51話 複雑な新学期
その後、慌てて出店の食べ物を適当に買い揃え、博たちが待っている場所へと向かう。合流した瞬間、電話に出なかったことをみんなから怒られつつも、買ってきた食べ物が大半被っていたことに大笑いし合った。そして、最後の花火が打ち上がり、空に消えていくまでみんなと見届けた。
「また来年も一緒に見れたらいいのに……」
アキが微かに呟く。拓は聞こえないフリをした。
どう返事をしたらいいのか分からなかったのも理由だが、自分がどうなっているのか知っている未来に対して返事ができなかったのが正しい。そして、彼女がいつか自分の前から消えていくと知っているからこそ、そんな未来は二度と来ないと分かりきっているからだった。
日付が経ち、カレンダーは9月に変わる。
朝食の時間に食卓へとついた拓と満里奈、そしてアキはお互いぎこちない笑顔で挨拶を交わした。
「今日は始業式だから半日で終わりだけど、午後はどこかで集まったりする?」
アキがさりげなく拓に聞くが、目線は直ぐ様逸らされる。
「あの、わたしは部活があるので」
「俺もちょっとしてから部活行くよ。たぶん博と文也は生徒会があるだろうから」
「アキさん、もし良かったら美術部に来ませんか? 帰宅部なんて勿体ないですよ、良かったら美術部に入ってください」
アキが少し焦るように首を振った。
「わたしは絵の才能ないから無理だよ!」
「けど、アキはなるべく満里奈といた方がいいんじゃないか? 形だけでいいから美術部入ればいいだろ」
拓の提案に満里奈がそうしろと言わんばかりに相づちを打つ。
「いつどこで組織のやつが現れるか分からないから、学校内でもひとりでも多く満里奈の側についていた方がいいと思う」
「そうね、分かった」
返事をするものの、アキの目線は拓に向けられることはなかった。
あの花火大会以来、アキは拓に対してよそよそしい。その原因は分かっている。しかしながら、告白の返事は気にしなくてもいいと言われた拓にとってその態度が腑に落ちない。満里奈は告白を保留としたせいもあってか、態度には変化がなかった。家の中で同時にふたりと気まずくなるよりはよっぽどマシなのかもしれないが、やはりこうも態度に出される日々が続くと人間ストレスに感じてしまうものだ。
拓は気付かれない程度の小さなため息をついた。
いつものように家を出て、博たちと合流し、学校へと辿り着く。
なんてことない始業式は一時間もせずに終わり、担任からの定期連絡や次のテストに向けての授業の流れなどを説明され、半日は直ぐに終わってしまった。博と文也は予想通り生徒会の集まりがあると別れ、満里奈はアキを美術部に入部させるべく、顧問のいる職員室へ向かおうと張り切っている。
「拓さんはどうしますか?」
「あ、俺は寄るところがあるから」
「そうですか。なら先に行ってますね」
アキは何か言いたげにこちらを向くが、満里奈に押されるように教室から出ていってしまった。
拓は気を取り直し、自分の目的地へと足を向ける。ひとり向かったのは、あの花火大会の日に人影を見たように感じたあの校舎裏だ。もしも、あれが組織の人間だとしたら何かしらのアクションがあってもおかしくない。しかし、そうしなかったのは組織の人間ではなかったか、もしくは俺以外の人間がいては困る理由があったからの二択に絞られる。
拓はそれを確かめるためにもう一度校舎裏へとやってきたのだ。
どうやら花壇には誰かが水をやったらしく、土は濡れてる。学校には部活や委員会で多くの生徒が残ってはいるものの、校舎裏に来る人は全くいない。賑やかな声だけが聞こえてくるその場所で、拓は暫し目を瞑りながら立ち尽くす。
(別に……俺だって気にしてないわけじゃない。そもそも気にしなくていいって言ったのはアキのくせに、なんであんなあからさまな態度とるんだ? 俺が悪いのか?)
周りの音に耳を澄ますつもりのはずが雑念が脳内に広がる。
(答えを言えば納得するのか? けど……)
拓は目を開き、空を仰いだ。
「俺が好きだったとしたら……俺がもしも生きることを選択したら、アキはまた俺の前に現れてくれるのかな」
無意識に呟いてしまった。それに気が付き、拓は慌てて手で口を塞ぐ。
「何ひとりでぶつぶつ言ってんだろ? アホすぎだな」
もうウジウジするのはやめようと拓は勢いよく自分の頬を両手で叩いた。
「このままなんてダメだよな。よし! 悩むより、本人ともう一度話した方がスッキリする!」
来て数分だがこれといって変化はなく、誰の気配もしない。拓はまた日を改めようと、校舎裏から離れることを決めた矢先だった。
「あの……」
いつの間にか背後に女の子がひとり。まるで気配を感じなかったことにも驚いたが、その子が拓の予想と反した人物だったことに目を丸くした。
「ごめんなさい。聞きたいことがあるのですけど……」
服装は制服ではなく、とても可愛らしいワンピース。顔の幼さと雰囲気から高校生ではないことは確かだ。
「どうしたの? 誰か探してるの?」
そんな質問をした拓だったが即座に違和感に襲われた。誰かを探していたとしても、どうしてこんな誰もいない校舎裏なんかに来ているのだろうか。見た目から彼女は中学生ぐらいだ。人探しならば正門付近に誰かしら人はいただろうし、なんなら職員室へ聞きに行った方がよっぽど効率がいい。
「君は誰を探してるの?」
相手はか弱い少女。なのにさっきから背中がざわざわと寒気が走る。彼女は動揺も躊躇いもない、真っ直ぐな瞳を拓に向けた。
「あなたが隼 浬と会った人ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、拓は思わず後退りした。
(この子も組織の人間!?)
拓の動揺を察したのか、少女は驚くほどの早さで走り出し、こちらへと向かってくる。少女の手元にはいつの間にか鋭い光を放つナイフのようなものが握られているのに気が付いた。
ーーこのまま死ぬ。
拓は漠然とそう感じた。
振りかざされた刃物を見て、反射的に目を瞑る。そして自分の最後を待った。
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