60話 拓の決意②

 博と合流し、満里奈と文也に連絡をとって美術室へと向かった。

 もう既に夕方近くになっていたのもあってか、校内に残る生徒の数はかなり少ない。辺りに聞こえる人の声がどんどん減っていく。だからか、美術室内はシンと静まり返ったような状態だった。


「心配かけてごめん」


 まずは拓はみんなに向かって頭を下げた。


「何かあったんだろ? だから、ここに集まったんだよな?」


 博は察していたのか、優しく拓に告げる。そんな博に拓はどこか複雑な笑みを浮かべた。


「ああ……みんなには隠さずに話さなきゃならないから」


 どこか表情の暗い様子の拓に、満里奈が不安そうに訊いた。


「もしかして……よくない話なんですか?」


「そうだな。うん、きっとよくない話だと思う……けど、これは俺にとって決意みたいなものだから、ちゃんと聞いてほしいんだ」


「分かった。話しなよ……最後まで聞くから」


 文也は納得したように頷く。拓は深呼吸を数回繰り返してから、ゆっくりと話始めた。


「実はさっき、組織の人間と会ってたんだ」


「この間、襲ってきた人ですか?」


 直ぐ様、甦った記憶に怯え出す満里奈。拓に会いに来る組織の人間と言えば浬ぐらいしか思い浮かばないのだから、当然の反応だろう。


「拓、そいつに何かされたんじゃないのか?」


 心配の言葉を投げた博に対して、拓はゆっくり首を左右に振った。


「けど……」


 博はそう呟きながら拓の全身に目をやった。顔はやや険しい。それもその筈だ。姫に押し倒されたり、地べたに座り込んだりしていたせいで制服は土や草の色でみっともない姿になっていた。肘も倒れたときに擦り剥けていたようで、血が滲んでいる。博の視線がなければ気にも止めていなかった。こんな状態であれば、何かあったんじゃないかと思われても仕方のないことだろう。


「これは、なんていうか……相手に悪気はなくて……いや、今はそんなのどうでもいいんだ」


 このままでは話が進まないと考えた拓は、自分の状態の説明は省くことに決めた。


「俺に会いに来たのは浬じゃない。同じ組織の人間で……姫っていう女の子だ」


「その姫って子がどうして拓に会いに来たんだ?」


 博は疑問をすぐ口にする。横で文也がそれに対して注意した。質問ばかりしてたら話が進まない、そう言われてしまった博は申し訳なさそうに拓に謝るポーズをおくる。拓は先程の姫のとの会話を思い出しながら、全てをみんなに話した。

 組織のメンバーは、鴇、浬、姫の3人しか存在しない。その理由と真の目的。

 話が進めば進むほど、空気が重くなるのは予想の範囲内だった。そして、話が終わった時には、みんなそれぞれ違う表情を浮かべている。悩んでいたり、ショックを受けていたり、泣きそうになっていたり、驚愕していたり、反応は様々だった。


「爆破が半年早まるなんて……未来はどうなるの?」


 アキは明らかに動揺している。その隣で満里奈は心配そうにアキの背中を優しく撫でた。


「憎むべきはこの時代の組織の人間で……未来からきた彼らは敵じゃない。そう思いたいところだけど状況は難しいだろうな」


 博もひどく驚いていたに違いないが、それを表に出すことなく冷静に状況把握をしていく。


「その姫って子の話が本当であるんなら、爆破しかふたりの計画を止める方法はないだろう」


「けど、鴇さんと浬さんだって被害者なんです! どうにか話して説得することはできないでしょうか? みなさん初めから悪い人たちではなかったんですから……もしかしたら」


「満里奈さん、それは甘い考えだ。被害者だからこそ説得が難しいんだ……長い間苦しんだからこそ、そうせざる終えなかった彼らの覚悟は話し合いなんかでは揺るがないよ。彼らが憎むべきは未来なんだ……その未来を消すことができるチャンスは彼らにとっては今しかないんだ。姫さんのように踏み止まってくれるとは思えない」


 博が厳しめな口調で告げた。満里奈は悲しそうに肩を落とす。

 満里奈はいい意味で全てに対して優しい。彼らが苦しんだ末に世界を滅亡させると思ったことに同情し、どうにか手を差し伸べられないかと思ったのだろう。だが、博の指摘通り甘い考えにすぎない。彼らの計画はあくまでウイルスをこの世界にばらまき、人類全てを滅亡させることなのだ。少なくとも、見ず知らずの他人からの同情など求めていない。


「すみません」


 落ち込む満里奈を気にしつつ、拓はこの話の本題へと移った。


「俺は姫に協力しようと思ってる。誰かの協力なしでビルの爆破なんてできないから」


「待てよ! 協力って……いったい俺たちに何ができるんだ!?」


 焦りを滲ませた声で博が叫ぶ。さすがの文也も今回は博と同じ反応を示した。


「俺たちには爆弾の知識もないし、満里奈さんを狙ってるやつらの本拠地にわざわざ行くなんて危険すぎるんじゃないのかな?」


 ふたりの発言は真っ当で、誰もがそれを不安に思う。それは拓自身そうであったから、博と文也の言葉に素直に頷いた。


「俺も怖かった」


 拓の一言に、みんなが瞬時に口を閉じる。


「世界があと少しで滅亡するかもしれない危機にいると知ったとき、何もしないのに世界が変わってしまうかもしれないと考えたとき、頑張っている人を見て見ぬふりして自分達だけ助かりたいと思ってしまったとき……どれも俺は怖かった。自分が死んでしまうことよりも怖いと思えた」


 拓はギュッと握り拳をつくり、まっすぐアキを見つめた。


「アキと出会った日から俺はずっと怖かったんだ。組織とかウイルスとか変なこと言われたからじゃなくて……俺は最後まで戦えないことが恐怖に感じたんだ」


「さっきから何を言ってるんだ?」


 話の内容がいまいち分からない博が拓に問いかける。


「拓、お前は何を伝えたいんだ?」


「博、俺はこの恐怖にに立ち向かうためにも姫に協力したい」


 アキから目線を博に向けた拓はにこりとただ笑う。もう何もかもさらけ出すような、清々しい笑顔。

 アキは何かを察し、制止の声を上げようと口を開いた。その異変に気がついた満里奈がざわつく心を感じながら拓に目線を注ぐ。拓はみんなの反応を視界に写しながら、ゆっくりと唇を動かした。


「俺はもうすぐ死ぬかもしれない」


 その言葉は全ての時を止めたように感じさせた。

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