84話 暫くの別れ

 それから一週間が過ぎた。

 満里奈がひとりにならないよう、さらに警戒を強め、どこへ行くのも誰かが側にいることを徹底していた。その甲斐もあってか、一週間が経っても組織の人が満里奈に何かしてくる様子はない。家にいる時は正直ハラハラしていたが、自宅には押し掛けてこなかった。


「満里奈、いいか?」


 夜になり、拓はアキと共に満里奈の部屋へと訪れる。


「どうかしたんですか?」


 満里奈は真剣な面持ちのふたりを不思議そうに見つめた。俺が言い出す前に、アキが口を開く。


「この間、拓が最悪な状況を仮定した話をしたでしょ? けど、それはできるだけ避けたい状況なのは満里奈さんも分かるでしょ?」


 アキの言いたいことがなんなのかを即座に悟ったようで、満里奈は立ち上がったままだった体勢を変える。ゆっくり絨毯に膝をつき、正座をした。それに合わせて、拓とアキも同じように座った。


「そうですよね。わたしが居れば迷惑なのは理解していました」


「迷惑だなんて考えてない! ただ、満里奈に何かあったら心配だから……無事でいられるなら逃げも必要だって考えたんだ」


 拓は慌てて弁明する。


「あの仮定はあくまで俺が想像しただけのものであって、実際そうなるとは限らない。だから、何か起こる前に組織の手が届かないところへ行くべきだ」


「分かってます。アキさんや拓さんがわたしを無下にするはずないですから……けど、やっぱり悔しいんです。ただ守られているだけで、何もできない自分が。もっと役に立ちたかったです」


 切なく笑う満里奈にアキはそっとてを差しのべ、手を握りしめる。


「わたしは未来でたくさん満里奈さんには助けてもらった。わたしも悔しかったの……満里奈さんをあんな形で失ってしまって、守ることができなかったことずっと後悔してた。今の満里奈さんを失ってしまったら、わたしが過去ここへ来た意味がなくなってしまう。だから、確実に守りたいの」


「アキさん」


「だから、今は組織から逃げることに専念してほしいの」


 アキの熱意を受け止めるように、満里奈は手を握り返す。


「分かりました。実はお母さんからしばらく海外へ来ないかと連絡が来たんです。こっちの病院へ移る手続きはしているのですが、あまりお父さんの状態がよくないみたいなので……側にいてほしいと」


「そうだったんだ」


「時間は限られてます。ですから、日本に移れるまでわたしも向こうへ行こうと思います。そうすれば、組織の人も簡単には襲ってはこられませんよね」


 笑顔で返すも、満里奈の瞳は涙で滲んでいた。


「ありがとう、満里奈さん」


「アキさん、拓さん……お願いです。怪我したり、無茶をしたりしないでくださいね」


「わかったよ、満里奈」


 拓が返事をすると満里奈は納得したように頷く。


「なら、明日にでも飛行機を予約して準備しますね」


「みんなで見送るから」


 はい、と返事をした満里奈にアキはあるものを手渡す。それはいつか、アキに預けた満里奈のネックレスだった。その中には世界を救うワクチンとなる物質が詰め込まれている。


「これ」


「海外へ行くなら持っていった方がいいわ。ここに置いておいたら危ないかもしれないし」


「分かりました」


 満里奈は大切そうにネックレスの入った箱を抱き締める。


「明日、学校に届けを出して……相田さんたちにもお別れを言わなくちゃいけませんね」


「すぐにまた会えるさ」


 拓は笑顔で言う。満里奈も微笑むも、その顔はどこか寂しげだった。

 次の日を迎え、学校へ行く道中で博たちに事情を話す。満里奈が危険な目に遭うことは博たちも懸念していたようで、拓たちの提案にすぐ賛同した。学校へ着くと、それぞれの下駄箱から上靴を取り出す。


「満里奈、職員室先に寄るのか?」


 何気なく拓が問い掛けるも、満里奈は珍しく考え事をしているようで、下駄箱から靴も出さずに佇んでいた。


「満里奈さん?」


 アキが背後から声を掛けると、満里奈は過敏な反応を示す。


「えっ!? すいません、なんだか感傷に浸ってしまってました! ダメですね、みんなと少しだけ離れるだけでこんなに寂しがってちゃ」


「わたしも寂しいよ」


 動揺を紛らわすように明るく振る舞う満里奈にアキは優しく答えた。


「わたしにとって満里奈さんは数少ない友人だったから……離れがたくなる」


「アキさん」


 満里奈は目を潤ませ、アキにそっと抱きつく。思いもよらない行動に、アキは慌てた顔をした。


「……アキさん、わたしに気にせず拓さんを守ってあげてください」


 そっと満里奈が耳打ちする。体が離れると、満里奈はまた昨夜のように寂しげに微笑んだ。


「職員室へ行って、先生と一緒に教室へ戻りますから先に行ってて大丈夫ですよ」


 取り出しかけたままの上靴をようやく地面に置き、満里奈は急ぐようにその場を去っていく。


「よほど、みんなと離れるのが辛いのね」


 アキが心配そうに告げる。


「けど、ここに居るよりも家族のところへ行った方が満里奈にとってはいいよ」


 満里奈が閉め忘れた下駄箱の扉を閉じながら、拓も少しだけ残念そうな声で言った。


「そんなに暗くなるなよ! 今日は放課後、みんなで片倉さんの送別会しようか! 少し早いクリスマスパーティーってのも良いよな」


 博が場の空気を変える。


「そうね。クリスマス当日は無理だものね……いい考えかも!」


「そうと決まったら、昼休みに何するか決めなきゃな!」


「プレゼントも用意しよう!」


 満里奈への送別会のため盛り上がる中、なぜか文也だけはだんまりしていた。いつも無口だから気にするほどでもなかったのだが、拓は少しだけ心に引っ掛かりを覚えた。

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