110話 遠ざかる希望

 拓が退院できたのは、それから2日が経過した頃だった。

 入院中にテレビであのビルの爆破事件のことは見ていたため、なんとなくだが状況は把握できた。

 爆破の犯人はまだ捜索中。拓の証言した人物を警察は必死に捜索しているのだろう。ただ、別件でビルであるウイルス研究が行われていた事実が明るみになり、社長と、役職者2名、他4名の職員が事情聴取を受けていると報道の記者が警察署前で話していた。


(これでウイルスから世界は守られた……ってことになるんだろうか)


 自室のベッドの上で拓は深い溜め息をつく。

 テレビを見ても、拓が知りたいことはやってはくれない。それ故に、家に戻ってもどこか無気力な状態でいた。


「拓、お友達がお見舞いに来てくれたわ。帰ってきたばかりで疲れてるなら明日にしてもらうけど、どうする?」」


 いつになく元気のない拓を気遣う陽子。


(こんなんじゃダメだ……しっかりしないと)


 拓はようやく我を取り戻し、笑顔を陽子に向けた。


「大丈夫だよ。俺も会いたかったから」


「そう、分かったわ」


 笑顔を見せたことで陽子の表情が少しだけ和らぐ。友達を呼んでくるねと、陽子は急いで階段を駆け下りていった。

 数分して、初めに博が顔を出し、次に文也、最後に満里奈が続くように部屋へと入る。


「どうだ? 体調は……足、撃たれたんだって?」


「全然お見舞いに行けなかったから、ずっと心配してたんだよ」


「拓さん、これお見舞いです!!」


 同時に3人が喋り出すものだから、拓は思わず笑い声を発した。


「ありがとう。3人には心配ばかりかけて……本当にごめん」


 笑顔で上がった口角はすぐさま戻り、今度は急激な落ち込みに肩を丸める。


「浬も姫も……守ってあげられなかった。犠牲のない爆破にするって言いながら、俺は守ってあげられなかった。それが悔しい」


 そっと満里奈が手を差し伸べ、拓の手を優しく握った。


「そんなことありません。拓さんはみんなを救ったんです……未来の浬さん達は確かに救えませんでした。けど、今の時代の浬さんや姫さん、あとは鴇さんも救われたんじゃないでしょうか? 爆破で命を落とすはずだったご両親が生きている限り、3人は組織とは無縁の人生を歩んでくれるはずです。そして、きっとアキさんも」


 最後に漏れた名前に拓ははっと頭を上げる。


「アキに会ったのか?」


 拓の問いに満里奈は気まずそうに博へと目線を移す。満里奈の視線が向けられた博は眉を下げる。それが意図するものは拓の期待する答えではない。拓はまた頭を下に傾けた。


「そうか、満里奈たちも会えてなかったか……」


「拓さんが病院に運ばれたことはアキさんからの連絡で知ったんです。けど、駆けつけた時にはアキさんは居なくて」


「おばさんはアキさんのこと分かってないみたいだったけど……アキさん、拓には何か言ってなかったのか?」


 満里奈まで肩を落とす姿を見兼ね、博が間を空けないように質問を口にする。


「いや、ビルから落ちて……地面に着いたら意識がなくなって……気がついたら病院だったんだ」


「ビルから落ちたっ!?」


 意外な真相に博が声を上げるが、満里奈と文也は何とも言えない顔で俯く。博は気まずさに咳払いをひとつ。


「前に浬が学校のガラスを割ったことがあっただろ? その武器を使って、ビルから飛び降りてなんとかなったんだ」


「そっか。拓が無事に帰ってきて本当に良かった」


 博が元気付けのために拓の肩を叩く。だが、拓の表情はなかなか晴れなかった。


「拓はどうしてそんなに落ち込んでるわけ?」


 周りの雰囲気などまるで無視した文也の言葉はみんなの表情を強張らせた。


「それは……」


「文也さん何言い出すんですか!! 落ち込むに決まってますよ。わたしだってアキさんともっとお話ししたいことがたくさんあったのに……」


「そうだよ。文也だってこんな変な別れ方したらモヤモヤするだろ? アキさんが勝手に何も言わずに未来に帰ったんだぞ? お前だって何かしら思うことあるだろ?」


 拓に代わって満里奈と博が文也に詰め寄り訴えかける。だが、言われている当の本人はどこか不機嫌そうに眉を潜めた。


「なんで俺が無関心みたいな風に言われてるのか分からないんだけど……本当にアキさんが未来に帰ったんだとしたら俺だって感情はあるんだから、そりゃあ怒るに決まってるじゃない。けど、帰ってもない人を思って落ち込むのは少し大袈裟じゃないかなって」


「へっ????」


 文也の言葉に拓たちが一斉に間の抜けた声を漏らす。


「え? 何その反応……もしかして忘れてたの?」


 みんなの反応に文也は顔を引きる。


「前にアキさんが言ってたこと思い出してよ」


「えっと、何か言ってましたっけ?」


 満里奈の質問に文也は溜め息を付く。やれやれと呆れた感じで口を開いた。


「夏休みにタイムマシンについて話してたじゃない。その時にってアキさんが言ってたでしょ? 爆破テロは起きたけど、アキさんが未来へ帰る日は本来起こる爆破テロの日以降ってことになる。だとしたら、まだアキさんはこの時代に居るってことだ」


「そうか……確かにアキさん、そんなこと言ってたな。爆破テロが起きたからもう強制的に未来に戻ったんだって勘違いしてた」


「わたしもおばさんがアキさんを覚えていないからてっきり」

 

 博と満里奈の会話で拓は何か思い付いたように目を見開く。


「そうだ。記憶を操作するピアスの電磁波が影響を受けるのはこの町の中だけだ……アキがもしも町から離れていたとしたら、ピアスの効力はなくなるんだ」


 一気に期待に胸が高鳴る。だが、希望に光輝く瞳は再び影を宿した。

 頭に鋭い走る痛み。いつもの頭痛とは少し違う。


「いっ……」


 両手で頭を挟み込み、拓は崩れるように床へと倒れ込んだ。


「拓さんっ!?」


「おいっ!! 拓!!!!」


 博と満里奈の叫び声が薄れゆく意識の中で微かに響く。


「おばさん呼んでくる!!!!」


 文也が部屋を出ていく光景を最後に、拓はそのまま気を失った。

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