第4話 試練

 案内され入った部屋は天井、壁、床がどれも黒く塗装されていて、全くの闇であった。

 光ひとつなく、扉を閉めることは瞼を閉じることと同義になるだろう。いつまで経っても扉を閉めたくはなかった。

 だが、扉の片手で抑え続ける俺に対して、部屋の外から透き通った声で、扉を閉めていただけませんか、と諭されたような気がした。


「では、いってらっしゃいませ」

「は、はい。いってきます…」


 この扉を閉じた後に如何様なイベントが始まるのか、大体想像がつく。

 検定と題した、何者かとの戦闘だろう。その何者かとの戦闘によって、不合格か合格か、仮に合格ならばランクはどの程度か、を見定められる。

 ふと俺は疑問に思う。ダウンさんにギルドの入口で助けられた時、ギルドの扉には魔法がかけられていて、力を入れずに思い扉が開けられるようになっていると教えられた。


 魔法———?


 魔法という概念のない世界から来た俺。これから始まる検定とやらでは、魔法を使って太刀打ちしなければいけないのでは?

 と、すると———名前とかスキルとかが見れる画面があったような。あの画面ってどうやって出すの?


「うわっ!」


 扉が、恐らく、ヘスティアさんによって閉じられた。優しく閉じられる扉の音が鼓膜に響いた。

 真っ暗闇の中で立ち尽くしていると、突然、部屋が明るくなった。目が明るさに慣れるまで10数秒かかって、漸く周りの環境が把握できる。

 一面緑色で、雲一つない青空。呼吸をする度に肺の中が浄化されるような清々しい空気。前髪がサラサラと靡くほどのちょうど良い風。

 果てしなく続く緑色と青の世界の中心に佇んでいた。


 ここはどこだ———?


 周りをいくら見渡しても世界の端が見えない。数歩歩いて俺は諦めた。

 刹那、草原の世界に人工的な音声が響き渡った。


 それではE-相当の検定を始めます。

 まず最初に下級デーモンを数体召喚します。


 音声の後、10メールほど先に5体の下級デーモンとやらが出現した。

 どれも同種のデーモンらしい。体が緑色で犬歯が異常に発達し、両眼が真っ赤に染まっている。身長は1メートルくらいで小柄だが、腕や胸の筋肉が発達しており、身長以上の迫力を与える。また、股間部分にボロボロの布切れ1枚を下げているだけで他は裸同然の容姿。気の所為だろうか、獣臭が鼻を掠める。

 草原の風向きが変わった、気がした。


 5体のデーモンは棍棒のような武器を右手に持っていて、如何にも襲いかかって来そうなイメージだ。しかし、今の所、呼吸のために肩を上下させているだけである。

 俺が動かないと奴らも動かないのだろうか、と考えて、恐る恐る右足を1歩前に出してみる。

 5体とも棍棒を持った方の腕を少し前に出した。それだけだった。


 俺は今から何をしたらいい———?

 どうやって倒したらいい———?


 恐らく今いる世界に魔法は存在し、それを駆使して倒すのが定石だろう。だが、魔法の使い方なんて全く心得ていない。さて、どうしたものか。

 左の掌を脳天に当てて、困り果てる姿は滑稽だろうが、幸いにもこのだだっ広い草原には、俺と5体のデーモンしかいない。


「っていうか、デーモンってなんなんだよ。魔物みたいなやつ?」


 生物は得体の知れない物体や生物を前にすると取り敢えず敵と認識し、逃げるか戦闘するか迫られる。選択肢としては2つしかないのだ。前者に関してはこの草原においてほぼ意味をなさない。と、するならば…


 戦うしかない———!

 一体どうやって戦えと———?


 さっきからこの繰り返しだ。戦うしかないのは理解したが、一体全体俺にどう戦えと?

 結局特殊な能力を持たない俺はここで野垂れ死にになるのか———特殊な能力?

 初めてこの世界に降り立った時の記憶がフラッシュバックした。飲食店のばあさんに怒鳴られる直前、ゲームに出てきそうな画面を見た。そしてそこには、確か、スキル創造というスキルを持っているのを示す表記があった。

 あの画面をどうやって出す?

 出し方なんて分からない。

 ヤケクソだ———!


「あの画面出て来いや———!」


 想像以上にあっさりと例の画面は現れた。あの時となんらかわりはない。名前、レベル、スキル…そう、スキル。


《スキル:スキル創造》


 一縷の望みを右手の人差し指に込めて、スキル創造の文字をタップしてみた。スマートフォンを使いこなす若者の発想だ、と自分でも思う。

すると、デーモンが召喚される時とは全く違う人工的な音声が流れた。世界に響く声、というより、頭の中に直に語りかけるような。人工的とはいえ、さっきより人の温かさを感じた。前の世界で好きだった女性声優さんを思わせる、透き通った優しく丸い声だった。


〈スキル創造を使用します。創造したいスキルを頭の中で明確に思い浮かべて下さい〉


無機質でもあり温かい声に従いたかったが、今何が起こっているのか分からず、パニックになった。


「創造したい? スキル? 明確に? 思い浮かべる?」

〈失敗しました。もう一度、明確に思い浮かべて下さい〉

「あぁ? 一体なにがどう———」

〈失敗しました。明確に思い浮かべなければ、スキルは発動しません。もう一度トライします〉


良く言えば、火事場の馬鹿力。悪く言えば、パニックの成れの果て。

明日は明日の風が吹く? 後は野となれ山となれ?

よく分からないが、この状況を乗り越えるための切り札は、女性声優さんっぽい音声に従うしか、俺に残それた道はない。


「なんか目の前の奴らを殺せるスキル———!」


と、言いつつ俺は、掌から火炎放射器のような威力で炎が出力される映像を頭の中で創造し、再生した。

すると、再度、声が聞こえた。


〈''スキル:なんか目の前の奴らを殺せるスキル''を獲得しました〉


俺はこの時初めて知った———いや、知ってしまった。


したスキルをできるスキル———なのか?」

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