68話 重ならない未来

 いつもよりも近い距離感にいるアキを見つめるのは、とても居心地が悪い。どうにも落ち着かない。


「アキは満里奈の代わりに俺を救いに来てくれた……花火大会の日にアキは言ってくれたけど、俺はアキに想われるほどのことはしてない。だから、アキの気持ちになんて返せばいいのか分からなかった……その、アキに嫌な思いをさせたなら謝りたかったんだ」


 恥ずかしさと気まずさで鼓動の音が大きく響く。


「ごめんな」


「謝らないで……あれはわたしが悪いのよ」


 拓の謝罪にアキは困った顔をする。


「変に意識して拓を避けてた……わたしの方こそごめん。突然、変なこと言われても返事に困るに決まってるわよね」


 今度はアキが気まずそうに拓を見つめた。上目使いで見つめられ、拓は返答に詰まる。


「もう避けたりしないわ」


「いや……俺が言わせたようなものだから」


「返事はしなくていいから……あれはわたしの一方的な気持ちだから気にしなくていいわ」


 返事をしなくていいという言葉に、拓は口を開くも頷くだけにした。


「あのさ、私も拓に聞きたかったことがあるんだけど……いいかな?」


「なに?」


「満里奈さんから聞いたんだけど、拓はどうして満里奈さんの告白を保留にしたの?」


 聞いてしまったかと拓は項垂れるも、そこで誤魔化しても仕方がないと考える。拓は包み隠さず話すことを選んだ。


「保留にしたのは満里奈に言われたからだけど……正直、あの時の俺は満里奈の気持ちに答えられる状態じゃなかった。まだ自分の未来に悩んでたし、病気のことも打ち明けてなかったし、満里奈の気持ちに向き合える余裕がなかったんだ」


 今までの経緯を知っているアキはどこか納得した顔をする。


「あの直後は保留にしてくれたことにホッとした。けど、今は返事を先延ばしにしたこと申し訳ないって思ってる……あの時、正直に自分の気持ちを伝えておけば良かったって思ってるんだ」


「今、満里奈さんへの気持ちは決まってるのね?」


「ああ……決まってる。だから、近いうちに話そうと思ってる」


 アキはきっと拓の気持ちを聞きたかったのかもしれない。何か言おうと迷った様子のアキだったが、結局はなにも言わなかった。


「それじゃあ、この話はおしまいね」


 後腐れなく話を切るアキに拓は慌てて声をかける。


「そうだ、アキ……お前だけに報告しておくよ」


「報告?」


 アキはなぜか頬を赤らめた。何故だろうと疑問に感じながら、それには触れなかった。


「実は母さんに手術を受けること話したんだ」


 アキの表情はたちまち輝く。


「お母さん、喜んだでしょ! だから、最近いつにも増して楽しそうだったんだね」


 あの夜から陽子は明らかに浮かれはしゃいでいた。夕食がやや豪華になったり、いつもはしないところを掃除し出したり、いきなり部屋の模様替えを始めたりとやたら忙しなく動き回っている。それに加え、今朝はあの放置された庭の草むしりを始めたのだ。

 拓は自分の一言で浮かれているのだと察することができただろうが、アキと満里奈からすれば少し不安に感じたのかもしれない。


「きっとそうだろうなって思ってはいたんだけど……満里奈さんがあんまりにもおばさんが落ち着きないから心配してたのよ」


 現にこう拓に返した。


「ごめん、あとで満里奈にも伝えておくよ」


 軽く謝り、再びアキに目線を合わせると、笑顔だったはずの相手の表情は全くべつのものに変化していた。悲しみなのか、不安なのか、それは読み取れない。ただあまり良いことは考えていないのだけは分かった。


「アキ?」


「ごめん、なんでもない」


 なにも話さないまま背を向けようとしたアキを引き留める。咄嗟に掴んだ肩は以外にも小さく感じる。なで肩なんだなっと、拓は無関係なことを思った。


「そんな顔されれば気になるだろ……言いづらいこと?」


 アキは返事の代わりに小さく頷く。


「話そうかどうか迷ってたの……拓がギリギリになっても手術を受けないって頑なだったら、最終手段で話して説得するつもりだった。けど、今は手術を受けるって決断してくれた拓にこれを話すべきなのか少し悩んだの」


「母さんのこと?」


 アキはそっと顔を向き、また頷いた。


「俺が手術をしないで死んだあと母さんに何かあったのか? アキ……教えて」


「わかった」


 体勢が変わったことで拓の手が肩からするりと外れる。


「満里奈さんから聞いた……拓が亡くなったあと、お母さん落ち込んで塞ぎ込むようになって、家から出なくなったって。それでも博さんと文也さんが頻繁に元気付けに行ってたら立ち直ってきて、また外に出るようになったんだけど……4年後の事件に巻き込まれてそのまま……」


 拓は言葉もなく俯いた。話の流れで何となく予想はできたから返事はあえてしなかった。


「拓?」


「大丈夫」


 拓は一度深呼吸をし、笑顔をアキに向ける。


「俺が生きることで母さんの運命は変わっていく……世界と満里奈を守れば、少なくとも誰かの未来を守れる。みんなが幸せな未来を生きるために頑張ろうって改めて思えた。話してくれてありがとう」


「拓……」


 アキの手がそっと拓へ向けられた。その時だった。

 階段下から満里奈の呼ぶ声がする。


「次、拓がお風呂入りなよ」


 アキは逃げるように拓の部屋へと飛び出していった。

 何もなかった。なのに、拓の心臓がやたらうるさい。


「いやいや……アキはあり得ないだろ」


 全力で自分自身を否定する。

 相手は未来から来た人間で、すべてが終われば帰っていく人。相手が自分に好意があったとしても、運命が変わった未来で再会できる保証はない。しかも年齢も離れている。今は同い年ではあるが、未来では10歳差だ。もしかしたら寝たきりになってしまうかもしれない相手と出会っても、恋なんて芽生えるはずなんてない。

 拓は邪心を振り払うように首を激しく振った。


「今は未来のことに集中だ。余計なことは……」


 否定すればするほど、今度は胸がチクチクと鈍く痛む。


「今アキにこの気持ちを伝えても……未来で俺が会うアキは何も知らないんだよな」


 答えたくても意味がない。心臓を激しく揺さぶる想いは、もしかしたら重なることはなくなるかもしれない。

 そう考えると余計に胸の痛みが増した。

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