53話 歪められた真実

 2度も同じようなことを頼まれてしまい、一瞬困惑していた拓に姫は話始める。


「実は一年後にドリーム・レボリューションズ社という会社が爆破されます」


 実は知っていますとは言えず、拓は黙ったまま頷いた。


「その爆破を行ったのが……わたしの父と、浬さんの両親なんです」


「え?」


 拓は思いがけない真相を知り、目を見開く。


「わたしと浬さんの親はドリーム・レボリューションズ社の研究者でした。しかし、そこで開発されたものが危険なウイルスだと気が付き、社長に開発中止を訴えていたんです。爆弾はきっと普通に抗議してもダメだった時の強行手段だったんだと思います」


「えっと……ということは、その爆破は君と浬の両親がウイルス消滅のために起こしたことだったってことか?」


「それはわたしには分かりません。けど、わたしのお父さんも浬さんのご両親もウイルス開発が中止にならなかったからといって、無関係の人を巻き込むようなことはしないと思います。いえ、わたしがそう信じたいだけなのかもしれませんが……」


 切な気に微笑む姫の姿が痛々しく、拓は自分の疑問を口にすることを躊躇する。しかし、きっと彼女と話す時間には限りがあることを考え、拓は思いきって口を開いた。


「聞きたいんだけど、君は組織の人間なんだよな? それなのにこうして俺の前に現れ、満里奈とワクチンを守れと言うけど……それは君は俺たちの味方だと思ってもいいてってことなのか? 浬も敵じゃないのか?」


 その問いに、姫は複雑な表情を浮かべる。否定もしないし、肯定も示さない。彼女は今、身動きできない立場なんではないだろうかと拓は悟った。


「樋渡さん、答えてほしい。本当に君は世界を滅ぼしたい?」


 一気に姫の瞳に涙が浮かぶ。


「分かりません。正直、最近までわたしはお父さんを恨んで生きてきました。そして、こんな世界消えてしまえばいいのにと考えていたんです……けど、両親の死の真相を知ってからは、組織に対して違和感しかありませんでした」


「親を恨んできたって……なんで?」


「爆破が起こった日、わたしはまだ6歳の子供でした。お母さんからお父さんの死を聞かされた時は悲しくて……そう、ただ悲しむしかありませんでした。それから数日が経って、わたしは見知らぬ人たちに誘拐されたんです」


「誘拐っ!?」


「誘拐の犯人は爆破で生き残った組織の人間でした。なんの意図かわたしや、浬さん、鴇さんを誘拐し、長い間監禁したんです……鴇さんは浬さんのお姉さんです。ろくに食事も与えられないような劣悪な環境で、まだ子供だったわたし達は理性を失っていきました」


 拓は無意識に地べたに生える草を握り締めた。姫の話を聞いていくにつれ、ひどい怒りと悲しみが交互に身体を支配していく。感情が爆発しないように、気を逸らしたかったせいかもしれない。草はちぎれ、それでも足りず指で土を削る。爪の間に小石が食い込み、わずかな痛みが拓の精神を保たせた。


「数年が経ち、爆破で焼失したウイルスを完成させ、組織はそれを日本で使いました。しかし、それは救世主の持つワクチンによって世界滅亡の危機は防がれたんです……そのおかげで組織の人間もほとんど警察に捕まり、新たなウイルスを生み出せる研究者もいなくなり、組織も存亡の危機を迎えました」


 姫の瞳が大きく揺らぐ。恐怖、憎悪、愁嘆、様々な感情が入り交じった目に、拓の背筋がぞくっと寒くなる。


「けど、そこからがわたし達にとって地獄の始まりだったんです」


 もし聞いてしまったらと、拓は想像もつかない不安に押し潰されそうになった。こんなにも誰かの過去を知る行為が辛いと感じたことはない。自分が抱えてきた過去だって誰かに話すまですごく勇気のいったことだ。けれど、姫の過去は次元が違いすぎて、頭と身体と心が全くバラバラに機能しているみたいに歪みをつくる。身体中でめまいを起こしているみたいに、内蔵が動き回っている感覚がして、さっきから吐き気も感じていた。

 拓は理性を失わないよう、また指先に力を加える。気付けば、指からは血が滲んでいた。


「長い監禁生活を送っていたわたし達に組織はこんなことを言い始めました。君たちの親は救世主と手を組んであの爆破を起こしたんだ。救世主がいたから、親は頭がおかしくなった……救世主がいなければわたし達はこんなことになっていないって。朝も昼も夜も繰り返し、頭に植え付けるように」


「そんなの誰が聞いてもでたらめじゃないか! この時代の満里奈がそんなことできる筈がない!」


「そんなでたらめでさえ、その時のわたし達には真実に聞こえてしまったんです!!」


 咄嗟に叫んでしまった拓は後悔する。幼い子供がそこまで追い込まれなくてはならない状況下にいたのだから、他人に歪められた嘘を真実だと信じさせるのは大人からしたら容易いことだったのだろう。


「わたし達は徐々に洗脳され、救世主を恨み、そしてそんな救世主に荷担した親を恨むようになりました。それからわたし達は新たなウイルスを造るべく研究者としての勉強を強いられたんです」


「あの……その間、両親は君を探したりしなかったのか? それにいくら洗脳されていたとはいえ、樋渡さんだってお母さんに会いたかったんじゃ」


「お母さんはわたしが誘拐されて直ぐに自殺したんです」


 拓はまるで自分の身に起きたかのように絶望に項垂れた。吐き気が更に増す。土を握り締める手がガクガクと震えた。


「お父さんを亡くし、わたしまで誘拐され、ショックのあまり精神を病んでしまったようです……監禁が解かれた時に、こっそりネットで調べて知りました。誘拐され5年が経過していたので、警察の捜査も打ち切られ、わたし達は死んだことにされていたので……」


 姫が急に話を止める。そして、拓を驚いた顔で見つめていた。

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