63話 隠された真実

「わたしはアキじゃない……ずっと偽名を使っていた、それは薄々気付いてたわよね」


 アキの言葉にみんなが同時に頷く。


「わたしの名前は金森 雛梨」


「やっぱりアキが雛梨ちゃんだったのか!」


 名前を聞いた瞬間に拓は叫び声を発するように大声を出した。


「なんだ、知り合いだったのか?」


 博が驚くように訊くと、拓は少し気まずそうに頷く。


「アキが俺のこと知ってたのって、どこかで会ってる人だからなんじゃないかって……そんな時、俺が倒れて検査入院した日……その雛梨って女の子と出会ったんだ。もしかしたらその子がアキなんじゃないかって調べてはみたんだけど、結局名前しか分からなくてさ。アキだって断言できるものがなかった」


「そう、調べようとしてたんだね。そうよね……いまだに偽名しか名乗らなかったわたしを怪しむのは当然だわ」


 アキが小さく微笑む。そんなアキに拓は罪悪感を覚えた。


「俺とアキが会っていたのは分かったけど……あんな出会いだけで俺に会いに来たなんて不自然なんだ。アキ……君はいったい何者なんだ? 金森で検索かけても、別に何も出てこなかったし」


「金森はわたしのお母さんの旧姓なの。お母さんが病気で入院した直後に離婚してて……わたしのお父さんは須波 幸太郎。今のドリーム・レボリューションズ社の社長なの」


 予想外の告白にみんな言葉を失う。それもそうだ。まさか組織がうごめく会社の社長の娘だなんて誰も予想打にしていなかった。


「けど安心して、わたしは組織の人間じゃないし、お母さんと離婚してから父親とは一度だって会っていない……あの爆破テロが起こった翌日、お母さんの様態が急変してそのまま」


「え? 爆破テロの翌日って……俺が死ぬ日?」


「なんの因果か……変な偶然ってあるのね」


 アキが切なく目を伏せた。


「お母さんが死んだあと、わたしは親戚に引き取られて、海外に引っ越したの……きっと実の父親が死んだ事実をわたしが知ったらショックを受けると思って、親戚がわざとわたしを日本から遠ざけたみたい。そのおかげで4年後に起きた事件に巻き込まれずに済んだ。わたしを引き取ってくれた叔父さんと叔母さんには本当に感謝してる……あのまま日本に残っていたら、わたしだって無事だったかどうか分からない」


 そう話終えると、黙っていた博が口を開く。


「なにも知らずに海外で育ったアキさんがどうして過去へ行くことになったんだ?」


「話せば長くなるんだけど、きっかけはお母さんのお墓参りに日本へ帰ってきた時だった。あの事件から一年経過したころで……それでもウイルスや組織のこと、救世主の満里奈さんのことはひっきりなしにニュース番組で取り上げられてた。けど、自分の父親がなんの仕事をしていたかなんて幼いわたしは知りもしなくて、ニュースを見てもピンっと来なかった……満里奈さんに会うまでは」


 アキの目線が満里奈さんへと向けられた。満里奈は戸惑いながらもアキを見つめ返す。


「お母さんのお墓参りへ行ったわたしは、そこで満里奈さんと出会った。お母さんと拓の命日が一緒だったのが最大の偶然だったけど、同じ時間に同じお寺で出会ったのはきっと運命だったのね。満里奈さんは涙を流しながらお墓の前で手を合わせてた……まさか救世主本人なんて思ってもみなかったけど、わたしはどうしてだか満里奈さんに引き付けられたの」


「わたし達は出会う運命だったんですね」


 満里奈が悟ったようにそう言った。


「けど、その時は言葉を交わすこともなくて……で、次の日にカフェでまた再会したの」


「ああ、カフェで会ったって話は嘘じゃなかったのか」


「失礼ね。全部が全部嘘じゃないわよ」


 拓の突っ込みにアキが呆れたように返す。


「お互いお墓参りで会ったことに気が付いてたから、自然と言葉を交わした……そこで初めて彼女が世界をウイルスから守った救世主で、お墓参りしていたのは拓の命日だと分かった。そして、自分の父親が爆破テロに関わっていた組織のメンバーだったかもしれないってことを満里奈さんに教えてもらったの」


 アキはそっと歩き出し、窓側へと近付いた。だんだん夕暮れで暗くなる空を切なげに眺める。きっと父親が組織と関わっていた真実を知ったときのことを思い出しているのだろう。それはどれ程の悲しみと絶望が彼女を襲ったかは想像できない。計り知れない苦悩を彼女は抱えた。それだけは確かだ。


「わたしはすぐに海外へ帰るつもりだったんだけど……叔父さんに無理を言って、しばらく日本に留まることを選んだ……自分の父親のことを知りたかったのもあったけど、満里奈さんたちがその時計画していたことに協力したいと思ったから」


「それが過去の満里奈を守ることだったのか?」


「実はその時は違ったの……満里奈さんは拓、あなたを救うためだけにタイムマシンを開発しようとしてた」


「俺のためだけに?」


「そう。あなたのため……文也さんも、博さんも、拓が病気を隠したまま死んでしまったことをずっと引き摺って後悔してた。タイムマシンは組織を止めるとか、未来を変えるとか大それた目的のためのものじゃなかったの。ただ単純にあなたが生きる未来……その奇跡を起こすためのものだったの」


 意外な真相に拓は返事に困った。まさか自分を生かすためだけに、タイムマシンなんて近未来的すぎるもの発明しようとしていたなんて予想外すぎる。


「え、ってことは……組織が満里奈を狙ってたことはその時は知らなかったのか?」


「ええ。警視庁で文也さんも警戒しながら調べてはいたみたいだけど、組織もうまく隠れてたみたいでなんの動きも掴めてなかった……だから、満里奈さんの命を狙ってたなんて予期してなかったの」


 それを聞いていた博が思っていた疑問を口にした。


「アキさんははじめ、拓に頼まれて満里奈さんを救うために過去へ来たと話してたけど……どうしてそんな嘘をついたんだ? 組織に狙われていたことに気が付いて計画変更したとしても、アキさんがそんな嘘をつく必要はなかったはずだ。素直にその経緯を話せばもっとスムーズに話が進んだかもしれない」


「はじめは全部を話したかった……けど、どうしても話せなかった」


 アキの目にうっすらと涙が浮かぶ。


「過去へ来る前になんて、辛すぎて話せなかったの」


 その時はじめて、彼女の嘘は自分たちのためなんだと悟った。

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