時も、「大丈夫」と「また、貴方と楽しい日々を過ごせる」と、そう自分に言い聞かせてきた。それなのに……。貴方が目を覚まして、私を見て放った言葉は信じられない、信じたくもない言葉だった。


「えっと……、どちら様ですか……?」


 初めは聞き間違いかと思い、私はもう一度「優人」と名前を呼ぶ。貴方から返ってくる言葉が変わることはなかった。でも、すぐにその言葉が嘘だと気づいた。なぜなら、貴方は嘘をつけないから。嘘をつくと必ず手を強く握り締める癖があったから。今までも貴方は、相手を傷つけないための、相手を想っての優しい嘘しかつかなかった。もしも、私を傷つけないために嘘をついてるのだとしたら……、なぜ嘘をつくのか、なぜ私を忘れたフリをするのか、私にはわからない。貴方がどんなに「私のことを忘れてしまった」と嘘をついても、私は粘り強く貴方の元へ通う。毎日のように病院に行き、貴方の病室に向かい、話しかける。二人の思い出を話したり、二人で撮った写真を見せたり、貴方が嘘をつく本当の理由を知るまで諦めることはなかった。でも、どんなに頑張ろうとも貴方は嘘を貫き通した。何を話しても、「ごめん……、思い出せない」の一点張りだった。時々、私のせいで事故にあって、私のそばにいることが嫌になったのではないかと思うこともあった。それでも、優しい貴方を信じて、ただひたすらに待っていた。私が病室に入る度に、貴方は悲しい表情でうつむき、手を強く握りしめる。それなのにどうして嘘をつき続けるのか、時間ばかりが過ぎてゆくだけで何もわからなかった。

 貴方が入院してから一ヶ月が経った頃。貴方との最初の出逢いのこと、貴方に出逢えたことで私の人生が変わったこと、少し恥ずかしかったけど、私の想いを全て話した。話し終えると、貴方の目から涙が零れ落ちた。

 「どうして泣いてるの?」

 そう聞くと、貴方は「結美さんのような素敵な人と僕は付き合えてたんだなと思ったら、どうして結美さんのことを思い出せないのだろうと思って……」と答える。貴方の言葉は紛れもなく本物で、優しくて暖かい嘘だった。

 「もう、嘘をつくのはやめて……!」

 これ以上は我慢ができず、思わず大きな声を出してしまった。それでも貴方は手を強く握り締めながら「本当に思い出せないんだ。ごめん……」と嘘つく。

 「私が嫌いなら、そう言ってよ……」

 そう呟くと、耐えきれなくなった私は病室の外へ飛び出し、そのまま病院を後にした。帰宅後、これまで貴方を信じて耐えてきた心が、感情が怒りとなり、涙へと変わった。それでも、貴方と2人で撮った写真を見ると、嬉しかった事、楽しかった事、全部思い出して、怒りも涙も全てなかったことにしてしまう。もう一度、貴方と幸せな日々を過ごしたいと願ってしまうんだ。


「どうか……お願いします、神様」


 次の日、私は懲りず貴方に会いに病院へ向かう。貴方が嘘をつき続けても私を遠ざけようとしても何度でも貴方に会いに行く、そう決めたから。病室の扉を開け、貴方に話しかける。

「優人、今日も来たよ!今日はね!」

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