75話 突然の再会
満里奈の誕生日は大成功に終わった。
この時間だけは、これから未来に起きるであろう出来事を忘れられた気がする。それぐらいに楽しい時間だった。
それから月日はまた過ぎていき、季節はすっかり冬を迎えた。かといって、都会だから雪が降るわけではない。12月を迎えても気候はよく、日中の日差しはほどよい暖かさを感じた。冬を感じるとすれば、時おり吹き始める冷たい木枯らし、茶色一色に染まった落ち葉、それくらいだろう。雪が降ればもっと冬らしいだろうが、それはまだ先のことになりそうだ。
季節が変わっても、浬からの連絡は今だになかった。少し前まではいつ連絡が来るかとそわそわしていたが、どこか諦めが漂い始めている。爆破計画が無理であるなら、もう全力で満里奈とワクチンを守るしかない。
拓だけでなく、みんながそう考え始めていた。
「こうやって一緒に帰るのって久しぶりだな」
冬休み間近の期末テスト期間で、部活動が休みになった。生徒会もないため、久々にみんな揃っての帰宅。どこか博が嬉しそうに呟く。年が明ければ博は受験で、一緒にいられる時間は減っていくだろう。それを知っているからこそ、今の時間を噛み締めているに違いなかった。
「みんなはクリスマスどう過ごしますか?」
満里奈が明るい声で訊く。
「俺は受験だけど、クリスマスぐらいは楽しみたいな」
「だったら、みんなでクリスマスパーティでもしちゃう?」
「いいですね! みんなでプレゼント交換とかしたいです!」
「それいいね。わたし、友達同士でクリスマス過ごしたことないから夢だったんだ」
「わたしもです! クリスマスツリーだったら家に使ってないのがあるから持ってきて飾り付けしましょう!」
博の発言から、女子らしい発想が飛び交い始める。男子三人は苦笑いを浮かべた。
とても賑やかなクリスマスになりそうだと誰もが思った矢先だ。
「狭山さん」
後ろから突如、聞き覚えのある声がした。正確には、拓だけが知っている声がした。
拓は瞬時に振り返り、目に写り込んだ人物を凝視する。
「樋渡さん……?」
まさか再会できるとは思っても見なかった彼女の姿に拓はただ名前を呟くことしかできなかった。そして、名前を聞いた博たちもまた同じ反応で彼女を見据える。
「すみません、ここへ来るのが遅くなりました」
姫はひとりではなかった。幼い少女が警戒したようにこちらを見上げる。だが、拓の顔を見た途端に強張った表情が緩み、笑顔を見せた。
「まさか樋渡さんと居たのが雛梨ちゃんだったなんて」
拓の発言に後ろにいた博たちが僅かにざわつく。視線は一気にアキに向けられたが、それに対しての反応はなかった。アキはただ無表情で雛梨を見つめている。過去の自分と会ったにも拘らず、その顔に感情は籠っていなかった。雛梨とアキの事実を知らない姫は気付くことはない。
「もしかしてお知り合いだったんですか? そんな偶然あるんですね」
「まあ、少しだけ……けど良かったよ。無事に逃げ出せたんだな」
「ええ、なんとか……詳しいことは場所を変えて。たぶん、わたしが抜け出したことにもう気付いてしまっているでしょうから」
拓たちは少しだけ悩んだ。拓の家が安全だとは言い切れない。
「あの、わたし……良い場所を知ってます」
満里奈の提案にみんな従うしかなかった。
駅近くのビルが密集する路地をしばらく進んだところに、築年数が相当古そうなレンガ造りの建物が一件。満里奈は鞄から古びた鍵を取り出し、手慣れたように扉を開けた。中に入ると本や絵画が置かれただけの生活感のない空間が広がる。ほこりよけの布が掛けられたソファとテーブル、今時なかなか見掛けない薪ストーブ。小さなキッチンには必要最低限の物しか置いておらず、あまり人の出入りがなかったのだとすぐに分かった。
「ここは?」
拓が思わず満里奈に質問を投げ掛けた。
「お母さんが仕事で昔使ってた別宅みたいなものです。仕事が忙しくてひとりになりたい時や、お父さんと喧嘩した時はいつもここに籠ってたんです」
なるほどと、拓は納得する。ほこりよけの布を取り払い、薪ストーブに火を灯す。数分も経つとじんわりとした暖かさが部屋に広がり始めた。
「どうぞ」
満里奈が人数分の紅茶をテーブルに並べる。
「ありがとうございます」
雛梨がにっこり笑って満里奈にお礼を言うと、それを見つめたアキが複雑そうに微笑んだ。
「すみませんでした……本来ならもっと早く会いに来るはずだったんですが、やむを得ない事態が起きてしまって」
「浬から連絡をもらっていたよ。監禁されてたんだから仕方ないよ」
「浬さんが? それは想定外です」
表情を曇らせた姫を見て、博がすかさず質問した。
「樋渡さんはどうやって逃げてこられたんだ? その言い方だと手助けはなかったってことだろ?」
姫は戸惑ったように博を見てから、目線を拓へと向け直す。
「逃げ出せたのは奇跡でした」
そう言って姫はこれまでの出来事を話し始めた。
監禁され、長い時間を雛梨と過ごすことになってしまった。浬が接触するのは食事を運んでくる時だけで、逃がすような素振りは全くなかったという。それもそうだ。24時間、監視カメラが姫たちを見張っている。なにか浬が怪しいことをすれば、カメラ越しで見ている鴇に直ぐ様バレてしまう。姫は半ば、逃げ出すことを諦めつつあった。
だが、事態は一変する。ある日の食事に手紙が紛れ込んでいた。浬からだ。
その手紙を受け取った一週間後、偶然にもそこが監禁場所だと知らずに入ってきた警備職員のおかげで姫は部屋から出ることに成功した。カメラには映ってしまっただろうが、裏口からうまく脱出し、鴇が気付く前にビルの外へと脱出。そして、今に至る。
「雛梨さんを先にご両親のもとへ送り届けようと思ったのですがお母様が入院中と聞いて、仕方なくふたりで狭山さんの所へ行くことにしたんです」
「そうだったんだ」
「お姉ちゃんとたっくんってお友だちだったの? こんな運命的な再会もあるのね」
なんて、雛梨が空気に合わない発言をする。
「ああ……ほんと、運命だね」
浬がおもりを頼むと言っていたのは覚えていたが、まさかそれが雛梨のことだったとは驚きの展開だった。拓は気の抜けた返事をし、アキは過去の自分が目の前にいて複雑なのか常に眉がピクついている。それを知ってか知らずか博と文也は、たっくん呼びが面白かったのだろう。隣で笑いを必死に堪えていた。満里奈すら、つられて笑い出しそうにしていた。
説明することや聞かなくてはいけないことが山のように溢れ出す。これは長丁場になるだろうと、拓は密かに覚悟した。
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