97話 真犯人
地下・研究室。
アキと姫は人のいない事を確認し、ひとつのパソコン画面に向かう。姫は研究室にはあまり出入りはなかったが、多くのデータの中からウイルスの情報と研究員のリストを見つけ出すのはそこまで困難な作業ではなかった。USBメモリーにデータを移しはじめると、姫がアキへと目線を向ける。
「アキさん、やはりこのデータを持ってビルから逃げてください。社長室へ行けば何が起こるのか分かりません。わたしなら武器さえあれば拓さんと満里奈さんだけは逃がすことは可能なはずです」
「そんなのこと出来ないわ! 姫ひとりを危険な目に合わせるなんて」
「アキさん、聞いてください」
姫の手がそっとアキの手を包み込んだ。
「わたしは組織に拉致され、その憎しみから一度は鴇さんの言葉を受け入れました。それが間違いだと気付いても、考えないフリをしました……これが正しい、世界を終わらすことが正義になると信じようとしました。けれど、あの日なんの罪もない満里奈さん達を殺してしまったことで、わたしの中にあった疑問が大きくなっていったんです。本当にこんなことをして世界が救われたことになるんだろうかって」
姫の目に涙が浮かぶ。
「もっと早い段階で気付いて、ふたりを止められていたらと今は後悔しています。わたしは多くの人を手に掛けた罪人です……それでも拓さんはこんなわたしを仲間だと言ってくれました。だから、わたしにその恩返しをさせてください」
さらにアキの手を強く握り締めた。そして、笑顔を溢す。
「拓さんの望む誰もが幸せになれる世界をわたしも生きてみたいんです」
「それなら、やっぱりわたしも」
「鴇さんは拓さんと満里奈さんをきっと殺そうとします。その時、太刀打ちできるのはわたししかいません。アキさんは人を殺せますか? 鴇さんや浬さんの命を奪う覚悟はありますか?」
アキは言葉を飲み込んだ。その質問に即決できるほどの覚悟はアキにはなかったからだ。
姫は手を離し、また画面に目を向ける。データが移し終わるまで半分を切っていた。
「わたしは相討ちになっても鴇さんと浬さんを止める覚悟です。だから、アキさんはデータを守ってください……必ず拓さんと満里奈さんは逃がしますから信じて待っていてほしいんです」
「もしかして死ぬつもりなの? あなたの両親が待ってるのに」
「両親に会うことを本当に待っているのは過去のわたしです。本当に会うべきはこの時代のわたしであって、今のわたしではありません。そもそもこんな血に汚れたわたしに会ったって嬉しくありません」
「そんなことない!!」
アキは思わず大声を張り上げる。次にアキがなにか言おうと口を開くが、研究室の奥にある別室で物音がなった。
「誰かいるようですね」
姫の目付きが鋭く変わる。音のした部屋は保管室だ。
「あそこには研究中の物質が保管されている場所です。もちろん、あのウイルスも……」
「いったい誰?」
「分かりません。鴇さんと浬さんではないでしょうし、他のお偉いさんはセレモニーを仕切っているはずですから……もしかしたら、他にもウイルスを狙っている方がいらっしゃるのかもしれませんね」
姫は音をたてないように立ち上がり、少しずつ少しずつ保管室へと近付く。すると、姫がドアノブに触れる前にドアが勢いよく開かれた。
「なんだ、君たちは!?」
出てきた男が姫に気付くと、大袈裟なほど驚いた声を出した。焦ったような表情に、隠しきれていないアタッシュケース。見るからに怪しい男を姫は睨み付ける。
「あなたこそなんなんですか?」
そう聞き返した姫だったが、何か気が付いたように目を見開く。
「あなた、研究室室長の……」
「お、お前……確か隼社長代理の側をちょろちょろしてる
相手が幼い子供だからか、さっきまでの動揺はどこへやら。今は鼻を鳴らし、偉そうな身構えをした。
「ここは子供が勝手に入って言い場所じゃないんだ! さっさと研究室から出ていきなさい!!」
だが、姫にその態度は通用しない。
「そのケースには何が入っているんでしょうか?」
「なんでもない! 君には関係ないだろ!!」
姫の指摘に室長は強い口調で言い放ち、その場から離れようとする。だが、つかさず姫が行く手を阻む。
「その中にあるのはウイルスですか? このこと、鴇さんはご存じなんですか?」
「しつこいぞ!! それに答える義務はない!!」
姫を押し退けようと手を振り上げるが、それを即座に避け、室長の体を逆に蹴りで突き飛ばした。その場で尻餅をつき、アタッシュケースは音を立てて床に落ちる。
「姫、この人」
アキが警戒しながら姫に近付くと、呆れたようなため息が聞こえてきた。
「きっとこの人が黒幕ってところなんでしょう」
「ど、どういうこと?」
「このビルを爆破し、4年後の事件を引き起こし、わたし達を地獄に陥れる原因をつくった犯人ってことですよ」
「え?」
アキは驚愕の顔で床に座り込んでいる室長に目を向ける。当の本人は何を話しているのか理解していないような顔で姫を見上げていた。
「ずっと疑問だったんです。わたしの父や浬さんのご両親もなんの罪もない人たちを巻き込んでまで爆破を起こすような人じゃない……それほどの状況に追い込まれてしまったせいかとも思っていましたが、爆破までしようと目論む人物が見当たらなかったんです。鴇さんに媚を売る専務も常務もウイルス事態には興味がなくて、鴇さんに気に入られて、あわよくば昇進を狙っているだけの凡人です……爆破なんて考えてもいないでしょう」
「ってことは、全部この人が?」
「でしょうね。室長ならわたし達の親の行動を常に監視できる立場で、爆破のことも何らかの方法で入手したのかもしれません……あんな大きな犠牲を払って爆破したのは、ウイルスを盗んだことを知られないため……きっと室長は然も自分がウイルスを見つけたと偽り、独自の会社でも立ち上げたんではないではないでしょうか。それが金儲けのためなのかなんなのかは知りませんが、私利私欲のためにあの組織を造り上げたと考えれば辻褄が合います」
それは姫の憶測にすぎない。けれど、アキはひどく納得してしまった。
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