71話 犠牲なき爆破

 情報を聞き出した後、すぐさま浬は部屋から出ていってしまう。残された空間にはどんよりと重たい空気が漂っていた。


「社長にはガッカリしました」


 由紀が吐き捨てるように呟く。


「同じ子供を持つ親なら、自分の保身よりも未来を担う子供たちを最優先に考えなければいけないのに」


「あんたなんか信じた俺たちが馬鹿だった」


「もし生き残ることができたら、あんただけは刑務所にぶちこんでやる!!」


 由紀に続き、彰も修司も未だに踞り動かない幸太郎に厳しい言葉をぶつけた。


「俺は生きなくちゃならないんだ……」


 幸太郎が一言呟き、修司は怒りの籠った目を向ける。


「離婚したあと妻は病気になった。それも今の医学では治せない難しい病気だ……妻が居なくなれば、雛梨はひとり取り残されてしまう。だから、この研究はわたしにとっては必ず成功させなければならないものだった」


「もしかして、奥さんを治すための研究だったんですか?」


 由紀の問いかけに幸太郎は微かに頷く。


「世界を滅ぼすようなウイルスを作るためにわたしはここまで頑張ってきた訳じゃない……なのに、何もできないまま死ぬなんて、わたしはどうしたらいいんだ」


 ついに泣き出してしまった幸太郎に、三人は顔を見合わせ、困惑した表情をした。


「もし研究が失敗だったとしたら俺は死ぬわけにはいかないんだ。雛梨にはわたししかいないんだ。どんなひどい人間になってもいいから、刑務所でもなんでも入るから……雛梨だけは失いたくない」


 しかし、どんなに嘆いたところでもう自分たちには成す術はない。それを知っているからこそ、誰も希望を口にしなかった。

 部屋から出た浬はしばらく考え込んだあと、鴇にメールを送信した。


 ーー爆破のありかは分かった。爆弾は時限式だ。指定の日時と時間は俺が変更するから指示してくれ。


 暫くすると、鴇から“了解”とだけ打たれた返信が届く。


「後はあいつをどうするかだ……」


 すると、警備の制服を着た男が横を通りすぎていった。姫と雛梨の監禁場所を警備員の休憩室にしたから、今は別の部屋を使わせている。今よりもいい部屋を鴇は与えたが、部屋の位置が警備員には不便に感じるようで、時折不満を呟くものも少なくなかった。しかもいきなり休憩室の出入りを禁止されたため、私物が残っている人もいる。それを鴇に申し出ても、軽くあしらわれ、相手にされていなかった。


「俺が何かする必要はないかもしれないな」


 自分が下手に動けば状況はさらに悪化してしまう。なら、今は運にかけるしかない。

 浬はそのまま廊下を歩き出した。


 その頃、拓は黙って浬と密会したことを博と文也に話して、説教されていた。


「あれほど報連相って言っておいたのに……そんなに病院に行きたかったのか?」


 あわや強制入院一歩手前。拓は何度も謝った。


「もし誰かがついてきたら、きっと浬は現れなかっただろうから……駄目だって分かってたけど、どうしても会っておきたかったんだ。これからはもう黙って会ったりしない。約束するから」


「博さん、わたしからもお願い……拓も反省してるから」


 アキが助け船を出す。博はしばらく眉を上げたままにしていたが、溜め息とともにその眉は下げられた。


「これで最後だからな……次、報告しなかったら強制入院だからな!」


「約束する」


 拓がしっかりした口調で告げると、博の顔に笑顔が戻った。


「それにしても、いつ姫さんを逃がすつもりなんでしょうか?」


 満里奈が唐突に疑問を呟く。


「浬って人は結局、姉さんのために味方にはなれないってことは……その姫さんを逃がすのも大変じゃない? もしかしたら、爆破の計画だって成功するかどうか」


 文也も不安を口にする。


「今完成させようとしているウイルスをこの時代で消滅させるためにはやっぱり爆破は必要不可欠だと思うの。ウイルスを完全に消し去らなきゃ、きっと悪用する人は組織以外にも出てくる……未来の悲劇を繰り返させないためにはやっぱり爆破は成功させないと」


 アキが言った言葉に対して、拓は小さく唸った。


「拓?」


「いや、ごめん……ウイルスを消滅させるためには確かに爆破は必要なのかもしれない。けど、それには結局犠牲が伴って、浬や姫の人生を救えたことにはならないんじゃないかって思うんだ。そしてアキとお父さんの人生も変えられない」


「それは」


 アキが戸惑い、目線を下に向ける。


「まだお父さんが組織と関わっていたかどうかは分からない。もしかしたら、巻き込まれただけかもしれない……それを運命だったって片付けていいのかな? 前に文也が言ったみたいに、この時代で組織の存在を警察に知らせて、全員が捕まれば犠牲はでないで済むんじゃないかなって俺は考えてる」


「いやいや、待てよ」


 拓の発言に待ったの声を上げたのは博だった。


「アキさんがきた時にそれは話にも出てたじゃないか。警察には信じてもらえないから俺たちが片倉さんを守ることになってるんだろ? それなのに、今さら警察に信じてもらおうなんて正気か? それが無理だからこんな事態になってるんだろ?」


「それは分かってるよ。今の時点では警察に信用される手立てはない……けど、何かが起きた時なら警察は動かざる得ないんじゃないかな」


「どういうことですか?」


 満里奈が疑問を投げる。拓は少し迷った表情を浮かべたあと、覚悟したように述べた。


「爆破=犠牲って考えてるからダメなんだと思う。犠牲のない爆破を起こして、その爆破を利用して警察に動いてもらう。それならこの時代で組織は根絶やしにできる……どうかな?」


 しかし、拓の提案を素直に明暗だと称賛する人はいなかった。誰もが難しいかお出黙り込む。


「うまくいくなんて思ってない。けど、俺は小さな可能性にかけてみたいんだ……誰も犠牲にならず、誰も悲しい結末を迎えた未来を俺は見たいんだ」


 拓の決意は揺るがない。それを知って、アキは少しだけ嬉しそうに微笑む。


「分かったわ……拓の思い描くようにやってみよう」


「拓は本当にお人好しだよね。俺たちを殺してきた人まで守りたいなんてさ」


「そこが拓らしいよ」


 文也と博も飽きれ顔をするも、同意してくれた。そんな友の優しさに拓は感謝の言葉を告げる。

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