2.心を救う言葉

 私は幼い頃から現在に至るまで、何があったのか全て話した。貴方は頷きながら、何も言わず、私の気が済むまでただただ話を聞いてくれる。どれもこれも暗い話ばかりなのに……。全て話し終えると、「頑張ったね」と貴方はそう言った。たった一言、それだけなのに心が暖かくなる。その日、病院を出た後も家に帰って眠る前もずっと貴方のことが頭から離れなかった。それからは過労を言い訳に定期的に病院へ通った、貴方に会うためだけに。物凄く不純な理由だけれど、大嫌いだった病院も貴方がいるなら大丈夫だった。「どこか悪い所でもあるんですか?」と聞かれた時、咄嗟に「まだ、体調が戻らなくて。それと、病院の屋上から見える景色が好きなんです。心が軽くなるので」と嘘をつく。本当は貴方に会いたいからなんて言えるわけないから。医者と患者の関係でも、少しずつ貴方の事を知って、いつの間にか好きになっていた。いや、出会った日から一目惚れをしていたんだ。屋上で貴方と二人。「私もこの場所から遠くに見える山を見るのが好きなんです。登れるのかな……?なんて考えるけど、行く勇気はなくて」と楽しそうに話すから、可愛い顔で微笑むから、時々勘違いしそうになる。もしかしたら、私のこと好きなのかな……なんて馬鹿なことを。

 

 いつも通り、仮病を使って貴方へ会いに病院へ向かう。適当に診察を受けて飲みもしない薬を貰い、すぐに屋上へ向かって歩き始める。その時、屋上に向かうまでの廊下で貴方を見つけた。呼吸を整えてから声を掛けようと足を踏み出すも、少し若い看護師さんが貴方に駆け寄り、話し始める。十メートル先、二人の話している内容が部分的に聞こえてきた。

「あぁ、結美ゆみさんのことですか」

 貴方の口から私の名前が出てきて、胸が高鳴る。

「はい。どういう関係なんですか?」

「ただの、ここの屋上が好きな知り合いだよ」

「具合が悪い訳じゃないのに、病院に来るなんて。迷惑なら、ちゃんと言ったほうがいいですよ。平海ひらうみ先生はお人好しなんですから」

「確かに、そうですね……」

 どこか困ったように答える貴方の姿を見て、胸が痛くなる。看護師さんの言っていることは何ひとつ間違っていない。体調が悪いわけでもないのに、病院へ来るなんて普通はおかしい。心のどこかで思っていた……本当は、私のことが迷惑なんじゃないかって。それを言えないくらい優しいから、我慢してるんじゃないかって。でも、貴方の優しさにつけ込んで気付かないふりをしていた。こぼれ落ちそうな涙を堪える。その時、たまたま貴方と目が合ってしまった。私は貴方から逃げるように屋上に向かう。屋上は、いつも通りほとんど人が居ない。もしも、貴方が追ってきても隠れる場所もない。息を大きく吸い、心を落ち着かせた。屋上の扉が開き、貴方は駆け寄ってくる。

「結美さん!僕の話をっ……」

 貴方の言葉を遮って、涙で崩れそうな顔から無理に笑顔を作る。

「ごめんなさい。迷惑でしたよね。先生が優しいから、甘えてました……。あんな話聞かされたら、自分の身にも何か起きるんじゃないかって思いますよね。そもそも何かあってからじゃ遅いし、もう二度と誰かを失うなんて……。その、もうここには来ないですし、先生にも会いません。私、先生と話して凄く楽しかったです……、ありがとうございました」

 頭を下げると、目に溜まっていた涙が一粒こぼれ落ちる。何の為に人に関わらないようにしていたのか、貴方と話す時間が幸せすぎて忘れていた。そうだった……、私といることで貴方まで不幸になってしまうんだ。これ以上は笑顔を保てなくて、俯いたまま屋上の扉に向かって歩き始めた。その時、貴方は私の腕を引き、抱き寄せる。戸惑う私に貴方は言った。

「僕は貴方より先に死にません。結美さんが生きている限り……、だから、これからは病院以外でも僕と会ってくれませんか?」

 二十年間生きてきた中で一番嬉しくて、私の心を救ってくれた言葉。我慢していた涙は溢れ出し、貴方の白衣が濡れるくらい泣き続けた。そんな私を貴方はずっと抱きしめてくれた。

 

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