76話 隠された計画

 話を進める前にお互いを知ることが先である。そう拓は思った。


「樋渡、紹介しておく……俺の友達で、協力者の博と文也、そしてアキだ」


 名前を呼ばれた順で会釈を交わす。姫はどことなく目線が定まらず、挙動不審な様子。


「で、満里奈のことは分かるよな」


「はい」


 姫は気まずそうに満里奈を見上げた。


「はじめまして、樋渡さん」


 満里奈に笑顔で挨拶されたが露骨に目を逸らす。それもそうだ。当然の反応だろう。

 過去へ来る前に殺めてしまった人が目の前にまた現れたのだから、姫にとっては落ち着けない空間だ。それでも今は嫌でも向き合わなくてはいけない。拓は遠慮なく話を進めていく。


「博たちには話したけど、こちらが樋渡 姫さん。そして雛梨ちゃんだ。俺とは病院で会ってる」


「病院で?」


 姫は病院でというのが引っ掛かったのか聞き返してきた。拓は病気のことまでは話すつもりはなく、その問いかけには答えなかった。


「それよりも姫、浬から貰った手紙についてなんだけど」


「そうでした」


 姫は慌ててテーブルの上にメモ帳ほどの小さな紙を広げた。


 ――爆弾は時限爆弾。爆破日時は12月25日、11時。との指示をしたが、20分ほど鴇には秘密でずらして設定した。もしかしたら、鴇には別の目的で爆弾を使う可能性がある。


 それだけが書かれていた。

 拓は思わず黙り込んでしまう。聞いていた計画とは明らかに違っていたからだ。


「どうしたの? みんなおこってるの?」


 雛梨が心配そうに拓の顔を覗き込む。


「いや、怒ってないよ」


 笑顔をつくるも、雛梨はどこか不安そうだ。そんな雛梨を見兼ね、満里奈が動く。


「そうです、雛梨さん。二階に綺麗な洋服がたくさんあるんです! 見に行きませんか?」


「え、見たい!!」


「ありがとう、満里奈」


 満里奈の気遣いに拓は素直にお礼を口にした。満里奈は微笑んで頷き、雛梨と二階へと上がっていく。その姿を見届けてから、拓はまた姫に向き直した。


「本当なら爆破を阻止して、ウイルスを世界にばらまくのが三人の復讐計画だったんだよね? それを止めるために樋渡さんは爆破を実行しようとしてた……けど、この手紙が本当なら俺たちがやろうとしている爆破計画は無意味になるかもしれないってことだ」


「そういうことになります。鴇さんがどういう理由で爆破を計画しているのかこの手紙だけでは分かりません……きっと浬さんにも知らされていなかった可能性があるので、鴇さんの独断で遂行された別計画なんだと思います」


「浬に聞けば分かるかもしれないけど……連絡は出来ないよね?」


「すみません、携帯電話は持っていますが……使用すれば鴇さんに居場所を知られてしまう可能性があるので電源すら入れられません。今捕まったら、逃げ出してきた意味がないので」


「それもそうだ」


 そこで会話は途切れてしまう。

 鴇がどんな考えを持って爆破を実行しようとしているのか不明なのだから、拓たちには計画の立てようがなかった。


「爆破日時なんだけど……12月25日に何があるとか分からないかな?」


 文也の一言に拓ははっと目を見開く。


「文也、ナイス!」


 拓はスマホを取り出し、検索画面を開いた。検索キーワードに“ドリーム・レボリューションズ社 イベント”と入力する。検索結果がずらっと出てくる中で、あるネットニュースの記事に拓は確信を得た。


「もうウイルスは完成したんだ」


 アキは慌てて拓の手元からスマホを取り上げる。


 ――ドリーム・レボリューションズ社、新薬開発に成功する。発表も兼ねたセレモニーを開催。多くの著名人やスポンサーが招かれ、盛大に祝うことが発表された。開催日12月25日。会場ドリーム・レボリューションズ社、10時開催予定。


 アキの指先が震えだしたと同時に、持っていたスマホが床に転がる。


「……完成してしまった」


 博と文也も表情を曇らせていく。拓はそっとスマホを拾い上げると、姫にスマホを渡した。


「きっとこの日が俺たちにとっての運命の日になると思う」


 記事を読んで、姫は静かに頷く。


「きっと、鴇さんは本当に何もかも消し去る気なのかもしれません」


 黙ったままだった博が口を開いた。


「けど、ウイルスが完成したなら爆破をしなくても復讐はできるんじゃないか? 爆破にどんな意図があるんだ?」


「これは推測なんですが……ウイルスは万能ではないのかもしれません。完成したとしても、人体実験までは行っていないでしょうから、ウイルスの完成度が不安なのでしょう」


「それはつまり、爆破はウイルスが効かなかった時のための保険ってことか?」


「そうなのでしょう。セレモニーでウイルスに関わった関係者が勢揃いしますから……爆破すれば一瞬で復讐は終わります」


「それなら、はじめから爆破だけの方が簡潔だったんじゃ」


 姫の瞳がすっと冷たい眼差しに変わる。


「復讐したい相手が楽に死んだら嫌じゃないですか」


 思わずみんな息を飲んだ。そんな反応を見た途端、姫は慌てて顔を伏せる。


「ご、ごめんなさい。わたしは鴇さんの考え方に一部反対ですが……やはり、自分達を苦しめた相手にはそれなりの制裁が下ればいいと考えています。しかしながら、この復讐を成功させるためにわたしも多くの人をこの手で殺めてしまったのは事実です……こんなことを皆さんに堂々と話す資格はありません」


 今の時代を生きている幼い姫がこれから辿る末路を知っているからこそ、彼女の考え方が間違っているとは言えなかった。

 そんな中、意外にもアキが声を発した。


「あなたは確かに罪をおかしたのかもしれない。それでも、この馬鹿げた復讐劇を止めようと自力でわたし達のところへ来てくれたんだから、今は後悔なんかしてる暇はないんじゃない? これを繰り返さないで済む未来にするために頑張らなきゃならないんだから……下なんか向かないで」


 その言葉は姫の心を強く揺さぶった。彼女の瞳からは音もなく涙が溢れ、頬を濡らす。


「アキの言うとおり……今は俺たちの仲間なんだから一緒に成し遂げよう」


 拓の言葉に姫は泣きながら笑顔で返事をした。

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