81話 アキのいない日
その日一日は生きた心地がしなかった。
アキがいないと言うだけなのに、ただそれだけのことが不安で仕方がない。アキは決して戦闘にかけて有能なわけでもないし、武器を持っているわけでもない。拓と同じ普通の高校生で、満里奈同様のか弱い女の子。そう理解していても、アキが居ないだけで拓はひどく不安に感じた。
いつ組織の人間が満里奈を襲ってくるか分からない。あのガラス窓を吹き飛ばした武器を使って攻撃してくるかもしれない。ウイルスが完成した今、何が起こってもおかしくない状況。いつになく、拓は落ち着きがなくなっていた。
休み時間に満里奈が席を立つと、即座にどこへ行くのかを確認してしまう。それは拓だけの事ではなかった。文也も博もいつになく満里奈の様子を伺っている。さすがにトイレにはついては行かないが、どこで何が起きるかなんて分からない。常に満里奈から目が離せなかった。
「すみません、心配をかけてしまって」
お昼休みに満里奈が拓と文也に対し、申し訳なさそうに謝る。
「満里奈が悪い訳じゃないから」
気を遣わせてしまったことに拓は慌てて訂正を述べた。
「日頃どれだけアキに頼りきってたか痛感してるんだ。俺もしっかりしないとって反省したよ」
「まあ、アキさんが居ても組織に襲われたらどうしようもないけど……これを期に対策を考えなきゃならないことは再確認できたかもしれないね」
文也にしては珍しく言葉数が多い。それだけ文也も危機感を感じているのだろう。
「わたしもできるだけひとりにならないように気を付けます。みんなに頼ってばかりではいけませんよね」
「片倉さんは今は誰かに頼っていいと思う。片倉さんに何かあったら未来に影響するんだから、自分ひとりで頑張る必要はないよ……こんな俺たちじゃ頼りないだろうけどさ」
文也がいつになく喋る姿に拓も満里奈も驚いたように目を見開く。話終えてから視線に気づいた文也は急激に恥ずかしくなったのか目線をわざと逸らした。
「ありがとうございます」
「別に大したこと言ってないから」
満里奈は嬉しそうにお礼を言うと、文也が素っ気ない返事を返した。
「そういえば、アキさんから何か連絡は来ましたか? 雛梨さんを無事に送っていけたでしょうか?」
その問いかけに拓は苦笑いを浮かべる。
今朝あんな会話をしたせいか、なんとなくアキに連絡を取りづらくなってしまっていた。けれど、アキのことだから雛梨を送り届ければ連絡してくれるだろうと当たり前のように考えていたのだが、半日経っても音信不通。いくらなんでも遅すぎる。
満里奈に言われて尚更、アキの安否が気になってしまった拓はようやくスマホを操作し出した。
ーー雛梨ちゃんは無事に家に帰ることはできた? みんな心配してるから連絡して。
そう打って、少し思い悩んだ末に送信ボタンを押す。だが、昼休み中に既読が付くことはなかった。
アキの返事が来たのはそれから三時間後。もう授業が終わり、みんなで姫のところへ向かっている道中だった。
ーー雛梨は無事に帰ったわ。今は樋渡さんのところへ着いたから、詳しいことは会ってから話す。
とりあえず無事だったことには安堵する。しかしながら、今まで返事をしなかったことに拓は少しモヤモヤしていた。
(俺が好きって告白したわりには対応が冷た過ぎないか?)
そうは思ったものの、拓はその考えを振り払う。
(何もかもが終わったら未来に帰るんだ……アキがどう思っていても俺には関係ないよな。どうせ俺が知ってるアキにはもう二度と会えないんだから)
アキのいない未来を想像する。けれど、いくら想像を巡らせてもアキの存在しない未来は拓には見えなかった。
姫のところへ行くと、いつもと変わりないアキが拓たちを出迎えた。
「今日はごめんね。思ってたよりも時間がかかっちゃって……けど、今日は何もなかったみたいで安心したわ」
笑顔のアキに拓は複雑な感情が抜けきらず、笑顔をつくって頷くのが精一杯だった。代わりに満里奈が明るく返事を返す。
「アキさんこそお疲れ様でした。雛梨ちゃんはどうでした?」
「わたしは家の前まで連れていっただけだから……親戚の人にわたしの顔を見せるのは不味いからね。どっちかって言うとわたし母親似だから、バレるのは面倒だし」
「そうですよね。けど、雛梨ちゃんがひとりで戻ってきたら今までのこと聞かれるんじゃないでしょうか?」
「それは心配ないわ。そうならないように、時間をかけて言い訳を雛梨に教えたから……そのせいで時間が余計にかかっちゃったのよ」
アキの考えた言い訳を満里奈と話し、笑い合う。そんなふたりを拓は無言で見つめた。
「あの、お話ししてるところ申し訳ないのですが……そろそろ本題に進んでもいいでしょうか?」
ずっとソファに座っていた姫が真剣な顔を向ける。
「それもそうね。こんなところで雑談してる暇はないわ……これからのことを話し合いましょう」
アキは一瞬で笑顔を消し、姫と向き合うようにしてソファへと腰かけた。それを見た拓たちそれぞれ空いている場所に落ち着き、第一声を待つ。
「わたしは変わらず、爆破を実行した計画で進みたいと考えています」
静けさの中で姫は堂々とした声で言った。
「犠牲は多いかもしれませんが……爆破はなくてはなりません。今の時代で組織関係者が消せるなら未来は確実に変わります……ただ、わたしがやることは爆破ではなくなりました。時間が来れば浬さんの設定した時刻に爆破は起きますから、わたしの計画はウイルスの抹消です」
「ウイルスって爆破では消えないものなの?」
文也が素朴な疑問を呟く。
「ウイルスは熱に弱いので、爆破されれば消滅してしまうでしょう。けれど、鴇さんは世界にウイルスをばらまくことも考えてますから……爆破が起こる前に外に持ち出す可能性があります。なので、わたしがやるべきことは鴇さんをビルから出さないこと」
「それってつまり……爆破で鴇さん道連れに樋渡さんも死ぬってこと?」
アキの問いかけに、姫は「はい」一言だけ返した。
「この時代で死んでも構いません。未来には何も残ってませんから……だから」
「そんなの駄目だ」
拓は無意識にそう言い放つ。
「俺は誰も死なせたくない」
その言葉にみんなは一斉に拓を見つめた。
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