第45話

『喚装:ケイ・カネシロ タイプ:勇者(ペルセウス)』


 瞬間、俺の全身がまばゆい魔力に包まれる。


「まぶしい……邪魔!!」


 光を断ち切るように黒髪の蛇が俺を頭ごと喰らおうと迫る。

 大蛇はメデューサの身の丈以上に肥大化するとその大きな顎で俺を丸のみにする。


「ケイ!!」


 ステンノの悲痛な叫び声が闇の外から聞こえる。


 全身から魔力波を放つ程度ではこの闇からの脱出は到底不可能だろう。


「そこの……邪魔者、一人消えた」

「ネメシスだ。油断するなよ、まだ生きているからな」


 戦闘の苛烈さなどどこ吹く風と言わんばかりのメデューサの緩い言葉をネメシスが張りつめた口調でかき消した。


 その通りだ。ネメシス。まだ死んでもあきらめてすらもいない。


 全身を圧迫するように大蛇が収縮を繰り返すがそのたびに全身にまとう魔力が押し返していた。


「さすがに一度戦ってるから油断しないよな」

「やはりな。さっさと出てこい」

「こっちの世界だと魔力がギリギリだな。喚装に時間かかっちまった」


 重い扉を開くように黒髪の海を引き裂いていく。


 ダンジョンの淡い光を白銀の籠手が反射する。


 俺の俺自身の『喚装』──異世界で魔王を打ち倒し勇者としての責務を果たした者に送られた神々の装備品。

 それが俺の『喚装』の最終形態だ。


 大蛇の腹をこじ開けダンジョンに戻った俺は白銀の鎧に包まれていた。


「お姉ちゃんとかそこのと同じ匂い。けど……関係ない」


 再び黒髪の大蛇が放たれる。

 だが白銀の鎧に触れた瞬間消滅し、再び俺を飲み込むことはなかった。


「さて、やりあおうか」

「っ……その匂いで、こっちこないで!」


 今度は大波となって黒髪が襲ってくるが、『喚装』を前になすすべもなく消滅していく。


 波が弱まったタイミングで俺は地面を蹴った。

 その手には白銀に光るデュランダル。


 この鎧を纏っている影響でデュランダルにも神々の魔力が乗り移っていた。


「あんたがネメシスの側にいる限り、俺は必ずお前を打ち倒す」


 怯えるように黒髪を放ってくる彼女に向かって剣を振り下ろす。

 だが、その刃が彼女に届くことはなかった。


「忘れちゃ困る。君を殺したいのはメデューサだけじゃないさ」


 メデューサをかばうように出たネメシスの剣が、デュランダルを押しとどめていた。

 赤黒い魔力と白銀の魔力がぶつかり合い、火花を散らす。


 ネメシスの身体に剣を押し付けるようにして後退し、『オリオン』に持ちかえる。


「『速射』!!」


 放たれた三本の矢はそれぞれ不規則な軌道を描きながらネメシスに迫る。


 ネメシスが構えた剣に弾かれた瞬間、矢じりが爆ぜた。


「『月煙』」


 粉々になった矢じりは女神アルテミスの魔力を纏った粉塵となりネメシスにまとわりついた。


「『付与』」


 粉塵越しにネメシスへアルテミスの権能を付与する。

 付与する権能はもちろん『死の概念』。


「同じ舞台でやろうぜ」

「フン。この程度なら足枷にもならん」


 再び俺とネメシスの視線が交差する。


「この匂いも、嫌い」


 俺が足を止めた一瞬のスキを突くようにメデューサの黒髪が襲い掛かる。


 ただでさえ人数不利なのに足を止めてしまったのは間違いだったな……!


 黒髪の波に乗るようにネメシス合わせて突進してくる。


 先に到達した黒髪の波を刀身でからめとり、すぐさま首元に迫るネメシスの剣を弾く。


「っくそが……!!」


 弾いたものの2柱分の膂力に耐えきれず、俺の身体は神域の端まで吹き飛んでいく。


 背中の痛みに顔をしかめながら頭を上げると、もう目の前にネメシスの剣が迫ってくる。


「どうした!! 貴様弱体化したか!?」

「助っ人呼んできた奴に言われたくないけどな!!」


 ネメシスを押し返し、デュランダルを地面につきたてる。


「ここで終わらせる!! 『此処は異世界トロイメア成り』」


 勇者としての想いが、経験が現実を塗り替えていく。


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