50話 アキの秘密

 アキがたじろぎ後ずさる。それを引き留めるように拓はアキの手を逃がすまいと握り締めた。


「アキ……お前が俺の前に現れた目的は、死を目前とした俺を利用したかっただけなのか? それとも」


「利用? そんな単純じゃないわよ!! 何も知らないくせに変な憶測言わないで!!」


 アキが今までにないぐらいに声を荒らげる。拓の手を外したい一心で腕を大きく振った。それに負けじと拓は手にさらに力を加えた。


「なによ、わたしを信じてるって言ったわりには全然信用なんかしてないじゃない! 拓が死ぬのを黙って見てるような冷酷な女だと思ってるんなら勘違いだから!」


「そんな風には思ってない! けど、変な憶測も何も知らないのもアキが話してくれないからじゃないか!」


「それはそうかもしれないけど……なんで今さらそんな話してくるのよ。最初の頃はわたしが隠し事してても知らないフリして、博さんからも庇って嘘ついてくれたのに」


 アキは抵抗する気を無くしたのか、握られた手の力を抜く。


「はじめはアキが話してくれないのはきっと話せない事情があるんだろうって思って、無理に聞き出すのはよくないって思ってた。博たちにも話を合わせたのは俺の病気のことを隠したかったからで庇った訳じゃない……自分自身を守る防御のための嘘だ」


「それは分かってた。だから、わたしと拓はお互い平等な関係だった。そうじゃないの?」


「ああ、お互い隠し事をする上でそれを黙っている共犯者みたいなものかもしれない。でも考えたんだ……俺はお前の秘密を何一つ知らない。それって平等なんだろうか? 俺がただ弱味を握られて操られてるみたいに感じるんだ」


「それはっ」


「違うって言えるか?」


 アキはそれに対して何も答えてはくれなかった。会った日からのアキとの会話を思い起こしながら、拓は胸にしまっていた疑念を少しずつ言葉にしていく。


「博には未来の俺がアキに頼んだって言ったけどさ……本当は満里奈とか博にでも言われたんじゃないか? 俺が病気で死ぬから、世界を救うついでに俺が手術を受けるように説得してくれってさ。じゃないと、辻褄が合わない。この時代で会ったこともない俺をはじめに頼るなんて、アキにとってなんのメリットもないじゃないか」


「拓……あのね」


「俺の余命宣告は嘘なんだろ? 本当は爆破テロの後かもしくは前か……満里奈のこと好きかなんて聞いたりしたのも、生きたい理由を見つけさせて、手術を受けるように説得させるためなんじゃないか?」


 アキが何かを言いかけるも、スマホの着信音によって遮断された。相手はきっと博だろうと拓は画面を見ずとも分かった。しかし、出る気になれずに音が止むのを待っていると、凄まじい音と光が頭上に鳴り響く。空が一気に明るくなり、拓とアキは反射的に仰ぐ。見ると、眩い光を放つ花火が空に咲いていた。


「わたしね」


 音に掻き消されそうなほどの小さな声が拓の耳に届く。


「わたしは拓がいつ死ぬ運命なのかを知ってる。確かに満里奈さんから託された願いだった……拓に生きてほしい、それを一番に願ってたの。けどそれは、満里奈さんだけが想っていたことじゃない」


 目を向けたアキは泣いていた。何事にも挫けない強い彼女だと思っていたのに、今は弱々しく涙を溢している。そんな姿に拓は衝撃を受けた気がした。


「わたしね、拓を知ってるのよ。あなたは覚えていないかもしれないけど……」


 拓の脳裏にあの少女の顔が浮かぶ。


「どうして、未来へ来た時まっさきに拓に会いに来たのか……その理由は簡単よ。あなたに会いたかった」


 アキが涙を浮かべながら微笑む姿に、拓は声を失う。想像していた。いつも彼女は何を考え、何を守ろうとしているのか。守りたいものは確かに明確だったが、その目的の裏にまだ何か隠しているように思えた。その違和感は何かと問われれば、それは答えられない。ただ、彼女が大人のように振る舞うのは何かを必死に堪えようとしてるからのように感じたからだった。

 今のアキは大人のフリを全くしてない。これが素の彼女なんだと拓は唐突に思った。


「拓、わたしはずっとあなたに生きてほしいと思ってる。わたしのためとか、満里奈さんのためとかじゃなくて……自分のために」


「ど……して」


「ここまで言ったんだから察しなさいよ」


 大人ぶって言うも表情はいつもよりも幼さが混じる。いや、年相応だ。


「拓が好きだから……それがわたしの秘密」


「アキ」


「これで秘密は共有できた?」


「いや、それは秘密だったかもだけど……そうじゃなくてさ」


 告白されてしまった驚きで言いたいことがはっきり言えない。


「そうね。拓の言うとおり今までお互い対等な関係じゃなかった……もう秘密にしても意味がない」


 アキの目線が迷いなく拓へ向けられる。


「あなたが死ぬ日は、爆破テロの起こった翌日。脳腫瘍が原因で脳内出血を起こしてそのまま……」


「そうか」


 聞く前から何となく予想していたせいか、ショックはなかった。


「手術をすればまだ助かる。自分で救った未来をその目で見てほしいの」


「アキは本当にすごいよな。アキにとっては俺に会ったのなんて何年も昔のことなのに、俺を生かすために無茶するなんて本当すごいよ」


「褒めてくれてありがとう」


「てか、無謀すぎ? いや、無鉄砲か」


「なによ! 好きな人を守るためだもの、どんなことでもしたいって思うのが普通じゃない!」


 その言葉にお互い気恥ずかしくなり、一瞬だけ黙り込む。だが、アキが苦笑いを浮かべ告げた。


「別にわたしの気持ちは気にしなくていい。拓が好きなのは満里奈さんだって分かってる……無理に答えは求めてないから」


 拓は慌てて声を発しかけるも、直ぐに止まる。


「……分かった。でもアキも間違ってるよ」


 その声は今もまだ打ち上げられている花火の音に遮られ、アキには届かなかったようだ。


「ほら、そろそろ戻ろう。みんなが心配してる」


 またいつものように大人びたアキを演じ出す。そんな彼女に拓も何事もなかったように笑顔で応じた。

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