69話 それぞれの計画
拓と話し終えてから数日がたった頃、浬はひとりパソコン画面を見つめたまま黙り込んでいた。
拓には姫を逃がすと言ったものの、鴇も前回の姫の行動でかなり警戒体制をとっている。警備会社に依頼して防犯カメラを倍に増やした。それによって浬の動きも随時観察されている状況と化している。ここで少しでも不振な行動をとれば姫と同じ道を辿ってしまう。防犯カメラのシステムをいじれば、鴇に知らせがいって終わりだ。それでもどこかに抜け道がないかと悩むがなかなか明暗が浮かばない。鴇が会社から離れてくれさえすれば、それなりにできることはあるのにと浬はため息を漏らした。
「浬、パソコン画面ばかり見てる暇があるなら別にやることがあるんじゃない?」
社長室の椅子に座りながら、鴇がこちらを睨み付ける。きっと本人は自覚がないだけで、もしかしたら睨んでいるつもりはないのかもしれない。声は不機嫌ではなかったからだ。長年、弟をしている浬だから分かることであって、姫あたりは全く気付けないだろう。いつも怒っている、そう思われていても仕方がない。
「姫と会っていた救世主の仲間のことは少しは分かったの?」
「調べてはみたけど、どこにでもいる平凡な学生みたいだ。幼い頃に両親を事故でなくして孤児院にいたこともあるけど、今は養子先で普通の生活を送ってる感じ?」
鴇に言われるよりも前、姫が拓と接触したあの瞬間から浬なりに情報収集をしていた。機械はわりと強い方だから、こういう探偵じみたことはパソコン一台あればわりと簡単にできる。狭山 拓の過去も今現在のこともある程度調べ上げていた。だから、拓の携帯番号も直ぐに分かった。鴇の監視が厳しくなる前に会えたことは浬にとっては幸運だった。しかしながら、今の身動きできない状況を考えると良好とは言えない状態だ。
浬の返しに鴇はどこか不服そうに片眉を吊り上げた。
「それだけ? その子は邪魔な存在なのか、それとも」
「無害だな」
浬は強気な声で鴇の言葉を遮った。
「だってあいつ、たいして生きれないみたいだし」
「どういうこと?」
「そいつのことを調べていくうちに、定期的に通院してることが分かったんだ。それで病院のシステムに潜り込んでカルテを調べたら……あら、びっくりっていう秘密を発見しちゃったんだよね」
「勿体振らないで早く言いなさい」
「そいつ、脳腫瘍であと一年も生きれないんだってさ」
そう告げた途端、鴇は大声で笑った。防音の社長室に鴇の高らかな笑い声が響く。
「姫もそんな死に損ないに協力を頼もうとしてたなんて哀れね」
一頻り笑ったところで鴇はまた浬に目を向ける。しかし先程より目元にきつさがない。きっと自分達に脅威がないことを知ったことで、わずかに気が緩んだせいだろう。
「それならいいわ。そんな虫けらが何か仕掛けたところでこちらは痛くも痒くもないだろうから、放っておきなさい」
「ああ、俺たちが何かしなくてもどうせ近いうちに死ぬ運命だ」
そう返したが浬の頭の中にはいくつもの疑問が飛び交っていた。
(生い先短いやつがどうして赤の他人の姫に、あそこまで協力的になれるんだ? それに、はじめから未来の俺たちを分かってるみたいなのも気になる。あの時の女が何か関係してるのか?)
うっすら記憶に残る自分にナイフを投げつけてきた女の姿。ブロンドの髪が印象的だから、もし以前どこかで会っていたのなら覚えている。だが、あの外見が逆に記憶を蘇らすことを妨害しているように思えてならなかった。彼女の名前や経歴は学校のシステムをハッキングして調べては見たが、経歴におかしなところは見当たらなかった。狭山 拓の母親とは遠縁の親戚で、両親が海外へ行っている間、どうやら居候をしているようだった。
(あの女が何か知ってるのか? 予言者か何かなのか?)
浬は考えることを放棄するように、パソコンを閉じた。
「それなら浬には別の仕事に取りかかってもらうわ」
「別の仕事? 俺、以外におもりで大変なんだけど」
「ついででいいわ。そろそろ爆弾の設置場所を聞き出してちょうだい。もうじきウイルスも完成するから急がないと」
「俺なんかより姉さんが言った方が迫力があってすぐ吐くんじゃない?」
「私も準備で忙しいのよ」
鴇が退屈そうに溜め息を漏らすと、面倒そうに腰を上げる。
「なに? また研究室?」
「違うわ。常務と専務の相手をしに行くの。あのふたりが組織と一番深く関わってるから、うまくコントロールしておかないと……勝手に暴走されても困るわ」
「ていうかさ、爆弾って何に必要なの? ウイルスをバラ撒けば俺たちの目的は達成じゃないの?」
鴇の目の色が一気に冷たくなっていく。
「わたしの恨みはウイルスが晴らすんじゃないわ。わたしがこの手で成し遂げるの」
勢いよく部屋を出ていく鴇を見送り、浬はどっと身体の疲労感からソファに寝転がる。
(俺が知らない計画があるってことか……まずいな、姫の計画は無意味になる。一体爆弾で何をする気なんだ?)
浬はそっとソファから起き上がり、またパソコン画面に目を向けた。
防犯カメラ映像を確認すると、鴇はどうやら常務と専務とまた会食に出掛けるようだ。これはまたとないチャンスだが、今は焦ってはいけない。防犯カメラには音声録音機能もついている。決して失敗は許されない。
浬は意を決して立ち上がり、そのまま目的の場所へと歩き出した。
「今日は爆弾のありかを聞きに来た。言わなければ誰かが犠牲になる……それが嫌なら話してもらう」
怯えるようにこちらを見上げる若き頃の両親。睨み付ける樋渡の父親、構えた顔をした幸太郎。それぞれの顔を浬は感情を捨てて、冷酷な顔で見下す。かつては憎くて仕方なかった子供の自分を懸命に演じる。
「何を犠牲にしてもこれは言えない!」
由紀が震える声で言う。浬はそんな母親の姿を哀れむような、蔑むような目で見つめて笑った。
「なら犠牲が出ても構わないってことだよな。誰にしようか? 今別の部屋ではあんたらの娘ともうひとりゲストが監禁されてるんだ」
驚愕の表情に変わる。ただ、幸太郎だけはまだ余裕を保っていた。
「ゲストの名前聞いたら、あんたもぶっ飛ぶぞ?」
浬の目線が幸太郎の視線とぶつかる。
「金森 雛梨……あんたに似てなくて可愛いんだな」
その一言で幸太郎の顔は蒼白していく。浬は勝ち誇った笑みを浮かべた。
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