第46話

「『此処は異世界トロイメア成り』!!」


 俺の叫びと共に、まるでゲームのステージが入れ替わるみたいに世界が塗り替えられていく。

 現実世界から異世界へ。

 陰気なダンジョンからトロイアの大草原へと景色が書き換えられていく。


「なあ、知ってるか? 『補正』って言葉」

「知るか」


 魔力で創造した分身2体とともにネメシスが波状攻撃を仕掛けてくる。


 正面、右、そして後ろ。

 3方向からの連撃をデュランダルで一閃し、弾き飛ばす。


「へえ、やっと本気出したか。不敬な」


 そう言って好戦的な笑みを浮かべるネメシスの頬から一筋の血液が垂れる。


「もともと神々相手してんだから不敬も何もないだろ。これが『補正』ってやつだよ。この世界では俺は勇者だった。魔王も倒した。その経験と祝福が最大限活かされる環境になっただけ」


 異世界トロイメアの大草原。それも俺が最期まで拠点としていた縁の深い街トロイアの目の前だ。

 石造りの城門からの火薬のにおいも日本とは違い空気にたっぷりと含まれた魔力の感触もすべてが懐かしい。


「こっから先は俺の舞台だ!!」


 そう高らかに宣言し、地面を蹴った。

 足元には当然のように『アキレウス』の靴をはいている。


 こちらの世界ではスキルを宣言する必要がない。

 スキルを宣言するのはスキルのイメージを明確にし、少ない魔力を効率的に具現化するため。

 だが大気に魔力が潤沢に存在するこの世界ではその必要がない。


 音よりも早く、相手の懐に潜り込む。


 真下から見るネメシスの目は大きく見開かれていた。


「余裕ぶってんじゃねえよってな!!」


 地面を削るように振り上げたデュランダルは深紅の鎧をやすやすと切り裂きネメシスの胸を抉る。


「貴、様ぁぁ……!!」

「しぶといな。一発で仕留めるつもりだったんだけど」


 ボタボタと鮮血が流れ落ちる胸を手で押さえネメシスは吠える。


「貴様、神を愚弄する気かァ!! 手加減したうえ、一発で仕留めるだと!? ふざけるのも大概にしろ!! 私は神だぞ!? 貴様ごとき人間が調子に乗るんじゃない!!!」

「だれが人間ごときだって? こちとら魔王倒した勇者なんだわ。それにあんた一度俺に負けて逃げ帰ってるじゃん」

「その態度が不敬なんだよォォ!!!」


 正面から馬鹿みたいに突っ込んできたネメシスの剣を上へ弾き、がら空きになった腹に蹴りを入れる。


「神視点にいすぎて殺り慣れてないんじゃないの? 『争い』の女神さんよお」

「どこまで愚弄すれば……うぅっ!?」


 再び切りかかろうとしたが、ネメシスの腰に黒髪が巻き付きものすごい勢いで引きずられて行ってしまった。


「なぜ邪魔をする!?」

「あなたじゃ、無理だから。そこで、見てて」


 無造作にネメシスを放るとメデューサは黒髪を束ね1匹の大蛇を顕現させる。


「どけ!! ケイと私の戦いだ!! 貴様が手出しをする権利はない!!!」

「でも、次戦えば消える。でしょ?」


 大蛇は長い身体をしならせ、とびかかってくる。

 しかし、勇者の能力を存分に発揮できる俺の前ではやすやすと切り捨てられてしまった。


「私は『争い』の女神!! 不和をもたらすものにして血に濡れた女神なり!!! 人間の勇者ごときにやすやすと引き下がれるわけがない!!」

「でも、瀕死は事実。戦略的撤退を──っつ!?」


 ごぷっ、とおびただしい量の血液がメデューサの口からあふれた。


「ならばお前が糧となれ。私が倒さなければならないのだから」


 徐々に光を失っていくメデューサの視線の先には、自身の腹を食い破って伸びるネメシスの深紅の籠手とその掌に握られていた自身の魔力炉。


 ネメシスは無造作にメデューサを捨てると、力任せに心臓を握りつぶした。


「お前の魔力は私の力となった。喜べ。お前の『石化』には期待していたんだがな。楽観していた私が馬鹿だったようだ」

「なん、で………仲間じゃ……なかったの?」


 メデューサの絞り出すような嘆きをネメシスは鼻で笑って一蹴する。


「仲間? 我ら神々にそのような概念はないだろう?」


 そう言うネメシスの顔には引きつった笑みが浮かんでいた。

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