62話 新しい未来のために
博がそっと拓から体を話すと、勢いよく目を擦った。そんな博に拓は笑顔を向ける。
「俺、ちゃんと生きるよ。どんな結果になったとしても生きる」
「本当か?」
「今も不安だ。手術を受けて、寝たきりになったらどうしようって……けど、本当に怖いのはちゃんと満里奈や博や文也がいる未来の行く末を知らないまま死ぬことだ。この手で守った未来がどんなものなのか見届けられない方がよっぽど不安だ……だから、どんな形でも精一杯生きたいって今は思ってる」
博の顔に安堵の色が広がっていく。
「だからこそ、俺は姫に協力したいんだ」
「でもさ、そんなことよりも拓の体が最優先じゃない? もしも協力している間に何かあったら……」
文也が心配そうに眉を潜めた。
「きっと危険だと思う。でも俺はただ隠れて、自分の命を優先したら最後はきっと後悔する……誰も守れないで生き長らえても、そんなの嬉しくないし、いつまでも後に引きずると思うんだ。だったら後悔しないように、自分ができることをして、精一杯未来へ踏み出したい」
揺らがない決意を知り、文也も博もため息混じりに笑みを浮かべた。
「本当に拓ってお節介だよね。そこが拓の長所だけど」
「そのお節介が暴走しちゃうのは短所だけどな」
病気を隠していたことへのお返しだろう。ちょっと嫌みを含んだ発言に、拓は苦笑いを浮かべた。
「以後気を付けます」
そう返すと、ふたりは悪戯っぽい表情で笑い出す。
「あの……おふたりは爆破に協力するつもりなんですか?」
満里奈が恐る恐る訊く。すると、博は難しい顔をしてから、覚悟したように頷いた。
「拓は俺たちがいくら止めたって聞かないからな……協力はするよ」
「いいのか?」
「拓ひとりを危険に飛び込ませたら、友達として薄情じゃん」
文也が尽かさず怒った口調で言う。
「それに拓ひとりよりも、みんなで協力した方が成功率も上がるんじゃない?」
「文也……ありがとう」
「ただし、協力するには条件をつけるからな」
ビシッと指を指し、博が拓に向き合う。いきなり条件なんて言われて、拓はとっさに身構えた。
「ひとつは、体調が悪いときは必ず報告すること! 何かあったときは隠さず連絡すること! 爆破や組織のことでなにか起こったら、みんなに必ず相談すること!」
「つまり、報連相ってことだね」
文也がふっと笑いを漏らす。
「文也、そこは笑うとこじゃないだろ! 報連相は大事なんだ。それが守られなければ、俺は拓を引きずってでも病院に閉じ込めるからな!」
なんだかお父さんみたいに仕切る博に、拓も思わず笑いだした。それに釣られて、満里奈にも笑顔が戻る。
「拓さん、わたしも守られているばかりでしたが……今度は一緒に戦う戦友になりたいです。わたし、きっと強くなって、どんな未来が待っていても前を向いて生きます! なので、協力させてください!」
「満里奈さんまで協力するのは危険よ。爆破の時はどこかに隠れてた方がいいんじゃ……いくら組織の人間のひとりが味方になってくれてても、まだなにが起こるかわからないのに」
「アキさん、心配してくれてありがとうございます。けど、拓さんが言っていたとおり……何もしないで隠れているだけなんてきっと後悔します。父が残してくれたものを自分の手で精一杯守っていきたいんです!」
満里奈が勢いよく頭を下げる。
「お願いします! 一緒に戦わせてください!!」
まさかの展開にみんな驚き、口を半開きにしたまま満里奈を見つめた。
「ありがとう。そう言ってくれるなんて思っても見なかったから嬉しいよ……」
拓も満里奈を真似したように、深々とみんなに向かって頭を下げる。
「きっとみんなにも危険なことが起こるかもしれない。安全なんて保証できない……けど、俺のわがままに付き合ってほしい」
博は何も言わない代わりに優しく拓の肩を勇気づけるように叩く。文也が小さく、しょうがないなっと呟く。そんな軽い返事が拓にとっては一番嬉しい反応だった。
「拓、爆破に協力するのはいいとして……なにか作戦とかあるの?」
アキの問いかけに拓は首を振る。
「いや、今のところは……姫との連絡方法もないし……」
拓は少し迷ったような表情を浮かべた。
「なんだよ。なんか考えてることがあるなら報告、相談だろ?」
博の言葉に拓は頷き、決心したように口を開く。
「姫の話を聞いてから……ずっと心に引っ掛かってたんだ。ただ姫の言うように爆破を実行すれば、ウイルスがばらまかれるのは止められる。でも、それだけじゃダメなような気がする」
「それはつまり、爆破しただけじゃ解決しないことがあるの?」
アキの声に拓は強く頷く。
「爆破はもともと起こる出来事だった。だとすると、なにも未来が変わらないままなんじゃないかって……そしたら、この出来事を繰り返す。そらじゃあ、未来を救うことにはならない気がするんだ」
拓がアキを真っ直ぐ見つめる。
「俺はこの出来事に巻き込まれる全ての人が救われなきゃ、未来を守ったことにならないって考えてる……その中にはアキ、君もいる」
アキの目が大きく開かれた。
「最初は隠し事ばかりで何で話してくれないんだって思ったよ。けど、これまでの事を思い返して……姫の話を聞いて思ったんだ。アキ、君も爆破テロの被害者なんじゃないか?」
拓の言葉にアキの瞳が大きく揺らぐ。何か発しようと開きかける唇が小刻みに震え出した。
「アキ、もう全部話してほしい。最初に俺の病気を知っていて伏せたのは、意味があったんだよな? 姫が言ってたんだ……タイムマシンを開発したのが満里奈だったって。アキはそれすらも俺たちに話さなかったのは、何か事情があったから……話したくても話せなかった。違うか?」
満里奈や博たちが一気にアキに視線を注ぐ。
「もう隠し事は無しにしよう……そして、新しい未来のために改めて仲間にならないか?」
アキは一瞬、ぎゅっと目を瞑った。懸命に何かと葛藤するようなアキに拓はそっと歩み寄る。
「もうアキだってひとりじゃない。だから一緒に戦おう」
そう告げた瞬間、アキの瞳がゆっくりと開かれた。
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