109話 消えたアキ
拓が目を覚ますと、そこは病院のベッド上だった。
巡回で病室に入ってきた看護師と目が合った瞬間、驚きの声が狭い病室に響く。
そんなに騒がないでと言いたかったのだが、喉がどういう訳かうまく機能しなかった。そして、口を塞ぐ酸素マスクが余計に声を遮断する。
「今、先生が来ますからね!!」
そう言って血圧や酸素を測定しだす看護しに、拓はなんとか言葉を掛けたかった。だが、喉に水分がないせいでカラカラな状態。どう頑張っても声らしいものが出てくることなく、そのまま担当医師の問診を受けるしかなかった。
ビル爆破の事件から3日経っていると聞かされたのはその後。
ずっと陽子が付き添っていたようだが、昨夜着替えを取りに帰宅したようだ。
(すごく心配かけただろうな……クリスマスパーティーもできなかった)
陽子と最後に交わした約束を思い出し、拓は申し訳なさでいっぱいになる。
足の怪我はひとまず命に関わることもないので心配ないと言われ、今後のことは母親と話し合って決めていこうと言われた。今後のこととは、脳腫瘍の手術についてのことだろう。
それに加え、あのビルでなぜこんな怪我を負うことになったのか警察が事情を聞きに来ることも医師から伝えられた。
(……銃で撃たれた傷なのは誤魔化せないだろうからなぁ)
何をどう話せばいいのだろうかと暫し悩む。
「事情はあるていど聞いてはいるけど……覚えていることだけしっかりと話すといいよ」
医師が気遣うように言った。
「えっと、誰から聞いたんですか?」
がらがら声でなんとか質問する。
「君を病院に連れてきた女の子が経緯を説明してくれたんだ。たまたまビルに行ったら爆破の犯人に遭遇して撃たれたんだってね。大変な目に遭ったけど、こうして命落とさずに済んで君は運が良かった」
「あ、ええ……そうですね」
その話ですぐに女の子はアキのことだと気が付く。
「あの、その女の子って……」
「ああ。名前を確認したかったんだけど目を離した隙に居なくなっていて……もしかして知り合いかな?」
その問いにどう答えようか一瞬迷った。しかし、拓は敢えて嘘をつく。
「いいえ……」
拓は軽く首を振った。医師は残念そうに肩を落とす。
「そうか。その子がすぐに救急車を呼んでくれたおかげで怪我の処置も速やかに出来たから……すまないね。連絡先とか聞いておければお礼も言えたのにね」
「いえ。ありがとうございます」
「さて、お母さんには連絡してあるから来るまで休むといいよ」
医師が居なくなり、それから間もなくして陽子が慌てて駆けつけてきた。
「拓っ!!!!」
「母さん」
きっと怒鳴られるかもと覚悟していたのだが、それは間違いだったようだ。病室に入ってくるなり、拓を力一杯抱き締め、頭を掻き回すように撫で回し出す。
「良かった!! 病院から連絡をもらった時、拓ともう二度と会えなくなったらどうしようって母さん怖くて怖くて……3日も意識戻らないし……本当に心配したんだよ」
声はだんだん涙声になり、最後には泣き声に変わった。
「ごめん」
子供みたいに泣きじゃくる陽子を拓はそっと抱き締める。
「心配かけてごめん……本当にごめん」
拓の目からも静かに涙が零れた。
やっと落ち着きを取り戻した後は事情を聞きに来た警察の対応で、アキの話や満里奈たちの様子を聞くことがお預けになってしまった。気掛かりなことばかりで落ち着かないのが正直な気持ち。本当なら警察の話だって後回しにしたい。けれど、今何もかも知ってしまったら取り乱してしまいそうで怖いと思ったのも事実。心の準備のためにもと、拓は警察に向き合うことを決める。
とりあえずアキの話していた通り、たまたまビルの近くに来ていたところ爆破の犯人らしき人物に遭遇してしまい、いきなり撃たれたと話した。
「犯人の顔は見たかい?」
「えっと……背の高い女の人だったと思います。けど、爆破が起きた騒ぎの直後だったのでよく覚えていなくて」
犯人像は鴇の特徴を正直に話した。話したところで犯人は捕まることはない。もうこの時代には存在していないのだから、どれだけ捜査しても犯人の痕跡は見付からないだろう。
警察はただ事件に巻き込まれただけと判断し、それ以上犯人について聞いてくることはなかった。
「また何か思い出したことがあればご連絡ください」
それだけ言い残し、事情聴取は終わりを告げた。
「それにしても、拓を助けてくれた女の子は誰だったのかしら?」
陽子も医師から聞いていたようで、正体不明の恩人が気になって仕方ないらしい。
「母さん……聞きたいことがあるんだけど、満里奈とか博たちに会ったりした?」
「そうそう! 満里奈さん帰国してたのね!! 拓が病院に運ばれた日に駆けつけてくれたのよ……でも家族以外はお見舞い出来ないって言われてて、そのまま帰しちゃったのよね。満里奈さん、お家でまだひとりなのかしら? あの時はわたしも動転してたから、何も聞かないでしまったのよ……悪いことしちゃったわね」
みんなの無事が分かり、ほっと胸を撫で下ろす。確かに満里奈のことは心配ではあるが、きっと博や文也がなんとかしてくれているだろうとそこまで不安には感じなかった。
「それでさ……母さんにもうひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
持ってきた着替えやタオルを棚に片付けだす陽子は、拓に目を向けることはせずに耳だけを傾ける。
「葛城 亜紀って人……分かる?」
その質問に陽子の手の動きが止まる。
「それって拓のお友だち? 聞いたことないわね」
返ってきた言葉は拓の心を深く抉った。
陽子の記憶にもうアキがいない。ひどい脱力感に襲われた。
「どうしたの? その亜紀ちゃんがどうかしたの?」
「いや、ごめん……なんでもない」
拓は泣き出しそうな自分を隠したくて、ベッドに潜り込んだ。
「体調悪いの?」
「ごめん。疲れたから少し寝るよ」
「そう」
陽子はそれ以上何も言わなかった。
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