70話 幸太郎の思惑

「雛梨がここに居るのか?」


 幸太郎が弱々しく訊く。浬はニヤリと笑った。


「離婚して会っていない娘でもやっぱりショックがでかいんだな」


「無事なのか!? 雛梨に何かしたら許さないぞ!!」


「あんたがちゃんと情報を提供してくれれば何もしやしないよ」


「ほ、本当か……爆弾は」


「社長!」


 口走りそうになる幸太郎を透かさず止めに入ってきたのは修司だった。


「本当に監禁されてるのか分かりもしないのに」


「いや、しかし」


 明らかに動揺を滲ませる幸太郎に対して、由紀は冷静な口調で浬に問い掛ける。


「本当に監禁されてるか証明してほしい。本当に無傷で、無事なのか証拠がなければ、わたし達は協力できないわ」


「証拠を見せれば協力するってことだな」


「犠牲はわたし達も望んでない。あなたにも辛い経験をさせたのだから、こんな事態を招いたのはわたし達の罪だと思ってるわ……何を目的に爆弾の場所を知りたいのかは分からないけれど、それがあなたの未来を救うことになるなら、それを受け入れるしかないわ」


 自分の母親の言葉は心を揺さぶる。それでも浬は必死にそれを隠した。


「いい心掛けだな」


 浬はスマホを取り出し、みんなに見えるように向けた。画面には狭い和室で話をしている雛梨と姫の姿が映し出される。


「雛梨!」


「姫……どうして監禁なんて」


 幸太郎と修司が同時に声を漏らす。そんなふたりを見兼ね、彰が冷静な口調で浬に訊いた。


「姫は君の仲間だったんだろう? どうして監禁なんてひどいことをしたんだ」


「それはこいつが俺たちを裏切ろうとしたからだ。あんた達は姫に爆弾の場所を話したんだろう? それも裏切り行為なんだよ」


 返された言葉に反論の余地はない。彰も黙り込む。


「さあ、話してもらおうか? 犠牲者が増えるのが嫌ならちゃんと話せるだろ?」


「分かった。何でも言うことを聞く! 娘のためだ、俺はなんだってする!」


 いつになく取り乱す幸太郎の様子に、浬を除く三人は少しだけ驚いた顔で見つめていた。


「今造り出しているのがウイルスだろうがなんだろうがそんなのわたしは関係ない。なんならお前たちの仲間になってもいい……その代わり、わたしだけは生かしてくれないだろうか? 運命では俺は死ぬかもしれないが、それを知った今なら未来を書き換えられることができる。娘と妻のために俺は死ぬわけにはいかないんだ!」


 手足を縛られながらも立ち上がり、浬にじりじりと近寄る幸太郎は誰から見ても気味が悪かった。浬は問答無用で幸太郎の腹を足で軽く蹴飛ばす。強くなくとも幸太郎は簡単にバランスを崩し、その場で倒れ込んでしまった。


「お前の手助けなんて要らないんだよ。さっさと爆弾のありかを吐け!」


「わたしはこの会社の社長だ! わたしが協力すれば常務や専務もすんなり指示に従う! あんな女ひとりでこの会社を乗っ取りきることなどできない!!」


「社長! あんた正気か!? 自分と娘が助かればそれでいいのか!?」


 我慢が限界に達したのか、修司が憤怒した様子で怒鳴った。


「お前達が生きようが死のうが関係ない! そもそも監禁されたのだってお前たちから情報を引き出すためだったんだ!!」


「ひどい! わたし達をはじめから裏切るつもりだったの!?」


「最低なクズ野郎だ!」


 由紀と彰も修司に続くように叫びだす。だが、幸太郎は動じもせずに笑みを浮かべた。


「所詮人は自分が一番大事なんだ。世界がどうなろうが自分の家族が助かるならどんな犠牲だって払える」


「馬鹿らしい」


 浬の一言にピタッと静まり返る。


「なにを誤解してんのか知らねぇけど、あんたは交渉できる立場にないから……娘の命が惜しければ爆弾のありかを言え。それができなければ、娘は殺す。ただそれだけで、それ以上のことは頼んでない」


 浬の冷えた眼差しが幸太郎を捉える。


「そんな、わたしには利用価値があるんだぞ? わたし無しで何ができるんだ?」


「あんた、おめでたい奴だな。最初からあんたに利用価値なんてないんだよ……現にウイルス開発の最前線に立つ姉さんに常務も専務もペコペコしてるぜ? ウイルスを買いたい企業は未来を知ってる姉さんの方が詳しいからな。あんたの出る幕なんて初めからないんだよ」


 浬が嘲笑う様子に幸太郎の顔色はみるみる内に青ざめていった。


「いいことを教えてやろう。あんたが死んだあとは常務と専務、研究室室長が組織を仕切っていた……組織のほとんどはウイルスによって得られる利益に目が眩んだ愚か者だ。莫大な金欲しさに、あんたは初めから邪魔者だったんだろうな。だから、こいつらが必死に訴えてきた言葉もあんたには伝えられなかったんじゃないか?」


「それは……どういう意味だ? 未来に起こった爆破テロはこいつらじゃないのか?」


「それはどうだろうな。死人に口なしだ……真実は俺たちも知らない。けど、あんたの今の惨めな姿を見る限り、巻き込まれたと言うよりは意図的に爆破の犠牲者にされたって方がしっくりくるよ」


 幸太郎はショックのまま床に顔をつけ、涙を滲ませた。


「この研究は……わたしにとって重要なものだったんだ。なのに……こんなっ」


 浬は情けない声を発する幸太郎に溜め息を漏らし、やれやれと首を振った。


「こっちは話せなさそうだから、あんたらが教えてくれ……爆弾のありかと、爆破方法を」


 幸太郎を呆然と見つめていた三人に浬の目が向けられる。


「別に俺は犠牲者がどっちになっても構わないけど? なんなら、姫を拷問して聞き出したって構わないんだ。それをしないでこうやって頼んでいるのは俺の中に残ってる微々たる良心だ」


 そう断言した途端、観念したように由紀が口を開いた。


「分かったわ。話すわ……けど、約束してほしいの。この爆破はあなたと鴇、姫さんや雛梨さんも幸せな未来になるものにして」


「ああ、そうなるように努力する」


 そして、浬は由紀の口から爆弾のありかを聞かされる。聞き終えた浬は満足げに笑った。

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