67話 秘密の再会

 日曜日の昼下がり、拓はひとり人混みを避けながら大通りを歩いていた。

 あの日の夜、浬から掛かってきた電話はあまりにも一方的なもの。


「今度の日曜日、午後3時……ドリーム・レボリューションズ社近くの公園の噴水で待ってる」


 そう言って、拓の返事を待たずに通話を切ってしまった。

 姫からは浬が味方には出来ないと話していたからかなり悩んだ。アキたちに相談しようとも思ったが、きっと答えは決まっている。もしかしたら罠かもしれない。きっとそう言って反対されてしまう。

 分かりきっていたから話せなかったし、拓も行かない方がいいのではと考えてはいた。

 拓は言われた通りの場所を前にして大きくため息をつく。


(結局気になって来ちゃったんだよな……)


 博から報連相とあれだけ言われたのに、内緒で来てしまったことに内心後悔していた。罪悪感を抱えつつ、噴水近くのベンチに腰を据える。待ち合わせの午後3時、人通りは多いものの、浬の顔は覚えているから現れれば直ぐに気が付くだろう。だが、浬らしき人は現れない。

 騙されたのか、それとも別の人物が拓を狙って息を潜めているのか、様々な憶測が脳内を駆け巡る。しかし、その考えは一瞬で消え去った。


「狭山」


 いつの間にか拓の隣に深く帽子を被った男が座っていた。


「声は出すな、俺の話だけ聞いてくれ……どこで監視されてるかわからないから」


 驚きで浮かしかけた腰をまた戻し、知らない風を装いながら小さく頷く。


「姫がお前のところへ来たみたいだが、それが姉さんにバレて今は監禁されてる」


 思わず口を開きかけたが懸命に堪えた。


「姫は無事だ。怪我もない……姉さんには姫がお前に話した計画のことは報告してないから、爆破のことはなにも知らないから安心してくれ。どうにか隙を見て姫を逃がすことも考えてるから、何かあればまた連絡するから待っていてくれ」


 そう話終えた途端、浬はベンチから立ち上がろうとする。そんな浬に拓は小声で話し掛けてしまった。


「浬は味方なのか? 本当はどうしたいんだ?」


 浬の動きが止まる。きっとそのまま立ち去ってしまうかもしれないと拓は考えたが、浬はまたベンチに座り直した。さらに帽子を深くかぶり、ようやく聞き取れるような小声で話始める。


「俺は完全に姫やお前の味方にはなってやれない。姉さんがやろうとしていることを俺だって正しいことだとは思っていない……それでも、これまで経験したことが姉さんの心を壊してしまったって知っているから、俺は裏切ることはできないんだ。俺まで離れたら姉さんはひとりになってしまう」


「そ、それでも……」


 家族ならば間違った選択をしているならそれを教えてあげるべきではと言いかけたが、拓はそれを思い止まった。姫から聞いていた悲惨な過去を思い出してしまったからだ。

 姫よりも年齢が上な分、もしかしたらふたりはもっとひどい扱いをされていた可能性だってある。なにも知らない他人の自分が口出ししたら駄目なような気がして、拓は黙った。


「俺も分かってるさ。本当は止めなくちゃいけないことぐらい……けど、今の姉さんは弟の俺が言っても無駄だと思う。もう歯止めがきかない状態なんだ。俺が止めても裏切り者として姫のように監禁されるか、その場で殺されるか、その二択しかないだろうな……それほど追い詰められてるんだ」


 帽子の鍔のせいで浬の表情は窺い知れない。しかし、声を聞く限りなんだか苦しそうに聞こえた。


「そんな姉さんを止められないし、裏切ることもできない。ただひとりの家族だから……俺は最後まで側にいる。その代わり、姫はお前に必ず託す……あと悪いがも頼むかもしれない」


 最後の言葉に疑問を抱くも、浬は拓になにか言われる前に立ち上がる。そして背を向けたまま、なにも言わず歩き出してしまった。もっと聞きたいこともあるけれど、彼の事情を考えると呼び止めることはできない。浬までもが危険に晒されれば、姫の計画は実行できずに終わってしまうだろう。そうなれば、未来はもっと最悪なものと化してしまうと分かりきっていた。

 拓はただ座ったまま、知らない振りをしながら、浬を見送った。


「拓、一体どこ行ってたのよ!」


 家に戻ると、心配したアキが怒った顔をして玄関で仁王立ちしていた。


「ちょっとコンビニへ? 一時間経っても帰ってこないから満里奈さんと見に行ったのに、コンビニには居ないし……スマホに連絡しても全然でないし」


「ごめん、スマホは電源切ってた」


「コンビニに行った訳じゃないんでしょ?」


「ああ、嘘ついた。ちゃんと話すから」


 そう返すと、アキの表情が少しだけ和らぐ。

 花火大会での出来事があって素っ気なかったアキの態度は、あの日をきっかけに普段通りに戻った。普通に会話をしてくれるし、前のように笑顔も向けてくれるようになり、関係は戻りつつある。それは喜ばしいことなのだろうけど、拓は少しだけモヤモヤした気持ちを感じた。それがなんなのか、毎日のように考えていた拓ではあったが、その答えは導き出されていない。


「あ、あのさ……アキ」


「ん?」


「今ちょっと時間ある?」


「満里奈さんは今お風呂入ってるから……その間ならいいけど」


「なら、俺の部屋にいこう」


 拓は靴を脱ぐと、階段を上がる。アキは少し遅れ、足を踏み出した。部屋に入ると、気まずさと言うより、緊張感が漂った。表面上はもとに戻ったとしても、やはりお互いどこかで距離を作っている。それが何となく雰囲気で伝わってきた。


「今日は浬に会ったんだ」


「え!? 大丈夫だったの? どうしてひとりで行ったりしたの! もしも罠だったら無事じゃ済まなかったんだよ」


「けど、こうして戻ってこられた……浬とは話をしてきただけだから安心して」


「分かった。その話はみんなとしたいんだろうから後ででいいわ……それで? ここに呼び出したのは別の用件なんでしょ? 話してよ……」


 拓は呼吸を整える。そして、アキと目を合わせ向き合った。

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