117話 新たなスタート

 みんなに幸太郎との再会エピソードを話終えると、拓はスマホの待受を画像を見せる。そこには綺麗に花を咲かせたカモミールが映っていた。


「これを貰ったときすごく勇気付けられたんだよ。それは雛梨ちゃんの気持ちが籠ってるおかげでもあるんだろうけどさ……花って人に喜びや幸せを与える凄いものなんだなって感心したんだ」


「それでお花屋さんになろうって考えたんですね」


「ああ、俺も誰かに幸せや喜びを与える手助けになるようなことをしたいって考えたとき真っ先に浮かんだのが花屋だったんだよね」


 そう照れながら告げると、満里奈は拓さんらしい素敵な夢だと思いますと嬉しそうに微笑む。


「そういえば、拓が須波さんと顔見知りになってるなら雛梨ちゃんが拓に会いに来るのは簡単なんじゃないか? きっと須波さんが教えてるはずだろ?」


「それもそうだよね。ていうか、連絡先交換とかしなかったの? 拓が逆に会いに行くっていうのもありだったんじゃないの?」


 博と文也が花屋の話題から雛梨の話題へと移した。その言葉を聞いた拓は、なにやら苦笑いを浮かべる。


「何その顔……まさかと思うけど、雛梨ちゃんの居場所聞いてないの?」


 呆れ顔の文也に拓は素直に頷いた。


「聞くのを忘れた訳じゃないんだ。敢えて安易に会えない環境の方がいいのかなって……だから、須波さんにも雛梨ちゃんには俺の家は教えないでほしいって頼んじゃったんだよね」


 さらっと言った拓の発言に、博と文也、そして笑顔だった満里奈までも絶叫した。


「なんてことしてるんだよ!!!! 雛梨ちゃんに会うチャンスを潰してどうするんだよ!!」


「雛梨ちゃんが会いに来る感動的展開を夢見てる場合じゃないんじゃない? もたもたしてたら拓だって直ぐにおじさんになるんだよ?」


「雛梨ちゃんが心変わりしてしまったら拓さんどうするんですか!?」


 三人の圧に拓は椅子ごと後ろへと退避する。


「そうなんだけどさ……居場所を聞いたら会いに行きたくなるし、きっと気になってリハビリとか勉強とか投げ出してたかもしれない。そうなったら、こうして花屋だって開けなかったと思うしさ。須波さんに俺のことを雛梨ちゃんに教えないでって頼んだのも似たような理由だよ。夢を実現できてない俺を見て幻滅されないか怖かったんだ……だったら、お互い知らないまま過ごして、出会うのは運命に任せようって考えたんだよ」


 拓の思いを知り、三人は少し反省したように頭を下げた。


「すいません。拓さんだって雛梨ちゃんに会いたいのに勝手な思い込みで……」


「俺も悪い」


「ごめんね、拓」


「別に謝らなくていいって……俺だって正直じれったいことしてるなって思ってるから」


 拓は椅子を戻し、空になったジョッキを掴む。


「すみません!! 生ビール4つお願いします!!」


 店員が席番号と注文を厨房に向かって叫ぶ声が届き、拓は決意したようにみんなを見た。


「もう一度乾杯しよう。この先の運命がどうなるかは分からないけどさ……俺がここにいられる今を精一杯祝いたいんだ」


 直ぐ様、ジョッキに並々注がれた生ビールがテーブルに運ばれる。それを掴み、また上に掲げた。


「みんなと生きれる今に乾杯!!!!」


 2度目の乾杯。その後は、昔話をしたりして長い夜を楽しく過ごした。

 翌日から拓はめでたく花屋をオープンさせる。小さな花屋ということもあり、なんとか拓ひとりで切り盛りできる環境だった。休日の忙しい時間帯だけは陽子の手を借り、なんとか続けることができた。


 半年後。


「拓、どう?」


 夕方の買い物ついでに店に寄ったのか、買い物袋を腕にぶら下げた陽子がひょっこり顔を出す。


「母さん、買い物なんて俺がするのに……寒いんだから家にいなよ」


 季節は冬。あと僅かで終わったしまうからなのか、最後の悪足掻きと言わんばかりに今日は冷え込みが厳しいかった。


「いいのよ。仕事もやめちゃって家の中ばかりいたら滅入っちゃうもの……わたしだってまだ買い物くらいはできますよ」


 もう70歳になった陽子は、髪の毛も真っ白に染まり、年々弱々しさを感じさせる。そんな陽子を気にかけてしまうのだが当の本人からすれば余計なお世話らしい。拓はやれやれと呆れながら、店先に並ぶ花を店の中へと戻し始めた。


「あら、閉店作業始めるなら手伝っていこうかしら」


「母さん、大丈夫だよ。今日は平日で客もそんなにいないから俺ひとりで出来るから……暗くなる前に家に戻ってて」


「そう? なら美味しい料理作って待ってるわ。今日はお鍋だからね」


「楽しみにして帰るよ」


 やっと家へと向かって歩き出した陽子の後ろ姿を見送り、拓はまたひとりで作業をこなす。

 店をはじめて半年、だいぶ客足も増え出してきた。だから休日はわりと忙しくて、ひとりで回すのは正直厳しくなってきたところ。だが、高齢の陽子にいつも手伝わせるのは申し訳ない。なので最近求人ポスターを店先に張り出してみた。一応アルバイトからでもオッケーとは書いたが、本当は社員として長く働いてくれる人がほしい。しかし、数日経っても希望者は現れなかった。


「花屋って魅力ないのかな?」


 拓は小さくため息をつきながら手書きの求人ポスターを眺める。


「これでダメなら、求人サイトに乗せてもらうしかないか」


 そう呟きながら店の中に戻ろうとした時だった。


「すいません。もう閉店ですか?」


 男性の声が掛かる。拓は鉢植えを抱えたまま、動きを止めた。かなりの年月が経ってしまったが、その声はしっかりと記憶の中に刻まれている。拓はゆっくりと声の主の方へ顔を向けた。


「花束を作ってほしいんですけど……今からじゃダメですか?」


 丁寧な口調で尋ねる男。黒髪で細身の青年。両耳には変わらずピアスがあった。

 忘れもしない。隼 浬が目の前に立っていた。

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