第7話 真面目に生きよう

 物思いに耽っていると、再び天の声さんから声をかけられた。


「S相当、またはA相当の検定がありますが、どうしますか。それとも検定を終了しますか」

「ここまで来たなら最後まで行きたい」

「では、S相当の検定へ移ります」

「うん、誰もAを飛ばしてSにチャレンジします、なんて言ってないよね」

「S相当のデーモンを開始します」

「ああ、もう俺の声聞こえてないんだね」


 最終的にSにチャレンジしてみたいとは思っていたが、いざ現実となると鳥肌が立ってしまう。

 草原に響き渡る静寂が居心地を悪くする。

 今までのデーモンはアナウンスの後、間髪入れずに召喚されたが、S相当のデーモンはなかなか召喚されない。

 強大な力を持つデーモンは、おいそれと召喚は出来ないのだろうか。


「あれ?」


 ふと疑問に思ったことが一つある。それはスキル名だ。

 ステータス画面を開くと、''スキル:なんか目の前の奴らを殺せるスキル''と表示される。

 相変わらずヘンテコなスキル名だが、今は関係ない。

 目の前の奴らを殺せるっていう内容のスキル。

 弱いデーモンから強い龍みたいなデーモンまで、このスキルで乗り切ってきた。普通、敵が強くなればなるほど、より強力な別のスキルが必要になるのではないだろうか。

 それと、このデーモンには効くけれど、あのデーモンには効かない―所謂、属性の概念はないのか。水属性に炎は効きずらいなど。

 B相当のデーモンは青い龍だった。その色から水属性かと思ったが炎で炭になった。勿論、必ずデーモンの肌の色が属性と直結するとは限らないし、龍だから口から炎を放つかもしれない…


 そして、俺はS相当のデーモンと戦うことは無かった。この世界に存在するデーモンについて考えていたが、いつまで経っても草原に変化はなかった。

 天の声さんは、これで検定を終わります、とだけ言った。

 S相当の検定は?と聞いてみても誰も答えてくれずに、透き通った青空と心地良さそうに揺れる草々は次第に闇へと戻った。

 再び、闇の世界へ誘われたと思ったら、後ろから声がした。

 振り返ると、明るい長方形からニョキっと出てきた金髪の美人さんが懐かしさを齎す。


「検定が終わりだそうです。ご退出ください」

「いや、まだ、終わってないはずなんですが」

「私も理由は聞いておりませんが、直ぐにギルドマスター室へ案内せよ、と伝言を預かっておりますので…」

「は、はい?」


 ヘスティアさんは、可愛らしく手招きをしているが、顔に笑顔は浮かんでいない。

 事の重大さを感じ取り、俺は小走りで出口に向かった。


「一体、何事ですか」

「まずは合格おめでとうございます…では、案内しますね」


 白い木を基調としたギルドに居たことを今更思い出した。検定と銘打った地獄の戦闘パーティーはここで幕を閉じた。

 とはいえ、自らのスキルについて理解が深まった。時間をかけて色々なスキルを創造して、冒険者としての一歩を踏み出そう!

 意気揚々と大きく腕を振ってヘスティアさんに続く。頭の中で色々と妄想が膨らんだ。


 好きなスキルを自由自在に作れるスキルを持っているとは、チートなのではないか…!?

 もしかしたら、世界最強と呼ばれる日も遠くない…!?

 普通の、平凡な大学生活を送っていた俺が、あっという間に世界で知らぬ者はいない最強冒険者に…!?


 口の端から涎が垂れそうになったのを、右手で拭った。ヘスティアさんにはバレなかった。


 傲慢と過信と欲得は人間を滅ぼす。祖父からの教えだ。

 心の中で、若しくは口に出ていたからもしれないが、落ち着け、と何回か自らに言い聞かせた。

 母子家庭ゆえ、祖父母と暮らす時間が多かったので、祖父母の教えは耳にタコができるくらい聞いた。

 それ前も聞いた、と言っても、あれそうじゃったかな、と呟いてまた明くる日に同じ話をする。たまに新しい話が出た時は思わず聞き入ってしまった思い出。

 懐かしさと同時に、心の中で熱い何かが勢いよく燃え始めた。

 絶対に異世界で徳を積んで、人の役に立って…そしたら神様は俺をもう一度、家族に合わせてくれるだろうか。

 確信はもちろん無いし、神様が本当に実在するのかも分からない。どちらかと言えば、神様はいないと思っている側の人間だ。

 神様はいないかもしれないけど、この世に連れてこられてしまったことに何か意味を持たせなければ、精神的に可笑しくなりそう。

 その意味が、家族に会うための試練だとすれば、真面目に生きるしかない。

 良い行いをすれば願いが叶う、なんて最早、神様や仏様が存在していると信じているのと同義ではないか。

 無意識の内にそういった存在の基に思考していたと気付いた。

 神様や仏様がいてもいなくても別にどちらでも構わない。だけど、居てくれた方がいいかな、なんて思う。

 悪いことしようとしたら必ず''誰か''が見ているんだもの。


 閑話休題。つまらない堂々巡りのようで、世界の真理に辿り着いたような、ふわふわした感覚のまま美しい女性の後ろ姿を追いかけていた。

 ヘスティアさんは急に立ち止まって、ここです、と俺を1枚の扉に誘った。

 そういえば、ギルドマスターたる人物にお呼ばれしたとかなんとか。役職名から察するに、ギルドのトップだろう。

 多種多様な冒険者を束ねる人物。まるで、今日入社式を終えた新人がいきなり社長に呼ばれるイメージ。社会人を経験したことないけど、なんとなく異常さは分かる。


「さぁ、お入りください」

「わ、わかりま、した」


 俺は扉をノックしようとしたが、一瞬固まり、短く一息吐いてから3回ノックした。


 礼儀作法合ってるよね?

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