3. たくさんの愛

 涙も枯れ、心が落ち着くと慌てて貴方から身体を離し、「ごめんなさい」と呟く。貴方は優しい顔で「いいんですよ、結美さんの心が落ち着けば」と微笑んだ。その後は、連絡先を交換して自宅に帰った。夜、布団の上で何度も貴方へ送るメッセージを打ち直しては緩んだ顔でスマホの画面を見つめる。こんな何でもない時間すら幸せと感じていた。

 それからというもの、メッセージで他愛もないやり取りをしたり、病院以外で頻繁に会うようにもなった。毎回、新しい服を買って、慣れないヘアセットまで挑戦する。貴方に会う日は頑張ってお洒落して、少しでも綺麗でいることを心がけていた。何よりも気をつけていたのは……私といることで貴方に悪い事が起こらないようにすることだった。率先して道路側を歩く私。すると、貴方は「なんで結美さんが車道側なの?そんなに心配しなくても、僕は簡単に死なないし、事故にも合わないよ」と私を歩道の内側に寄せた。少しの段差ですらも不安で「段差があるよ。気をつけて!」と貴方の手を掴むと「僕はおじいちゃんじゃないんだから、大丈夫だよ」と笑った。お店に入って、不審者がいないか辺りを見回していると、「結美さんは僕のボディーガード?僕が守る側なのになぁ〜」と少し恥ずかしいことを言った。貴方は私の気遣いも心配もいとも簡単に壊してしまう。きっと、世間一般的には普通の事でも、私にとっては普通ではない。男性が女性を守ってあげる事が当たり前であっても、私にとっては初めてで特別な事だった。何よりも……普通の人として、普通の女性として扱ってくれる、それだけで幸せだった。貴方といる時は不安な気持ちよりも幸せだなと思うことの方が多い。その反面、こんなにも幸せでいいのだろうかと思うこともある。

 そんな幸せな日々が続く中、一つだけ気になることがあった。それは、私と貴方の関係について。今まで人との関わりを避けていたぶん、仲のいい友達もいなければ、彼氏もできたことも無いし、恋すらしてこなかった。だから、今この関係が友達なのか、恋人なのか……、それすら曖昧だった。何度も貴方に聞こうとしたけれど、言葉が詰まり中々言い出せない。貴方と食事に行ったある日、私は勇気を出して聞いた。

 「あの……、ひとつ聞いてもいいですか?」

 今にも破裂しそうなほど、激しく行動する心臓。「改まってどうしたの?」と首をかしげる貴方に「あの……、私達って友達なんでしょうか……?それとも……」と恐る恐る聞いた。すると、貴方はきょとんとした目で「えっと、恋人なんじゃないの?」と答える。嬉しさのあまり「そうなんですか!」と少し大きな声を出してしまった。

 「え、結美さんは恋人だと思ってなかったの?」

 「だ、だって、あの日は……、病院以外でも僕と会ってくれませんか、としか言われなかったから」

 私の言葉を聞いて、貴方は少し笑いながら「笑うことじゃないよね。ごめんね、僕がちゃんと言葉にしないからだよね」と謝る。

 「え、あ、いえ、そんなことは……」

 戸惑う私の目を見つめる貴方。

 「改めてちゃんと言うね。僕は結美さんの事が好きです。いや、大好きです。僕と付き合ってくれませんか?」

 そう言った後、少し照れくさそうにする貴方は可愛らしい。改めて言われると凄く恥ずかしかったけど、凄く嬉しかった。返事はもちろん「はい。よろしくお願いします」の一択だ。

 食事を終えて、駅前で貴方と別れる。その帰り道、貴方との会話を思い出して、どこか懐かしい気持ちになった。

 昔、母が私に話してくれたこと。父も貴方と同じで、少し言葉が足りない人だった。母に告白した時も「僕の傍にいてくれませんか?」しか言わず、母は告白されてるのか、今そばに居て欲しいのかわからなかったと笑いながら話してくれた。いつもだったら悲しくなるから、両親の事は思い出さないようにしていたけど……。その時の私に悲しいという気持ちはなくて、ただ懐かしくて幸せな気持ちだった。

 改めて告白されてから、ちゃんと恋人として、水族館、動物園、遊園地、貴方の家へ遊びに行った。貴方と二人で、私が今まで出来なかったことを沢山してきた。貴方はどんなに忙しくても、必ず私との時間を作って、二人でいるその時間を大切にしてくれる。不幸という名の鎖に縛られていた私の手を引き、美しい景色を見せてくれた。貴方といることで……不幸という言葉も死神という言葉も忘れ、普通の人として、貴方の彼女として生きていくことができた。

 


 幸せの陰に隠れた悪魔の存在を気づかずに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る