96話 歪められた敵意
博は覚悟を決めて幸太郎に告げる。
「実はもうひとり未来から来た人がいます。その人は組織が4年後に起こすウイルスの悲劇から世界を守った救世主を助けるためにやって来たんです。彼女と彼女の持つワクチンを鴇さんは狙っていました。そして、彼女は連れ去られてしまい、今はこのビルの中にいます」
「もしかして、片倉さんっていう女の子のこと?」
由紀がはっとしながら、博に訊いた。
「はい……もしかして、一緒にいたんですか?」
「ええ。けど、今朝になって浬に連れていかれたの」
きっと今ごろ満里奈は拓と一緒にいるのだろうと、博は頭の片隅で思った。
「それで、そのもうひとりの未来から来た人は誰なんだ」
何か察しているのだろうか。幸太郎は答えを早く聞きたいと言いたげに博を急かした。
「その……あなたの娘さんの雛梨さんです」
そう言った瞬間、幸太郎は何もかも受け入れたかのように目を閉じた。
「そうか。雛梨も来ていたのか」
「驚かないんですか?」
「いや、もしかしたらと思っただけだ。一緒に監禁されていた片倉さんがいつもわたしを見ては何かを伝えたそうにしていたから気になっていた」
すると、エレベーターが到着し、静かに扉が開かれる。
「あとは逃げ出してから話しますから今は逃げましょう」
そう言って博を先頭にみんながエレベーターに乗り込んでいく。だが、幸太郎は動かなかった。
「社長! 早く行きましょう」
「もうひとつ、聞いていいだろうか?」
幸太郎は目を開いて、博を見据える。
「今わたしの娘はどこにいるんだ? 一緒にここへ来ているんだろう?」
「えっと……姫さんと一緒に地下の研究室に行っています」
「そうか。なら、わたしは娘を助けに行ってくるよ」
いきなりの宣言に博と文也は驚き、修司が慌てたように幸太郎へと近寄った。
「何を言い出すんですか! 助けに行くと言うなら俺が行きます! そこには姫もいるんだ」
「いや、君はどうか先に行ってほしい。もしかしたらと思うが、この研究を警察に知らせるためにデータを取りに行っているのだろう? ならば、今後のことを考えれば樋渡くんは残るべきではない」
「でも、社長だって生き残らなきゃ意味ないんじゃないかな? あなたが生きなきゃ、この時代の雛梨ちゃんはどうなるの? またひとりぼっちにする気?」
「おい、文也っ」
いくらなんでも大人に向かってと博は止めるも、幸太郎が気にするなと呟き微笑む。
「わたしが爆破で死ぬ運命だと鴇から教えられた時、正直言えばどうにかして組織にすり寄って、何がなんでも生き長らえようと思っていた……生きたいという気もちは今も変わっていない。娘と入院中の妻を残して死ぬのは嫌だからな」
「なら、なんで?」
「今この瞬間、わたしが守るべきなのは未来を守ろうと頑張っている雛梨なんじゃないかと思うんだ。きっとわたしが死んで、妻も亡くなっただろうから……ひとりで苦労してきた雛梨を親として助けてあげたい。親らしいことをしてあげられなかった償いをしたいんだ」
「それは今の時代の雛梨ちゃんじゃダメなの?」
「それも考えたが、両方わたしの大切な娘なのは変わらないさ……だから、頼む!」
そう告げると、幸太郎は非常階段の方へと駆け出した。
「社長!!」
修司の制止の声に振り向くことはなく、角を曲がったせいで姿はあっという間に見えなくなってしまう。
「どうするの? 助けに行ったりしたら間に合わないかもしれない」
文也が心配そうに博を見た。
「仕方がない、このまま俺たちはビルから出よう。地下には姫もいるし、なんとかなると信じるしかない」
博はエレベーターのボタンを押す。
「俺たちも行くべきだっただろうか?」
彰が小さく呟いた。
「鴇と浬を止めに行けば……もっと状況は変わるかもしれない」
「大丈夫だよ。今、片倉を助けに行ってる俺たちの最高の友達がきっとふたりを止めてくれる!」
文也がいつになく明るい表情で返す。だが、手は強く握られ震えていた。博はそっと文也の肩に手を置く。
「あいつは強い。生きて戻ってきてくれるさ」
博の言葉に文也は深く頷いた。
その頃、博と文也の願い虚しく、拓は危機的状況に陥っていた。
銃声が鳴り響くと同時に、部屋中に叫び声が響き渡る。その声の主は浬だ。鴇が放った銃弾は浬の右太ももを貫き、絨毯を血に染めた。浬は激痛にもがき、床に崩れ落ちる。
「浬っ!!」
拓が側へ行こうと足を一歩踏み出すが、鴇が銃口をこちらへと向けた。
「下手に動かないでね。次撃たれるのはあなたになるかもしれないから」
「どうして、浬は家族じゃないのか!?」
「そうね、大事な家族よ。だからこそ裏切りは許さない」
鴇の瞳はどう見ても正気を失っている。痛みに苦しむ浬を睨み、僅かに微笑みを浮かべていた。
「あんなに守ってあげたのに……組織に拉致されて、ひどい扱いをされてきた。連中が浬や姫に暴力を振るおうとしたら必ずわたしが庇ってあげてた。わたしが一番年上だったし、守れるのは自分だと狂いそうな状況でも正気を保ってきた。この計画を立てたのだって、今の時代の浬を同じ目に遭わせないため……世界が終わってしまえば苦しみも悲しみも全て消えてなくなる。そう思ったからわたしはここまで頑張ってきたのに」
再び銃口が浬に向けらる。
「どうして裏切るの!! あんたも姫も!!」
悲痛の叫びが響いた。
「こんな世界守ったってなんの価値も生まれやしない!! 救世主が世界を救ったって、わたし達はずっと地獄の中にいたの。なのに、あんたはそれを忘れたっていうの!?」
「浬はあなたを裏切った訳じゃない!!」
「うるさい!! 黙ってなさい!!」
また銃声が鳴り響く。だが、それは床に穴と焦げ目をつけただけだった。
誰にも当たっていないことに拓はほっと胸を撫で下ろすが、鴇の歪んだような笑顔を見た瞬間、一気に身体が凍りつく。
「そうそう、あなた少し誤解しているようだから言っておくわ。いくらわたしが銃を撃ったって助けなんて誰も来ないからね……ここは最上階。警備員は全員セレモニーのために一階に終結してる。だから、このくらいの音なんて聞こえやしないのよ」
それは拓と満里奈に絶望感をもたらすには十分な言葉だった。
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