64話 新たな誓い

 アキは震える声で懸命に話はじめる。


「タイムマシンが完成して、過去へ行くのは本来、満里奈さんの役割だった。博さんも文也さんも満里奈さんしか拓を説得できる人はいないって思ってたから……けど、決行日直前になってあいつらが現れた」


 悲しみに暮れた瞳だったアキの表情が険しく歪む。怒り、憎しみが込み上げた顔だ。


「満里奈さんが支度をして、わたしはそれを手伝ってたとき……隣の部屋から銃声が聞こえた。満里奈さんはわたしに隠れてるように指示して、隣の部屋へ向かった。でも、心配でわたしはその後を追ったの……そしたらまた銃声が鳴って、気が付いたときには満里奈さんがわたしに覆い被さってた」


 残酷な映像がアキにだけ再生されている。そう思えるほど、アキの瞳が暗く濁った。


「耳に何回か銃声が聞こえたけど、満里奈さんに押し倒された時に頭を打ったせいで意識をなくして……目が覚めた時にはすべてが終わってた。満里奈さんが血塗れで、わたしを庇ってくれたんだって直ぐに分かった。隣の部屋で同じように倒れてる博さんと文也さんが見えた……みんな殺されたんだって、犯人は絶対に組織の人間だって瞬時に理解した」


 アキの豹変に堪らず拓は歩み寄り、肩を擦る。興奮しているせいか、背中を揺らすほど呼吸が荒い。何度か背中を撫でていると、アキの目が拓へと向けられた。


「奇跡的に満里奈さんが意識を取り戻したの……そして、わたしに言ったんだ。わたしの代わりに過去へ行ってほしいって……わたしの代わりに拓を救ってって」


 あまりにも痛々しい姿に拓の胸が何かに抉られたみたいに痛みを発した。拓自身つらい経験をしてきたが、こんなにも胸が痛んだ記憶はない。こんなにも激しく心を掻き乱されたことはない。


「満里奈さんがわたしに託した願いを叶えるために、満里奈さんたちに酷いことをした組織に復讐するために……わたしはここへ来たの」


 不意に浬と初めて会った日のことを拓は思い出す。アキを見たとき、浬は見覚えがあるような口ぶりだった。


「満里奈たちを殺したのは浬たちなのか……」


 そこでようやく辻褄が合う。浬たちは組織を全滅させ、自分たちの復讐のためにタイムマシンが必要不可欠だった。その残酷な事実に、拓は口を塞いだ。視界がぐらつくような目眩と込み上げる吐き気。それは身体の中で様々な感情が入り交じり、心と思考が追い付かないことを意味していた。拓は耐えきれず、膝を床につける。


「ここへ来たとき、わたしは満里奈さんとワクチンをどこかへ隠し、拓に手術することを説得させて……後のことは自分でやるつもりだったの。わたしの戻れる場所はあまりにも残酷に溢れてる……だから、ここで死ぬことになってでも復讐をやりとげようって」


「アキの復讐したい相手は過去から来たあいつらなら……どうして協力するって言ったとき何も言わなかったんだ?」


「拓の話を聞くまでは協力しようなんて考えてなかった。でも、満里奈さんたちをあんな目に遭わせたあいつらが被害者だって言うんなら、わたしが復讐するべき人は別にいる……このウイルスを生み出し、それを世界に広げようとした現在の組織」


「それは……もしかしたら、自分の父親かもしれないんだろ? それでもアキは復讐するのか?」


「父親が加わっているんなら、尚更わたしが終わらせなくちゃいけない。母が病気で苦しんでいるのに何もしてくれなかったひどい父親に罪を償わせる……死んで楽になんてさせない。全ての悪事と一緒に裁きを受けてもらうのがわたしの復讐」


 拓は少し安堵した。もしかしたら、アキは父親を殺すつもりなんじゃないだろうかと思っていたからだ。目の前で満里奈たちが殺され、その犯人を目の前にしてもアキは感情を押し殺し、敵と協力して戦おうとしている。そんなアキをすごいと思う反面、今目の前に写る女の子をどうにかして守りたいと思った。

 しかし、現状は何もできない。なんの役にも立たない自分に嫌気を覚えた。


「アキ……俺はどうしたらいい? どうしたら、アキを救えるんだろう?」


「なに言ってるのよ。わたしのことはいいの! 拓が手術を受ける決意をしてくれただけで、わたしの目的は達成できてるんだよ?」


「そんな風に他人事みたいに考えられるかよ!」


 アキの精一杯に作った笑顔が拓の一言で脆く崩れ去る。


「俺や満里奈が助かってもお前が幸せになんなきゃなんも達成できてないだろ! 未来の満里奈だってアキが苦しむ未来なんて望んでない。アキにだって幸せになる未来を歩いてほしい」


「わたしもそう思います」


 満里奈が涙を拭き、強い眼差しをアキに向けた。


「わたしも世界が救われて、拓さんが生きる未来があるんだとしたら、それはとても嬉しいです。けど、未来に出会うアキさんが幸せであってくれたら、もっと嬉しいです」


「満里奈さん……」


「どうか自分の幸せのために戦ってください。そのためならわたし、なんだって協力します」


 満里奈に続くように、博と文也もアキに向き合う。


「誰かひとりが救われても意味がないよ。みんなが救われる未来にしよう」


「そのための計画を俺たちで考えよう。誰かに復讐するためじゃなくて、みんなが幸せになる未来を俺たちがつくるんだ」


「博さん、文也さん……みんな、ありがとう」


 アキの瞳に再び涙が浮かぶ。今はアキではなく、雛梨として拓たちの前にいる。そう感じた。


「考えよう。誰かを恨んで復讐しても、きっと結末は変わらない。だから、みんなが幸せになれるために戦おう。きっと俺たちになら変えられる……そうだろ、アキ」


 拓はスッとアキに手を差し伸べる。


「改めてよろしくお願いします……雛梨……でいいよな?」


「今、ちゃんを付けるか迷ってたでしょ? っていうか、今はアキのままでいいわ」


 雰囲気ぶち壊しとぼやきながらも、アキは拓の手を固く握った。


「よろしくね、拓。そしてみんな」


 こうして、新たな計画に向け、拓たちは再び決意を胸に誓い合う。

 全ての人が幸せになる、それがどれだけ難しいことだと知りながら。

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