十八、鬼頭/魌頭観音縁起録

 昔、昔、流行り病のおりに里の神主・矢羽田やわた久世くぜ宇蛇うだの娘を人身御供に選んだよし。生き埋めにするため穴を掘り、現れたのが魌頭きとう観音像である。

 一説によれば、それは石像ではなく、うごめく肉の塊であったとも云う。


 荒々しくも霊験豊かな魌頭観音は、大いに喜ばれた由。久世一族から分かれて、「籠ノ目かごのめ」を名乗った者に至っては、屋敷神として祀った。

 里人の熱狂は留まるところ知らず、籠ノ目の神はたちまち里の誰もに広がりし。

 それは一時の時花神はやりがみと思われたが……。


 魌頭観音の霊験は、四つの邪眼に由来せり。

 悪意や妬みで人を睨めば、対象は呪いを受け不幸を免れぬ。それが宝飾品であれば、時に持ち主を死に至らせ、己の元へ呼びこむ。

 しかして、邪眼の力は自分自身も例外であらず。愛を求めれば、近しき者を根絶やしにしようとも、己に関心を向けさせる。

 それすなわち、魌頭観音による甘言であった。


 久世一族は悩んだ末、〝方相氏〟を立てることにした由。

 掘り起こされた魌頭観音は二つで一つであった故、本頭と分鬼頭として分社し、片方は悪神として送り出し、片方はその間守り神として迎え入れる。

 これを毎年、くり返し行うのである。


 また、久世家は年に一度〝方相氏〟に扮し、追儺の儀にて里の厄を払う役目を請け負った。赤い衣に、金色に輝く四つの眼、鬼の面を被り鉾を振るう追儺ついなの儀である。


 悪神を送り出す神送りの儀礼は、延享えんきょう二年(一七四五年)種痘術が輸入されてからも、ほし集落ではしきりに行われていた。

 現在に置いても、流行病は世界的に対処すべき重大事である。生老病死は、人が逃れられぬさだめならば。


 皨集落の追儺は小規模な祭りであるが、久世家は「邪気払い」のお守りとして、疱瘡絵を配るなどして邪眼の影響を抑えることに尽くした。

 それどころか、邪眼を元来の「悪鬼病魔を睨みつけ、退散させる」方相氏の霊験に頼ったものである。


 送り出され、迎え入れられ、二柱は決して同時に里へ存在することはない。四つの邪眼は、二つに分けられた魌頭観音を、再び出会わせるための餌なのだから。

 この禁忌を何者かが破った由。

 おそらくは、籠ノ目宵路しょうじとはまた別の邪眼持ちであろう。


 岐阜から愛知にまたがる木曽川には、「やろか水」の言い伝えがある。長雨が続く中、木曽川の上流から「やろかやろか」と声がする。

 村人は誰の言葉か分からないまま、「いこさばいこせ」と返すと、しばらくして増水し、たちまち大洪水になってしまった。


 皨集落とはやや離れているが、水の霊が人間に語りかける、破局の予告である。

 皨集落が土砂災害によって崩れた原因、なぜここまで被害が広がったかは今持って不明とされているが――邪眼と水の霊(魍魎もうりょう)が関わっているのなら、それもまたあり得ない話ではない。


 災害を引き起こした何者かは、白い御幣を黒に入れ替え、二柱の魌頭観音を引き合わせた由。かねてより、観音像は二つに分けられていたため、完全な形と言えなかったといへども。山崩れで、かの神仏を祀った久世家は絶えり。


 皨集落において、悪神の送り出しと福神を迎え入れる一連の流れを遂行できるのは、もはや神事より除外された〝白い御幣〟――方相氏にしか出来ぬであろう。

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