103話 外で待つ者の思い
ビルを出てからかなりの時間が過ぎた気がする。資料室で監禁された修司、彰、由紀を無事に外へと脱出させることに成功した博と文也ではあったが、その表情に安堵の色は浮かんではいなかった。どちらかといえば、今の方が博と文也にとっては居心地の悪い時間だろう。満里奈や拓、別行動したアキと姫が今どんな状況にいるのか全く分からない。それなのに自分たちには何もできないことがとても歯痒かった。
そんな時にビルの中で鳴り響いた警報音と、アキの声。
「アキさんは無事みたいだね」
文也が真顔のまま呟いた。きっと文也は表情に見せていないだけで、心の中では不安と葛藤しているのだろう。博はそんな文也の見えない心を読み取り、小さく頷いた。
「きっと拓と満里奈も無事でいるさ」
文也を安心させたくて言った言葉だったが、それは自分に言い聞かせるためでもあったのかもしれない。そう言葉にしないと、今にもビルの中へ飛び込みたい衝動に負けてしまいそうだったからだ。今自分たちが助けに走ったところで、きっと足手まといに終わってしまう。だから今は体の中で沸き上がる正義感を押さえ込むことがふたりのとっての戦いなのだ。
「社長、なかなか戻ってきませんね」
隣に立っていた由紀が途中で別行動をした幸太郎の安否を口にした。そして、言おうか躊躇っていた様子だったが、由紀は本音を言葉にする。
「鴇や浬も、無事でいてほしい」
「おい、由紀」
彰が博と文也の反応を心配してか制止を促した。
「ごめんなさい。この惨事を引き起こしたのはあの子たちだって分かってる。けれど、きっかけをつくってしまったのはわたしたちなの……鴇も浬も犠牲者なのよ」
「けど、あのふたりは」
「ええ、この時代の人間じゃないのも分かってる。けどね、それでも我が子には変わらないのよ! 子供の心配をするのはそんなに悪いことなの!?」
涙目になりながら心情をぶつけてくる由紀の姿に彰は眉を下げる。
「俺だってまるっきり心配していない訳じゃない。それに心配なのは俺たちだけじゃないんだ……少し冷静になろう」
姫の父親である修司はただ黙ったままビルを見上げていた。心なしか目を潤ませる修司の横顔を見た由紀はそっと肩の力を抜く。
「そうね。今は信じて待つしかないわね」
「それに俺たちにはやるべきことが山ほどあるんだ。社長が戻ってきたら、行動に移そう」
そんな話をしていた矢先、突如ドアの開く音がみんなの耳に届いた。ビルの裏口の前に待機していたため、一瞬だけ博と文やは物陰に身を隠した。ビルに侵入する際に姫が気絶させた警備員が出てきたら少々厄介な状況になってしまう。だが、その心配は取り越し苦労に終わった。
ドアから顔を覗かせたのは、幸太郎本人。博と文也は冷や汗を拭った。
「社長! ご無事だったんですね!?」
由紀が駆け寄る。そして、意外な人物の存在に気が付き、由紀の後を追った彰と修司が同時に困惑の表情を浮かべた。
「室長?」
手と口にはガムテープと異様な光景に、由紀と後ろに立つふたりは目を疑う。
「事情はあとだ。今はこのケースを預かってくれ」
社長が由紀に持っていたアタッシュケースを差し出した。すると、室長が険しい顔で身を揺すり始める。いきなり暴れだしたことに動揺し、幸太郎の手の力が一瞬緩んでしまう。その隙に室長がアタッシュケースを受け取った由紀に向かって飛びかかる。
「あぶない!!」
危険を察した彰が由紀の身を庇うように抱きつき、修司が室長の動きを止めるため突進した。足しか自由の利かない室長はものの見事に地面へと叩きつけられる。
「すまない。助かった」
幸太郎が修司に頭を下げた。
「いえ、社長ひとりに任せてしまって申し訳ないです。俺も何か手伝えれば良かったのに……」
「いいんだ。わたしが勝手に行動したことだ……」
幸太郎の目が遠くで見守っていた博と文也に向けられる。
「雛梨……アキは無事だった! 今、君たちの友人を助けに行きたいと最上階へ向かった!」
アキの無事を聞いたふたりは同時に安堵の息を吐いた。そう言ってから、再び修司に目線を戻す。
「姫さんも無事だ。ただ彼女も最上階へ向かった」
修司は無言のまま頷いた。
「社長、これは一体」
彰は未だに状況が把握できず、幸太郎に問い掛ける。由紀も同じように返答を待つような眼差しで幸太郎を見つめていた。
「その室長がウイルスを外部に持ち出そうとしていた。わたし達の聞いた未来に起こった爆破は室長がウイルスを持ち出したことを隠蔽するための裏工作だったようだ」
「そんなっ! だとしたら、ウイルスを世界に広げた組織の黒幕は室長ということですか?」
「わたし達の計画を逆手にとって……そのせいであの子たちが犠牲になったってことなの?」
今にも室長をどうにかしてしまいそうな殺気が由紀の瞳から伝わってくる。同じだけ憎くて堪らないであろう彰が由紀の体を優しく撫でた。
「それはこれから室長が警察で真実を語るだろう……俺たちが今、彼に何かすれば罪になってしまう。そしたらまた後悔するのは俺たちだ。今は堪えよう」
その冷静な彰の声に由紀は目を閉じる。
「分かった」
なんとか落ち着きを取り戻した雰囲気を感じ取り、博と文也が恐る恐る幸太郎へと近付く。
「相田くんだったかな? 今さっき警備の人と鉢合わせたから、警察を呼ぶように頼んでおいた。ここも騒がしくなるだろうから君たちはビルから離れなさい」
「けど」
「警備員には君たちに害はないと話してはおいたが、警察に事情を聴かれたりすると何かと面倒なことになるだろう。まだ子供なんだ、親御さんに心配をかけるものじゃない」
だが、博は納得いかないという表情で返事をせずに俯いた。
「このまま友達を置いていくのが心苦しいのは理解できる。だが、今は危険から逃げるのも君たちの役目だ」
そこで黙ったままの文也が口を開く。
「それしか俺たちにできることがないかもしれない……けど、やっぱり近くにいてあげたいんです。役に立っていなくても側にいて見守っていたいんです。それが友達としてできる精一杯の応援だから」
文也がそう言いきった刹那、裏口の扉が勢いよく開け放たれた。
そこに現れたのは助けに向かったはずのアキと、最上階にいるはずの満里奈だった。
爆破のタイムリミットまで残り30分。
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