83話 拓の計画

 計画はこうだ。

 爆破実行の日に、拓ひとりが鴇に会いに行き、ウイルスの持ち出しを足止めする。

 拓が鴇と会っている間に、樋渡とともにアキ、博、文也が裏口からビルに侵入。二手に分かれ、ウイルスのデータと研究員のリストの持ち出しと、監禁された社長たちを解放する。それが出来たら、非常ベルを押し、ビルに集まった人たちに爆弾が仕掛けられていると避難を促す。そのさわぎに紛れ、脱出。

 後日、姫の両親に盗んできたデータを警察に持っていってもらい、ウイルスの実態を明らかにしてもらう。

 それが拓の描いた、犠牲のない作戦だ。

 拓の話した計画を聞き終えたと同時に、姫は不安を口にする。


「それは危険すぎではないでしょうか? わたしひとりで行った方がいいのではありませんか?」


 その反応は拓にとっては想定内だった。誰がどう考えても、武器も持たない学生が一緒に居るより、戦うことに慣れている姫だけが行動するほうが失敗のリスクは低い。拓たちは計画実行は役立たずだと言われてもしょうがないのだ。


「それに救世主をひとりにするつもりですか?」


 姫は満里奈に目を向ける。


「ウイルスが完成した今、救世主にいつ何があってもおかしくない状況なんです……爆破を手伝うよりも、今からでも救世主を遠くへ逃がすなり、隠すなりするのが先決ではありませんか? そもそも、この計画には問題点があります」


「問題点?」


 拓は聞き返す。


「確かにセレモニーが行われているとき、関係者は一ヶ所に集まるでしょう。その隙にデータを盗むことはできるかもしれません。監禁されたわたし達の両親も見張りなどはないはずなので、逃がすのも容易いかもしれません……けど、狭山さん……あなたが社長室から逃げ出すことは困難です」


 そう言い切ると、満里奈が不安そうに拓を見遣る。満里奈だけではない。博も文也も、アキも同じだ。


「しかも、鴇さんはきっと肌身離さずウイルスを持ち歩いている可能性があります。なにか察したら、狭山さんが危険に晒されるんですよ? 爆弾が作動する前に逃げられなかったら死んでしまうんですよ!? それに浬さんが鴇さんと一緒と居るとは限りません。もしかしたら、私たちの動きに気が付いて、阻止しに来る可能性だって十分有り得るんです!」


 姫は辛そうに顔を歪ませた。


「わたしがこの時代で死んだとしても、この時代で生きるわたしが無事なら何も変化は起きません。でも、狭山さんが死んだら狭山さんの未来は絶たれてしまうんです……そんなリスクを冒す必要はないんじゃないでしょうか?」


 そう言われて、拓は微笑む。


「確かにそうかもしれない。けど、俺が鴇を引き付けておかなければ樋渡たちはすぐに見付かってしまうし、博たちの助けがないと監禁された人たちを救出するのは難しい。姫ひとりが背負うものじゃないと思う。それに監禁者を解放しないと警察へ行く人が居なくなっちゃうしね」


「けどっ……」


「俺は死なないよ」


 反発する姫に拓は言い切った。


「これは死ぬための選択じゃない。生きるための選択だ……俺は何がなんでも逃げ切ってみせる。だから、誰も犠牲を出さないために姫もこの計画に協力してほしいんだ」


 しかし、姫はどこか納得のいかない顔をする。姫の言い分を聞いた博と文也もどこか迷いを表情に滲ませていた。すると、アキが少し大きめの声で話し出す。


「姫が不安だっていうなら、わたしが後で拓を助け出しに行くわ。その代わり、武器とかあれば渡してよ? 手ぶらじゃわたしも戦えないわ……それでも不安だって言うなら、盗んだデータをその場で両親に手渡して、わたしと一緒に社長室へ乗り込んでくれてもいいわ。それなら脱出成功率も上がるんじゃない?」


「それはそうかもしれませんが……」


 どんなに説得されても不安は拭いきれないと言いたげな姫に、拓は最後の言葉を告げる。


「俺はこの計画で救いたいのは今の時代の人たちだけじゃない。未来から来た樋渡たちも救いたい……確かにこの時代で死んだとしても未来には影響はないのかもしれないけど、俺は樋渡に生き抜いてほしい。そして、未来に帰って見てほしいんだ。俺たちで守った世界を……浬や鴇さんと一緒に」


 拓の優しい言葉に、姫は涙を滲ませていく。


「狭山さん、あなたって人は」


「どうしようもないお人好しだよな」


「そしてお節介」


 博と文也がからかいながら笑い出す。すると、満里奈がそっと手を上げる。


「本当はわたしもみんなと一緒に戦いたいです。でも、その日のわたしがやるべきことはみんなを信じて待つこと……帰ってくることを祈ってます」


「……満里奈、ありがとう」


 拓はどこか切ない表情で返した。


「分かりました。その計画、必ず成功させましょう」


 姫が勢いよく立ち上がる。そして、初めて拓たちに笑顔を向けた。


「狭山さん、みなさん、ありがとうございます」


「お礼は成功してからだろ?」


「えっと……なら、これからよろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしくなっ!」


 その日はそこで解散し、みんなは家路につく。


「明日は樋渡さんに社内の地図を作成してもらいましょう。あと準備は……拓?」


 家についてから、拓の様子がおかしい。いや、その前から少し変だったことにアキは気がついていた。


「満里奈さんに返事してたときもなんだか変だなって思ってたんだけど、何か気がかりなことでもあるの?」


 その会話を満里奈も不安げに窺っている。


「実は……アキと満里奈にだけ話しておきたいことがあるんだ。と言っても、これは俺が勝手に想像した最悪な状況を仮定したものなんだけど……でも、そうなった時に覚悟してほしいんだ」


「話してみて」


「満里奈、いいか?」


 恐る恐る拓が確認すると、満里奈は決意したように頷いた。


「はい! 大丈夫です!」


 拓は重い口を開く。そして、静けさの中でそれは語られた。


 運命の日まで、あと19日……

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