第33話
発動した瞬間、本能的に目を閉じてしまうほどの激痛が体内を暴れはじめる。
肉の焼ける匂いが鼻についてひどい顔をしていると思う。
配信としてはかっこ悪いかもしないけど許してほしいかな。
今は目の前に集中しよう。
以前、大鎌が迫っていることには変わりはない。
ひっどい顔。女神が台無しだよ。
炎を前に顔をゆがめているニュクスに苦笑しながら俺は口を開く。
「神の炎は熱いか?」
「この程度の熱でわらわは止まらぬ!」
「宵闇、消えてるけど?」
俺は不敵に笑って見せる。
ニュクスははっと目を見開いて自身の身体を確認するがもはや彼女の身体は夜から独立し輪郭もはっきりと見えてしまっている。
「まあ『夜』が『太陽光』に弱いのはあたりまえだよなあ!?」
両腕がさらに激しく燃え上がる。
めらめらと高く上がった火柱は大鎌へとその勢力を拡大し、禍々しい魔力ご食らいつくしていく。
「チッ……忌々しい!!」
ニュクスはめちゃくちゃに鎌を振り回し炎を消そうとするが神の炎がそう簡単に消えることはない。あれよあれよといううちに大鎌は完全に侵食され炎が女神の腕にさえ食らいつこうとしていた。
「その炎は太陽神アポロンの火だ。女神のあんたでも焼ければ骨すら残らないよ」
アポロンはオリオンの守護神アルテミスの兄弟神であり対となる存在だ。
俺はその太陽神としての権能の一部を『反転』で引き出した。
俺のかつての知り合いにアポロンの寵愛を受けた者はいない。それでもスキルを応用すれば権能を引き出せるのだ。
さすが勇者の権能だよ。自分で使ってても規格外だと思うもん。
「人間ごときがァ……!!」
「ごめんな。そんな人間でもお前に勝てるんだよね」
ニュクスが距離を取った隙にデュランダルの元まで転がり、手に取った。
すぐさま刀身に魔力を送り、赤熱させていく。
赤く赤く。打ちたての鋼よりも、流れるマグマよりも赤く熱していく。
「いくぞ」
強く地面を蹴る。
ただ走るだけでも太陽の加護を受けた剣が闇夜を一直線に切り裂いていく。
ニュクスへ肉薄し勢いのまま左胸へ剣を突き出したが、剣先を片手で捕まれ押し戻されてしまう。
「っぐううう!!」
致命傷は免れたものの彼女の掌からひじにかけて炎に焼かれところどころ炭化している。
ダメージは与えられる。なら簡単。倒せるんだから。
ニュクスの腕を振りほどき執拗に斬撃を繰り出していく。
袈裟切り、薙ぎ払い、切り上げ、もう一度袈裟切り。
武器を取り出す隙も魔法を繰り出す余裕も与えない斬撃を押しつけていく。
ニュクスは何度も距離を取ろうと地表を移動するがそのたびに魔力で無理やり強化した脚で地面を蹴り至近距離に張り付くように追っていく。
「わらわが逃げてばかりなどっ……!! 忌々しい!!! なぜじゃわらわは夜の女神、人間の灯なんぞに!!」
「向こうの神々もそうだけどなんでそんなに人間を下に見るのかな。傲慢は敗北のフラグだよ?」
「そもそも種族としてわらわが優位にあるのは明白──」
「そのプライドを捨てろって言ってんだよ。わかんない?」
俺が腕を振るうとニュクスの右腕が派手に吹き飛んだ。
瞬間、維持できなくなった宵闇の結界が晴れ元の荒野に舞台が戻る。
右肩から血の代わりに魔力を吹き出しながらも女神はしぶとく生きながらえていた。
俺の身体ももうアポロンの炎に耐えられそうにもない。
そろそろ決着をつけようか。
全身から漂う焦げ臭いにおいを置き去りにするように地面を蹴り、剣を一閃した。
「──!!」
胴体を真っ二つに切断された女神のから声にならない絶叫が響く。
だが、その体が消滅していかない。
人間なら即死の状態でも魔力を何とか保持して生き残ってるっぽいな。
熱さで朦朧としながらもとどめを刺そうとニュクスに近づいていく。
その時だった。
「久しぶりねニュクス。元気にしてた?」
「ネメシス!! 元気なわけあるか!! さっさとわらわに魔力をよこせ!! そうすれば……」
「うるさい。敗者は黙って頂戴」
虚空から現れたネメシスが一瞥することなくニュクスの胴体を踏み潰す。
「何をっ……!?」
「あなたの負けよ。諦めなさい」
首だけとなったニュクスの額にネメシスが口づける。
すると夜の女神の生首は虚空に消え、ネメシスの手には鎖のついた小さな鎌が握られていた。
「これもらってくわね」
「返せ!」
ネメシスへ何度も剣をふるうがヒラリヒラリと全て躱されてしまう。
「そう怒らないで頂戴。これで手掛かりの数はフェアになったのよ?」
「手掛かり? まさか……」
「あら? 気づいてなかったの? てっきりこれ目当てで戦ってたのかと思ったんだけど」
飄々と笑いながらもネメシスは的確に俺の攻撃をさばいていく。
手掛かりならなおさら取られたくない。
けど俺の身体が炎に耐えられなくなってきているのに無傷のこいつから奪えるのか?
「手掛かりこっちは1つしか持ってないはずなんだけど!」
「呆れるわね。ちゃんと2つ持ってるのよあなたたち。まあ今の状況じゃわからないかもしれないけど」
ネメシスは俺の斬撃をはじき返すと、宙に浮き虚空に開けた穴に腰かけた。
「でもこれで全てのパーツがそろったわ。冒険ご苦労様。頑張って歩き回っていたことだし報酬でもあげましょうか」
「だったら手掛かり全部渡してくれるのが一番うれしいんだけど」
「それは無理よ。わたしにもわたしの計画があるもの。その代わり、1週間後新宿ダンジョン最深部に来なさい。そこで全て教えてあげる」
そう言い残すとともにネメシスの姿は穴の中へと消えていった。
それと同時に限界が来ていた俺の身体は俺の意識を手放してしまった。
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