95話 監禁者の救出
10階へ向かうべく何段もの階段を駆け上がり続ける。はじめは勢いのまま走っていたが、5階まで来たところでふたりの息は徐々に上がりつつあった。荒い息が口から漏れ、額からは汗が滴り落ちる。
「あと半分! こんなところで止まってたまるか!」
「うん! 世界を救うためにやりきるんだ」
博は言い聞かせるように声を上げた。それに続くように文也も強い意思を示す。少しだけ速度が落ちていた歩みがまた早くなった。無我夢中で階段を上っていき、ようやく10階へと辿り着く。
「どう? 誰かいる?」
慎重に扉を明け、廊下の様子を博は窺い覗く。だが、1階と同じで社員の姿は見受けられなかった。
「大丈夫みたいだ」
安心しつつ、そっと廊下へと足を踏み入れる。長い通路沿いにはいくつもの部屋が並ぶ。ドアには会議室とか、研修室とかさまざまな表札が付けられていた。奥へ進んでいくと目当ての文字が目に飛び込んでくる。
「あった。ここが資料室だ」
ドアの横には姫の言った通り、パスワードを入力する機械があった。教えられた番号を間違えないように押すと、解錠された音が小さく鳴る。博と文也は目で合図し合ってから、ゆっくりとドアを引いた。
「君たちは誰だ!?」
開けた瞬間、ふたりに向けて困惑の声が飛んでくる。部屋の隅で三人の男性とひとりの女性が身を寄せ、こちらを凝視していた。浬たちの仲間と勘違いしているのか、その視線は冷たい。なんとか落ち着かせようと博と文也は笑顔をつくり、優しい口調で語りかけた。
「誤解してほしくはないのですが、俺たちは敵ではありません。樋渡さんに言われてあなた達を助けに来たんです」
「安心して俺たちと逃げてくれませんか?」
そう言うと、ひとりの男が立ち上がる。高級そうなスーツを着ているが、何日も着ているのかシワがよっていた。
「君たちは何者なんだ? どうやってここへ来られたんだ?」
「それよりも姫は無事に逃げ出したってことなのか!?」
もうひとりの男性が焦ったように立ち上がり、博たちに詰め寄る。
「ええ、何週間か前に逃げ出して……今は俺たちと一緒にここへ来ています」
博がそう答えると、男は全身から力が抜けたようにその場に座り込んだ。その姿に、博は若干戸惑い言葉に詰まる。
「そうか、無事だったのか」
「博、あまりゆっくりはできないよ」
「分かってる」
文也の一声に、博はいつもの冷静さを取り戻した。
「すみません。今は簡単な説明しかできません……この部屋にいるのは隼 彰さん、由紀さん。樋渡 修司さん。社長の須波 幸太郎さんであってますか?」
ひとまず確認の意味で告げると、座り込んでいた男が声を出す。
「わたしが樋渡だ。姫の父親です……そのスーツの人が須波社長だ。あとふたりが隼さんだ」
「教えていただき、ありがとうございます」
博は一度、お辞儀をした。
「俺は樋渡さんと協力してここへ来た相田です。こっちは宮下……あなた達を助け出すようにと樋渡さんから頼まれて来ました。なので安心して付いてきていただけませんか? あと1時間ちょっとで、このビルは爆破されてしまいます」
「分かった……君たちの言うとおりにする」
一番に修司が賛同するように立ち上がった。
「樋渡さんが行くと言うなら、わたし達も……ね、彰」
「ああ。助けに来てくれてありがとう」
後ろにいる由紀と彰も、不安そうではあったが修司に続く。だが、幸太郎は無言のままだった。
「えっと、社長さんも一緒に行きましょう」
文也が恐る恐る声をかける。
アキの父親であることは博も文也も分かっていたが、まだ組織と関わりがあるかどうかは明確ではなかった。考えたくはないが、一瞬だけ嫌な想像が頭を過る。
「社長、こうして助けに来てくれたんですから一緒に逃げましょう」
由紀が急かすように言うと、幸太郎はようやく重い口を開いた。
「未来から来た樋渡さんの娘さんに君たちは会ったのか?」
その質問に博と文也は同時に頷く。
「それなら、その子と一緒に子供は居たか?」
「雛梨ちゃんのことですか? ええ、一緒に居ました。今は無事に親戚の家にいます」
さっきまでの強ばった表情が一気に消え、幸太郎の目にはみるみる内に涙が込み上げた。その姿で、彼は組織の一員ではないとふたりは確信する。
「詳しくはビルを出てから話します。今は誰にも見つからないようにここを離れることが先決です!」
博の誘導の声に4人は即座に足を踏み出した。
「これからエレベーターで1階ロビーに向かいます。今はセレモニーで人が多く出入りしているので、誰も俺たちには気付かないと思います」
辺りを警戒しながら廊下を進みつつ、博が説明した。
「外へ出たら、どうして俺たちが樋渡さんに協力してるのか、今後あなた方にやっていただきたいこと全て話します」
「浬や鴇は姫ちゃんと一緒じゃないのね?」
由紀が辛そうな顔で呟く。
「残念ですが……彼らふたりは」
そこで博は言葉を切った。
「そうよね。分かってる」
由紀は悲しげに返事をすると、それを励ますように彰が力強く手を握った。
「俺たちが生きれば今の浬くんや鴇ちゃんは違う人生を歩んでくれるさ。それを信じよう」
修司が笑顔で由紀と彰に告げる。だが、幸太郎は何かをずっと考え込んだように黙ったままだった。エレベーターに前に着き、呼び出しボタンを押す。誰も利用していないのか直ぐにエレベーターが下から上がってくるのが横の表示画面で確認できた。
「相田くん、宮下くん……君たちに聞きたいことがある」
もう少しでエレベーターが到着する頃に、幸太郎が遠慮がちに尋ねてきた。
「なんでしょうか?」
「君たちは彼らのように未来からやって来た人間なのか?」
唐突な質問に博と文也は顔を見合わせる。ここで嘘を言う理由は何一つない。博は幸太郎と向き合い、正直に答えた。
「違います。俺たちは歴としたこの時代の人間です」
「君たちはどう見ても学生だろ? そんな君たちがどうしてこんな大それたことを……そもそも何故、彼女の言ったことを信じることができたんだ?」
その問いに答えていいのか少しだけ躊躇う。だが、幸太郎の顔は怖いくらいに真剣で、話さなければいけないと思わせた。
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