第3話 冒険者になりたい
両開きの分厚い木の扉を力いっぱい引いた。見た目以上に軽く、足を滑らして尻餅をついてしまった。ちょうど扉から出てこようとしていた筋骨隆々の男性が、目を見開きつつ、手を差し伸べてくれた。
「君、大丈夫かい?」
「大丈夫です。思ったより軽かったみたいで」
「ああ、この扉は本当は俺でも開けられないくらい重いんだよ。」
男性は見事な胸筋を揺らしながら、ガハハと陽気に笑う。俺がどういうことか聞き返すと、どうやらギルドマスターなる人物が魔法をけて軽くしているのだとか。
「どうしてもこの木を使って扉を作りたかったギルマスが、重量軽減魔法っちゅー魔法を施して誰でも簡単に開け閉めできるようにしたってことさ」
「な、なるほど…」
「いい加減立ちなよ、坊主。こんなところで座ってると蹴り飛ばされるぞ」
差し伸べられた掌は俺のよりも一回りも二回りも大きくて、握りつぶされる勢いで掴まれた。男性に中に入るよう促され、ギルド内の隅に設置された椅子に腰かけた。
ギルド内は、白い木を基調とした設計で、三階まで吹き抜けらしく広い印象だ。出入口の正面には大きな受付が鎮座し、要件ごとに列が構成されている。最も長い列を構成しているのは、仕事・依頼受付と書かれたところだった。
建物を一通り見た後はすぐに人物へ焦点が合う。大体の人たちは3~6人で集まって話し込んでいる。大きくてへんてこりんな杖を持つ女性、鍛え上げられた筋肉が目立つ男性、背は小さいが負けじと意見を主張する女の子、見るからに駆け出し冒険者の男の子…などなど。
「その様子だと、ここに来るのは初めてだな」
「はい、そうです。とりあえずお金を稼ぎたくて冒険者になろうかと」
「とりあえず?」
「はい、まぁ、ちょっと、諸事情で自分一人で暮らしてくお金が必要になりまして…」
隣に座った男性は肩をグルグル回してストレッチを始めた。どうやら俺みたいな人間は珍しくない、らしい。
「そうかいそうかい。詳しい事情は聞かないでおくさ。ここにいる大抵の奴は訳ありだ。幼いころに両親に捨てられた奴とか、奴隷あがりの奴とかな。冒険者ギルドはそういう奴らの溜まり場さ。だけど勘違いするなよ、この町の平和と安全を守っているのはこの俺たちだ。チンピラじゃなくて、冒険者としてどうあるべきか、皆考えながら日々活動してる。俺もな」
一息で喋って彼は黙り込んでしまった。世話しなく肩を回し、筋肉を解している。
俺はなんて返答したらいいかわからなくて、適当に相槌を打ってごまかしたのだが、少し睨まれてしまった。真剣に聞いてないわけじゃないのに、と思いつつも、謝罪の意味も込めて自己紹介を試みる。
「あのー…」
「なんだ?」
「上地祐太郎です。」
「いきなりどうした」
「いや、そういえば名前言ってなかったな、って」
「そういやーそうだな。俺はダウン・アルドだ。ダウンでいいぞ」
「ダウンさん、ですか。よろしくお願いします」
「さんはいらん。呼び捨てでいい」
俺がダウンと呼ぶと彼は右の口角を上げて、それでよし、と呟いた。
再び沈黙が続き、どうしたらよいか考えているとダウンが口を開けて、冒険者登録は6番レーンに並べばいい、と正面を向いたまま相変わらず肩を回しつつ独りごつ。
俺に対して放った言葉なのかどうかも怪しかったが、念のため感謝を述べ、椅子から立ち上がり6番の受付へ歩いた。
6番の受付に辿り着く前に受付嬢のとても顔の整ったお姉さんと目が合い、彼女は微笑んだ。
金髪ショートヘアと真っ白で艶やかな肌が印象的で、大きすぎない控えめな胸が更に彼女への好感度を上げた。
小走りで受付に向かう。
「冒険者登録ですか?」
「はい、そうです。冒険者登録って誰でもできるんですか?」
「登録は誰でもできますが、その後の冒険者検定を受けていただいて、それによってランク分けされます。ランクS+が最も高く、E-が一番下のランクです。ただ、検定を受けてランクE-未満の実力しかないと判断された場合、冒険者にはなれません。いわゆる不合格ですね。」
「なるほど…ちなみに不合格になる人ってどのくらいいるんですか」
「一週間に10人ほどですかね。結構いるんですよ。」
そうなんですか、と平然としたトーンで返答したつもりだったが、彼女は優しく微笑みながら、緊張しないでくださいね、と言った。彼女の胸にはヘスティア・ルートンと書いてあったので、今度からはヘスティアさんと呼ぶことにしよう。
検定申込書などの提出物を書き終えると、すぐに奥の部屋に案内された。
ヘスティアさんは立ち止まり、ある一つの扉の前に立った。そして、こちらに振り返り、右手を扉に向ける。
「では、こちらが検定会場になりますので、緊張なさらず、ご自分の実力を存分にお出しください。良い結果を祈っております」
「ここに入ればいいんですか」
「はい、この部屋に入ったら検定が始まります。検定終了の目安は検定者がギブアップを申し出るか、戦闘不能になるかのいずれかですので、決して無理をなさらない程度に全力を出して検定に挑んでみてくださいね」
美しく整った一つ一つの顔のパーツが優しく微笑む。細い指で髪の毛を耳にかける仕草一つでも心拍数が狂ってしまいそうだ。
戦闘―――やっぱりそうなのか。俺は今から何かと闘わなければいけないのか…
ここまで来てしまったのだから、もうやるしかない。ボロボロになるまで挑んでやる。
心の中で一本の糸がプツンと切れた音がした。今度は吉となる音だった、と思いたい。
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