55話 守りたいもの
痛みがどうして酷くなっていくのか、拓はその理由を知っている。
その爆破は、満里奈とワクチンを守ることはできても、目の前の少女の未来は救うことはできない。爆破で生き残った誰かがまた姫や浬を誘拐し、この復讐という悪夢が繰り返されてしまう。それを考えたら、拓は堪らなく苦しくなった。
「俺も手伝う!!」
気がつけば、そう叫んでいた。
「爆破に協力させてほしい」
「どうして……あなたはただの学生です。こんな危険な計画に巻き込むわけにはいきません」
「君だって子供だ!!」
拓の言葉に姫の表情が歪む。
「救世主もワクチンも守る! けど、それだけじゃ未来は救われない!! 樋渡さんや浬が組織とは無関係な人生を送れなきゃ、未来を守ったことにならないと思うんだ!」
「どうして……そんなの、狭山さんにはなんの関係もないじゃないですか」
「関係あるよ!! 俺はもう樋渡さんを知ってしまったから……君ひとりにそんな重荷背負わせたくない」
影を宿していた少女の顔は今や感情のままに表情を変える。心の奥底にしまい込んでしまった幼き姿のままの姫が解放された瞬間だった。大粒の涙が溢れだし、今にも声を上げて泣きそうな少女に拓は寄り添うように側へと立つ。
「樋渡さん、君はひとりじゃない」
拓の発する声を聞く度に姫は鼻を啜りながら、頷く。
「俺は君の味方になる。仲間になる……だから、本当に未来を救ってみよう。樋渡さんも浬も浬のお姉さんも幸せになれる未来を……みんなが救われる未来を俺たちで実現しよう」
きっと、姫はありがとうと拓に告げたかった。けど、感情の波に声が奪われ、唇だけが動く。だが、拓にはしっかりと届いていた。
ひとしきり泣いた姫は少し気まずそうに拓を見上げる。
「あの……すみませんでした。泣いてしまって」
「いいよ。気にしないで」
拓が気遣うように笑顔で返すと、姫はおかしそうに微笑んだ。
「浬さんがあなたのことを気に入った理由が分かりました。確かに面白い方です……未来とかウイルスやワクチンなんて、普通の人なら直ぐに理解しないでしょうから。狭山さんが信じてくれる理由はただ理解力に優れてるっていう訳ではないですよね?」
避けていた話題に触れられ、内心ドキッと心臓が跳ね上がった。いや、表情に出ていたようだ。また姫がクスクスと声を漏らす。さっきまで大泣きしていたのが嘘のようだ。
「話せないならいいです。一応まだ敵ですので、言えない秘密だってあります」
「ごめん」
「そんなことよりも、最後に狭山さんには教えておかなくてはいけないことがあります」
急に笑顔だった姫は表情を引き締める。
「ウイルスの完成が早まる可能性があります」
「えっ!?」
「未来では一からウイルスを作り出すところから始めていたので、未熟な知識のわたし達には至難の技でしたが……この時代には未完成ではありますがウイルスの原型があります。それを完成させるために鴇さんは寝る間も惜しんで研究を進めているので、一年掛からないと思います。半年は短縮される可能性が……」
「そんなに早く!?」
「ですので、爆破も早めなければいけなくなります。計画を立てたいのは山々ですが……わたしはもう戻らなくてはいけません。あまり長く外に出てると鴇さんに怪しまれてしまいます」
「けど時間がない。早く決めないと」
「はい、分かってます。だから近いうちにまた会いに来ます……必ず」
姫はそっと握手を求める。
「どうか未来を救うために……わたしに力を貸してください」
拓は返事の代わりに、力強く姫の手を握り返した。
「では、これで失礼します」
「ごめん、樋渡さん! ひとつだけ聞きたいんだ」
「なんでしょうか?」
「そのタイムマシンって何台も存在するものなの?」
質問の意図が分からず、姫は首をかしげた。
「いや、ただの好奇心だよ。タイムマシンって未来では誰でも乗れるのかなって」
本当はアキに聞いてタイムマシンが誰でも乗れない希少なものなのは知っていた。それを質問したのは、アキとは違う答えを期待したからなのかもしれない。
「いえ、世界に一台しかありませんよ。未発表の開発段階のものなので、世間には知られていません」
「そ、そっか。けどそんな凄いものを開発する人がいるなんて、やっぱり未来はすごい進化してるんだな」
「開発者ならあなたの近くにいるじゃないですか。そのすごい人を狭山さんは守ってるんですよ」
「……え?」
「タイムマシンの開発者は救世主ですから」
その瞬間、姫が何故か笑顔を消した。胸が騒ぐ。
「樋渡さん……あの」
「すみません、時間がありません。話の続きはまた今度」
姫はどこか逃げるみたいに立ち去っていった。もしかしたら、聞いてはいけない何かを耳にしたのではないかと、拓は暫し身動きができなかった。タイムマシンの話は幾度か会話で出てきたが、開発者の名前を出したことはなかった気がする。満里奈が開発者なら記憶に残るはずだ。聞き逃したとは思えない。こんな重大なことをどうしてアキは話してくれなかったのだろうか。
「……まだ隠し事あったんだ。一体いくつ隠してんだよ」
あの花火大会の時の記憶が鮮やかに蘇る。
「俺に会いに来たとか言っておきながら……好きだって告白しておきながら、肝心なことはなんも話してくれないのかよ」
どういう訳か無性に悲しくなった。彼女の気持ちは分かっても、もっと奥深くにある真実は決して言葉にはしない。それは、ただ隠したいだけなのだろうか。それとも、開けてはいけないパンドラの箱とでもいうのだろうか。
誰もいない校舎裏で、拓はひとり行き場のない想いを叫び声に変えていた。
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