86話 戦いの決意

 どのくらい車を走らせたのだろう。学校からしばらく走り、いつのまにか辺りはビルだらけの景色に変わっていた。そして、手慣れたように浬はある建物に向かっていく。そこがドリーム・レボリューションズ社なのだと、満里奈は沈む心の中で思った。

 車が停車すると、運転席から後部座席へと移動した浬は満里奈の手を掴む。


「なにするんですか!?」


 抵抗を込めた言葉を発するも、男の力には抗いようがない。簡単に両手を捕まれ、結束バンドで拘束されてしまった。


「あんたは人質だ。逃げられたら困るんだよ」


 素っ気なく、冷たい声を出す浬に満里奈は黙るしかない。


「今から俺の姉さんに会わせる。大人しく頷いておくのが利口だ。分かったか、救世主」


 満里奈は返事をしなかった。浬も返事は求めず、車から満里奈を連れ出す。どうやら地下駐車場のようで、あたりは蛍光灯以外の光はない。日差しがないというだけで、こんなにも孤独感に襲われるのだと満里奈は知った。

 浬は満里奈の肩を掴み、扉のある方へと進む。怖くてすくむ足、体温が下がる指先、それでも満里奈は前を向いた。


(絶対に逃げたりしません!)


 その同時刻、拓とアキは文也を連れて保健室へと入った。どうやら先生は不在のようだ。


「片倉が組織のやつに誘拐された」


 ベッドに寝そべるや否や、文也は拓にそう言い放った。拓もアキももしかしたらと予感してはいたが、直接耳にするとショックが大きい。


「ごめん、俺……ひとりで行動しちゃったばかりに」


「いいんだ、文也。怪我したんだろ? 今先生呼んでくるから」


 拓が席を外そうとすると、文也が制止するように腕を掴む。


「拓に渡さなきゃいけないものがあるんだ」


 そう言って、文也は握り締めていた赤い封筒を差し出す。


「満里奈を連れ去った組織のやつが拓に渡せって……たぶん、浬ってひとだと思う」


「手紙?」


 拓は封筒を受け取り、中身を確認した。中には一枚のメッセージカードが入っている。


「これって」


 覗き込んだアキが声を漏らす。


 ーー招待状。12月25日/10時、会場ドリーム・レボリューションズ社にてセレモニー開催のご案内。招待状持参でご来場ください。


 と、事務的な印刷文字が並んでいた。


「拓、裏に何か書いてある」


 文也の指摘に、拓はカードを裏返す。そこには手書き文字でこう書かれていた。


 ーー狭山 拓ひとりでワクチンを持ち、社長室へ来い。それが出来なければ救世主の命はない。


 拓の表情が一気に曇る。


(間に合わなかった……)


 最悪の仮定が現実になってしまったと、拓は肩を落とす。アキも言葉を失い、ただ沈黙していた。


「本当にごめん」


 文也の沈んだ声に、拓は我に返った。


「文也は何も悪くない。俺も満里奈のことちゃんと見れてなかった……俺にも責任あるから」


「わたしも」


 しんっと静まり返る保健室。だが、そこで立ち止まっている猶予はない。


「今から樋渡のところへ集まろう」


 拓は決意したように保健室のドアへと向かう。


「授業が始まる前に博を呼んでくる。アキは担任の先生にうまく説明しておいてほしい」


「分かった」


 アキも拓の後を追うようにして保健室から飛び出した。

 それから間もなくして、学校を抜け出してきた拓たちは姫のもとへと集まる。


「救世主が捕まってしまうなんて」


 話を聞いた姫は思い悩むように俯く。博もショックを隠しきれないでいた。

 今日を無事に過ごすことができていれば、満里奈は安全な海外に逃げられたはずだっただけに、この出来事は衝撃的だった。ただし、それは拓とアキを除く。


「俺はどこかで予想してたんだ。近いうちに組織が何かしらの方法で満里奈に接近してくるって」


 だいぶ痛みの引いた腹部を気遣いながら、文也が拓に視線を向ける。


「だから海外へ行くように進めてたんだ。でも間に合わなかった……もっと早く満里奈に提案するべきだった。俺の判断ミスだ、本当にごめん」


 拓は頭を下げ、みんなに謝罪した。


「拓だけの責任じゃない。みんな予測できてたことだ……誰が悪いとかじゃないさ。そもそも片倉さんがひとりで行動するなんて誰も予想してなかったし」


「覚悟させてたのは俺なんだ」


 博の慰めに拓はさらに姿勢を低くする。そんな拓の様子を不安げに見つめた。


「どういうことだ?」


「一週間前、俺の計画を話したあと……満里奈に言ったんだ。もしも組織の人が現れたときは抵抗しないで従ってくれって」


「けどそれは、みんなのことや満里奈さんを思ってのことだったんだから」


 アキが慌てて弁解する。


「でも、それが今回のことに繋がったんだと思う。満里奈は俺たちを守るためにひとりで浬の呼び出しに応じてしまったんだ。組織の言葉を無視したら、俺たちに危害が及ぶって分かってたから」


 落ち込んだ拓に文也が重い口を開いた。


「だったら全力で片倉を助け出そう。俺たちを守ってくれたように、俺たちの手で片倉を守るんだ! 反省会はその後だよ」


 一番に後悔を引き摺っているはずの文也から出た力強い言葉に、俯いていた拓が顔を上げる。


「そうだよな……ここで弱音を吐いても満里奈は助からない」


 拓は気合いを入れるために、両頬を思いっきり自分で叩く。


「聞いてくれ。俺が話した計画はもしもの時を想定して作った計画だ。だから、あの計画に変更はない……俺がひとりで社長室に乗り込む」


「そんなの危険すぎます! それにワクチンはどうするつもりなんですか? 持っていかなきゃ殺されるかもしれないんですよ!?」


 姫の心配をよそに、今度の拓は表情を変えなかった。何もかもを覚悟した、揺るぎない瞳をみんなに向ける。


「大丈夫……その事についてもちゃんと考えてる」


 拓は改めて、みんなに作戦を説明し出した。

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