第6話 俺のスキル

 筋骨隆々—その言葉を体現したかのような容姿に、背中から汗が吹き出す。涼しい草原の中にも関わらず、服が肌に引っ付く不快感を覚える。

 再び深呼吸をしてみれば、Dランク相当のデーモンであろうと苦ではないことが分かった。

 要領はさっきの5体と同じ。ヘンテコなスキル名を言って、炎を出し、攻撃する。

 仮に、攻撃が効かなくても大丈夫。さらに強力な攻撃力をイメージして、スキルを作れば良いだけの話だ。


「なんか目の前の奴らを殺せるスキル!」


 瞬く間に放たれた炎は、1体の腹部にまで届いた。巨体は跪き、両手で穴を覆うが、指の間から流れる血液は止まらない。

 1体は戦闘不能となった。完全に死んではいないが、恐らく立つことすら儘ならない。


 炎の操り方に慣れてきた。2体、3体、4体…そして5体が草々の上に倒れ込んでいる。最初の1体以外は心臓を貫き、即死だった。

 ものの1分足らずでDランク相当の検定は終わった。


「次はどの程度のランクに挑戦しますか」

「Bで、お願いします」


 調子に乗り過ぎただろうか。DとE-相当のデーモンの強さは特に変わらなかった気がする。唯一の相違点は身体の大小だけだった。


「それでは、Bランク相当のデーモンを召喚します」

「はい、了解です」

「この場は検定会場ですので、貴方が死ぬことはありません。ただし、無理をして戦闘不能まで戦う必要はありません」


 Bランクの検定になって、愈々、安全性への配慮のアナウンスが流れた。恐らくBランク以上の検定を受ける人が多く、その分、無理をしてしまう人も多いのだろう。


「Bランク相当の検定を始めます」


 現れたのは、最早、人間の容姿とはかけ離れた''バケモノ''だった。

 その''バケモノ''の正体は、龍を彷彿とさせる長い緑色の体躯に、角と鋭い牙。体長が何メートルあるのか分からない。目測では、25メートルプールがいくつも必要になると思う。

 よく見ると、全身を纏う1枚1枚の鱗があり、それらを操ることで移動したり身体をく練らせたりしている。

 相変わらず、デーモン側から攻撃はしてこない。龍は召喚された位置でクネクネ動いているだけ。


 コイツに炎って効きそうにない。

 しかし、物は試しで、掌から出した炎を火力を上げて龍に向かって打った。光沢のある龍の鱗によって弾き返されてしまった。焼けた跡も何も無かった。

 しかし、全く攻撃が効かないのは想定済みだ。なぜなら、今の火力はE-とDランク相当のデーモンに当てたものと、ほぼ同じだったから。


「だったらこれはどうだ!」


 機械で言うところの制御装置を取っ外して、自分が燃えない程度の強い火力をイメージする。

 直径10メートルほどの火柱と、可能な限り高温の青白い炎を…

 掌から放出した瞬間に、俺は後方へと吹き飛ばされてしまった。

 慣性の法則とは恐ろしいもので、背中に強烈な痛みが走った。立つことすら出来なかった。

 感覚では背骨が折れてるか、脊椎が損傷してそう。強烈な痛みは果てしなく続くと思うと、早く病院へ担ぎ込んでくれ、と願うばかり。

 だが、俺も馬鹿ではない。今の俺にはスキルを作るスキルがある。


「俺の体を治療してくれぇ!」


 すると、久しぶりに好きな女性声優さんに似た声が頭に響いた。


《スキル:俺の体を治療してくれぇ!を獲得しました。そして、スキル:俺の体を治療してくれぇ!を発動します》


 またもやヘンテコなスキル名になってしまった。取り敢えず、検定が終了したらスキル名は変更可能か、天の声さんに聞こう。絶対に変えてやる。


《祐太郎の体は完全に回復しました》

「おお、ありがとうございますー!」


 一瞬で痛みは霧散した。

 って呼び捨てかい。


 何事も無かったように、すっと立ち上がる。俺は吹き飛ばされる前の地点まで戻ったが、巨大な龍の姿は無かった。

 どこに行ったのだろうか。

 遥か天の上に避難し、奇襲を仕掛けてくるのか。

 はたまた、逃げたのか。

 上を見上げても雲一つない青空だし、遠くの方にも気配はない。

 当たりを捜索し始めようと歩き出した頃、無機質な女性の声が世界に響いた。


「Bランク相当、合格です。次はAかSになりますが、どういたしますか」

「倒したんですか、俺!?」

「はい、そこらに黒い灰みたいな粉があります」

「ああ、確かにありますけど」

「それです」

「はい?」

「それが龍です」

「は、はい?」

「貴方が放った炎によって焼き尽くされた結果、炭の粉になりました」


 思わず後頭部を両手で抱えてしまった。

 骨までも焼き切って炭にしてしまうほどの火力の炎が、俺の掌から…?

 右の掌を閉じたり開いたりして、観察したが、何時もの俺の手だった。

 手の甲も見てみたが、特に異変はない。


 なんて言っていいのかな———。

 あまり考えたくは無いのだけど———。


「全部のデーモン、これで倒せるんじゃね」


 いやいや、待て待て。落ち着いて思考を巡らせなければ。調子に乗って、つまらない過信で死にたくはない。

 屈んで手を伸ばし、炭を掴んでみる。ザラザラとした手触りに数分前まで生きていた命を感じた。

 やはり人間とかけ離れた容姿の生物でも、申し訳なさが心に迫る。涙が出るとかではなくて、ため息混じりの謝罪が口から零れる。

 殺さなければ、自分が殺される状況に俺は慣れていない。余っ程、平和な国に住んでいたんだな、と前世に居た世界へ手を合わせたくなった。

 失ってから気付くのは人間の性であろう。



 

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