第44話

「おはようメデューサ」


魔法陣から現れたのは純白の衣をまとった少女。

目鼻立ちはステンノによく似て整っているが、その腰まで届く長い髪は彼女とは違い漆黒に染まっていた。


その体躯は名画の少女のように優美で。

その魔力は名工の刀のように鋭い光を放っていた。


メデューサと呼ばれる少女は眠たげな目線をネメシスに向ける。


「誰? あなたが起こしてくれたの?」

「そうさ。君の力が必要なのさ」

「メデューサ! あたしよ! ステンノよ! わからない?」


ネメシス側にはいかせまいとステンノも悲痛に叫ぶ。

しかし、ネメシスは眠たげな眼を向けるだけでさほど興味を示さなかった。


「ステンノ……お姉ちゃん?」

「そうよ! 覚えてる!?」


その幼い女神はしばらくステンノを凝視すると首を傾げた。


「でも魔力が違う。お姉ちゃんじゃない」


瞬間、メデューサの両目から濃密な魔力波が沸き起こった。


「敵なら消えて」


とっさに盾を構え、ステンノの前に飛び出す。

全身を包むように展開された魔力盾はメデューサの魔力波を防ぎきるとガラスのように粉々に砕け散った。


「今のは!?」

「メデューサの権能よ。見た物体を石化させてしまう」


ただ視線を向けるだけ。それだけで巨人兵のコアで造った盾を粉々にしてしまう威力。

女神の中でもかなり上位の攻撃力を持っていることだけは確か。


もはや次『見られた』ら防ぐ手段はない。

デュランダルの防御も神の権能を防ぐほど万能じゃないんだよな。


かといって攻めに行くにもネメシスが参戦してくる可能性が高いうえ、せっかく解放されたメデューサを殺さずに無力化するとかいう激ムズクエストになる。


「む……防がれた。でももう盾ない、でしょ?」


メデューサの両目に再び魔力が充填される。


「死んで」


ビームのような超音速で放たれた魔力を目前に初めて死を覚悟した。

弱めるという概念が通用しない石化にはもはやなすすべはない。


ステンノの願いは達成できた。

ただし彼女に害をなす存在としてこの世に現界してしまった。


ステンノは満足……してないよな。

諦めたくないなぁ……。


「目を開けなさい。大丈夫。まだ戦えるわ」


ステンノの力強い呼びかけが俺の瞼を開く。


目の前に広がるは半透明の魔力壁。

メデューサの魔力波を完全に防ぎきっていた。


「ステンノ……? お前」

「あの目は私が防ぐわ。だからどうか、あの子を救ってあげて」


ステンノがそっと俺の背中に手を添える。

彼女の口から厳かな契約の言葉が紡がれる。


神格からだに誓う。『我はケイ・カネシロの守護神なり』」


彼女の、俺の二人目の守護神の魔力が全身を駆け巡っていく。


「守護神として命じます。勝ちなさい」

「もちろん」


デュランダルを手に正面からメデューサと向き合う。

幼い顔にはいまだに興味なさげな表情が浮かんでいた。


「なあ」

「何」

「あんたはどこまで覚えてるんだ?」

「何も。ただうっすらと、お姉ちゃんたちの記憶があるだけ」

「ならいい」


掲げる剣の先を通して見るのはメデューサの両目。


「その剣……あなたも敵、よね?」

「今のところはそう思ってくれていい」

「なら、死んで?」


彼女の長い髪がまるで意志を持ったかのように俺に襲い掛かる。

手足を押さえるように伸びた黒髪が、断ち切ろうとして振り下ろした刃先に絡みつく。


「あなたからはお姉ちゃんたちの匂いがする。なんで?」

「まあ、長い付き合いなもんでな!!」


蛇の形に変形した黒髪を強引に引きちぎる。

そこからは怒涛の波状攻撃だった。


視界いっぱいに時間差をつけながら襲ってくる黒髪をデュランダル一本で押し返していく。


「埒が明かないな!!」


切られた黒髪は蛇となりメデューサの元に帰っていき、また黒髪に戻ってこちらに襲い掛かってきている。


メデューサ本体を倒さなければ黒髪を止めることはできないが、メデューサを倒すにはこの黒髪の波を突破しなければならない。


「クソっ……!」


斬撃を潜り抜けた黒髪が俺の左腕に巻き付く。

黒髪の威力に押されバランスを崩した俺に好機とばかりに黒髪が絡みつく。


徐々に締め付けられ、ミシミシと全身の骨が軋む。


「あっけない、ね」

「いや、そうでもない」


黒髪の大蛇を前にして、俺の口角は上がっていた。


「『喚装:ケイ・カネシロ タイプ:勇者ペルセウス』」


瞬間、俺の全身が光に包まれる。

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