49話 花火大会

 美術室では他愛ない話で盛り上がったり、満里奈の絵をああでもない、こうでもないとみんなで指摘し合いながら時間は過ぎていった。あっという間に夕暮れが近付き、空はオレンジ色へと染まっていく。

 博と文也の提案で来た花火大会会場は、もう既に人で溢れ返っていた。数多くの出店が立ち並び、どれも賑わっている。行き交う人を掻き分けながら、拓たちはその光景を楽しみながら歩く。


「わたし、家族以外で花火大会来たの初めてかもしれません」


「わたしも初めて。なかなか行けなかったから……こうやって誰かとお祭りなんて夢みたい」


「着付けができれば浴衣で来たかったですね」


「満里奈さんの浴衣姿見たかったわ」


 満里奈とアキは周りの風景が新鮮なのか、キョロキョロと見渡してばかりだ。そんなふたりの後ろ姿を微笑ましく感じながら、拓は博と文也に目を移す。来て早々に購入したフランクフルトを頬張る文也に対し、博は楽しむというより懐かしむような眼差しで出店に行き交う人たちを見つめている。


「花火大会、毎年俺ら3人で来てたけど……来年もこうやって来れるかな」


 物寂しげに言う博に文也が首を捻りながら答えた。


「博が卒業しても夏祭りは集まれるでしょ? 頻繁には会えなくなるかもしれないけど、この関係は変わらないよ……ね、拓」


「あ、うん。変わらない」


 そう答えた拓の胸が僅かに痛む。


「そうならいいな。もしも、爆破テロが止められなくて、俺たちの誰かに何かあったら……もうこの時間は二度と来ない。そう思おうとなんか」


 それ以上言えなくなってしまったのか、博は黙ってしまった。考えすぎだよ、と文也は言うが拓も博と同じ心境に陥る。


「あのさ、せっかくのお祭りなんだから暗くなったらダメじゃん。うまくいくように考えようよ……なんなら、あっちでお祈りでもしてくる?」


 文也が指差す方向に目をやると、古い神社があった。鳥居も色が剥げたり、所々ひび割れたりしている。


「この神社の裏に石段があって、それを登っていくと見晴らしのいい高台になってるんだ。そこから花火も綺麗に見れるから、お祈りして、みんなで花火見よう。後のこと悩むより、今を楽しまないと人生損するよ」


 無表情のわりに、相手を思いやる文也の発言に、博と拓は小さく微笑んだ。


「それもそうだな。くよくよばっかりしてても損だよな」


「確かに」


「よしっ、青春を楽しもうか!」


 意気込むように言った博だったが、急に目を丸くし、動きが停止してしまう。


「あれ? アキさんと片倉さんは?」


 すぐ目の前を歩いていたはずのアキと満里奈の姿がない。話し込んでいたせいで歩みが遅くなってしまったために、どうやらふたりとも先へと進んでしまったようだ。


「まずい、話に夢中になって気付かなかった。今連絡とるよ」


 拓が素早くスマホを取り出し、アキに連絡を試みる。しかし、電波の届かないところにあるかと、お決まりのアナウンスが耳に届いた。学校へ行く寸前にどうやら電源を落としてしまったらしい。満里奈の方も同じ結果だった。


「どっちか気が付けば連絡くるんじゃないかな?」


「それもそうだな。あまり動かないで連絡が来るのを待ってた方がいいかもしれない」


 文也の提案に博は納得したように頷いた。


「なら、ふたりはさっき話した神社に行っててくれないかな? 俺は少し先を歩いてみてくるよ」


「分かった。何かあったら直ぐに連絡しろよ」


「わかった」


 拓は人混みを擦り抜けながら、アキたちが行ったであろう道を駆けていく。

 しばらく走るが、一向にふたりを見つけられない。スマホを見ても連絡が来た形跡はなかった。


「やっぱり戻るか……けど、なんかあったら」


 もしかしたら気付かなかっただけで擦れ違っていた可能性もある。来た道を戻るか、それともまだ探すか、その二択に悩んでいた時だった。


「いた!」


 後ろで声がした瞬間、勢いよくシャツが捕まれ、その反動で体が後ろへと持っていかれた。


「博さんから聞いて迎えに来たよ」


 振り向くと、苦笑するアキの顔が瞳に写り込む。


「……アキっ!? どこに行ってたんだよ!」


「もうっ! わたしと満里奈さん、すぐ側にいたのよ? 勝手にはぐれたと思い込んじゃって、早とちりなんだから……3人とも話し込んでたから近くので店を見てたの」


「なら、連絡くれればいいのに」


「そうは思ったんだけど、神社の裏手の高台で花火見るって訊いたから、いろんな食べ物買いたかったし……ついでに拓を迎えに来てあげたのよ」


「あげたって……上から目線かよ」


 焦った分、妙な脱力感に襲われる。


「みんな適当に何か買って高台で待ってるって言ってたから、わたし達も美味しいもの買っていこう」


 大人っぽいのにどこか少女のようなあどけない笑顔を浮かべるアキに拓は思わず微笑んだ。


「ほんと、アキが来てから世界が目まぐるしく変化してくみたいで落ち着いていられないよ」


「褒め言葉として受け取っておいてあげる」


「ああ、褒め言葉」


 アキはきょとんと目を見開く。


「それのどこが褒め言葉なのよ」


「アキのおかげで俺の世界は大きく変わってきてるから……感謝してるんだよ」


「どうしたのよ。急に……ほら、行くよ」


 アキが腕を引き、拓に歩こうと誘導する。しかし、拓はそれを無視するように足を地面から浮かそうとしなかった。


「拓?」


「俺さ……アキが何者であっても構わないって思ってた。世界を救う手助けができれば、君の正体なんて関係ないって」


 拓は意を決して、アキの目をまっすぐ見据える。


「その考えは今も変わってない。アキのことは誰よりも信じてる……けど、ひとつだけ聞かせてほしいんだ」


「なに?」


 アキが不安そうな表情に変わっていく。


「アキ……俺は本当に爆破テロで死ぬ運命なのか?」


 その質問をした瞬間、あれほど賑やかな周りの音が不思議となくなり、アキと拓の空間だけ無音になってしまったような静けさが生まれた。


「答えてくれ、アキ……俺が本当に死んでしまうのはいつなんだ」


 アキの顔はみるみる内に青ざめていく。それが答えなんだと、拓は悟ってしまった。

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